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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり恐慌編

 連結魔法は、属性と性質を分離することで人間ならば誰でも魔法使いになれるよう設計された魔法だ。

 剣士は魔法を使えないのではなく、意識的に使おうとしない。

 剣士の退魔性は、魔法を排除することを目的として削り出された剣だ。

 だから魔法は、はっきりと自分たちを拒絶する剣士に寄り付こうとしない。


 現代ほど魔法が一般的ではなかった時代、あまりにも自分たちにとって都合が良すぎる魔法を疑った人間がいた。

 魔法には、社会の存続を前提としたルールが幾つかある。それは何故なのか。

 世界の秘密に迫った魔法使いたちは、魔物たちに抵抗するべく小さな反逆の芽を蒔いた。

 隠された神秘に肉薄できるものは魔法使いだけであったから、彼らはそうではないものにこの秘密を託そうとした。


 槍術でも弓術でもなく、剣術でなくてはならなかった。

 携帯性に優れ、護身用に幅広い用途を与えられた剣は、王の象徴でもあったからだ。

 その頃、世界には様々な武器があったが、きっと最後まで生き残るのは剣だ。そう信じた。


 時代は流れ、魔法は当然のように生活の中心に居座った。

 魔法があれば生きていくのに不自由しなかったから、魔法使いであることを前提とした社会が築かれていく。

 火を起こすのに火種すら必要なかったから、魔法を使わない剣士は自力で暖をとることもできない。

 剣術を現代に伝えるものは、自然とごく一部の貴族のみになった。


 料理も洗濯もできない剣士の唯一の取り柄である高い退魔性を失った勇者さんに、巫女さんは深い憐憫の情を抱いた。

 この勇者は、誰かに面倒を見て貰わなければ生きていくこともできないのに、剣士だからという大義名分すら失ってしまった。

 身体ばかり無駄に育った赤ん坊みたいなものだった。

 何とかしないと、と思ったのは母性によるものだったのかもしれない。


 憐れみの眼差しを向けられて、勇者さんは小さく首を傾げた。


勇者「なに?」


巫女「……いや」


 わんぱくでもいい。強く育ってくれれば。

 何でもないと首を振った巫女さんが、ひとこと断って席を立つ。


巫女「ちょっと待っててね。……いい? ここでちゃんと待ってるんだよ?」


勇者「言われなくても待つけれど。なんなの……」


 勇者さんからしてみれば、同情される覚えなどなかった。

 たしかに退魔性は失ってしまったが、自分にはお金がある。しかも勇者。言ってみれば人生の勝ち組だ。

 優秀な姉に劣等感を抱いていたのは紛れもない事実だが、今になって思えば「次期当主の妹」という立場は悪くない。

 生涯、自分を養ってくれる存在だと思えば、不思議と姉への隔意も薄れていく。

 働かなくても生きていけることを生まれながらにして約束されていた自分は、もはや神の域にいるのかもしれないとすら思う。


 甘やかして、甘やかしてと

 目には見えないオーラが

 産着みたいにゆんゆんと

 勇者さんを包み込んでいるかのようだった……。


 巫女さんは柔和に微笑むと、妙に優しい心持ちで居間をあとにし、巣穴にこもる。

 ふたたび巣穴から這い出てきた巫女さんが手にしていたのは、フード付きの大きなマントである。

 大手を振って通りを歩くことができない彼女には必須の外出着である。


 史上屈指の魔法使い、豊穣の巫女による秘密の特訓がはじまろうとしている。

 その奥義は人前に晒せる性質のものではあるまい。

 そう察した勇者さんが無言で頷いて立ち上がる。

 巫女さんも頷いた。

 これから行う荒行の内容を事前に説明するつもりはない。心の準備が邪魔になるからだ。

 だが躊躇いはあった。

 覚悟のほどを問うたのは、心を鬼にせねばならないと自分に言い聞かせるためだ。


巫女「やめるなら今の内だよ。泣き言を聞くつもり、ないから」


勇者「望むところよ」


 勇者さんの返答には余裕がある。

 言っていることと矛盾するようだが、あまりにもキツイようなら逃げ出せばいいのだ。

 彼女とは仲良くしてきたつもりだったから、無体を言い出すことはあるまいという打算もあった。


 勇者さんはラクをして成果を出したい。

 屋敷の使用人たちに尋ねてみても「地道な反復練習しかないですね」としか言わないから、王国の魔女と名高い巫女さんを頼ったのだ。


 勇者さんは自叙伝の執筆を視野に入れている。

 本人が嫌がるだろうから巫女さんの名前を出すつもりはないが、端々にそうと匂わせる表現を散りばめる予定だ。

 魔王を打ち倒した勇者、激戦のすえに退魔性を失うが、豊穣の巫女に魔法を教わり、才覚を示す。

 完璧な計画だ。

 勇者さんは内心で自画自賛した。

 自分という物語は、すでにはじまっている。


 見つめ合う二人の少女に、ぱたぱたと居間にやって来た母狸さんがやや興奮気味に目尻を下げる。


母狸「あら。あらあらあら。女の子が二人もいると華やかね~」


 母狸さんは、自慢の息子が一個の生命として完成の域に達しようとしていることを常日頃から不満に思っていた。

 子狸さんはとても優しい子なのだ。親のひいき目はあるだろうが、迷子を道案内してあげて一緒に二次遭難する子なんてそうはいないだろう。

 お屋形さまに見初められたばかりに精霊王との戦いに連れ回されることになった母狸さんは感覚が麻痺していた。

 四次元殺法を繰り出してくる歌の精霊と比べれば、自然災害すら可愛く思える。いざとなったら守ってやるよ、とか言ってくれる魔物たちが頼もしいというのもある。


 母狸さんは狙った獲物は逃さないとばかりに二人の少女を舐め回すように見つめ、巫女さんが外出用のマントを持っていることに気が付いた。勇者さんも同調しているようである。


母狸「アレイシアンさま、お出掛けですか?」


 母狸さんは勇者さんに丁寧な言葉遣いで接する。

 これは王国の民ならば当然の習いだ。


 厳かに頷いた勇者さんが辞去を告げる。

 もう後戻りはできない。マントを羽織った巫女さんが言った。


巫女「リシアちゃん……。他の誰でもない、このわたしに声を掛けたのは誉めてあげるよ」


 豊穣の巫女は反体制側の人間だ。文明を破壊されてもっとも困るのは権力者だから、彼らを敵視している巫女さんは権力に屈さない。


 巫女さんは母狸さんの見守る前で子狸さんをディスった。


巫女「わたしがポンポコとは違うってトコ見せてやんよー!」



 *



勇者「パル、パル、パル……」


巫女「もっと大きな声で!」


 物事の分別もつかない小さな子供が範囲殲滅魔法を使えるようでは困るから、魔法は一定の水準を術者に求める。

 具体的には「識値」と呼ばれる明確な自我と、「確度」と呼ばれる再現性を表す数値が一定の基準に達していることが条件になる。

 これらの条件をクリアするためには「魔法使いは希少な存在である」という意識すら妨げになる。


 勇者さんの場合、識値は十分な値に達しているが、確度がまったく足りていなかった。再現性を表す数値とは、すなわち「魔法を使えて当然だと思う安定した意識と状況」である。

 魔法を習いたての子供なら誰しもが通る道だ。

 ある日、急に魔法を使えるようになるということはない。反復練習を重ねていくと「何か」が動いているような感じがして、さらに段階が進むと「気のせいかな?」と思うような現象が起きる。もう一度、もう一度と繰り返していくと、やがて徐々に鮮明な像を結んでいくようになるのだ。その頃には「本当に魔法が使えるのかな?」と不安に思う気持ちは消えてなくなっている。

 はじめて魔法を使えた、あの日の感動を忘れないでほしい。あれも、これもと手を伸ばしていく内に、魔法使いは第六感とでも言うべき鋭敏な感覚を獲得していく。

 魔法の営業戦略には一分の隙もない。


 それが避けては通れない道だったから、巫女さんは勇者さんに反復練習を課した。ここまではごく一般的な練習方法だ。

 しかし彼女は、ユニ・クマー。過激な行動を辞さない活動家であると同時に、高名な研究家でもある。


 巫女さんが勇者さんをいざなったのは、もっとも復旧が進んでいる大通りの一区画だった。

 見晴らしの良い屋上を陣取った勇者さんが恥ずかしそうに喚声を口ずさんでいる。

 頭上には発光魔法で描かれた横断幕が掲げられており、そこには『彼女は魔法を使えません。応援してあげて下さい』と刻まれていた。言うまでもなく巫女さんの仕業だ。

 何事かと集まった人々の見守る視線が生温かい。 

 復興に従事している作業員たちが手頃な瓦礫に腰掛けてお弁当箱を空けた。憩いの場みたいになっている。


 何故このような仕打ちを受けねばならないのか、勇者さんにはわからない。

 この場から逃亡を図ろうと脱出経路を探りはじめる勇者さんだが、それを察した巫女さんが先手を打つ。


巫女「恥ずかしいの、リシアちゃん!? でもね、わたしはもっと恥ずかしかったんだよ!」


 フードを目深にかぶり、勇者さんと微妙に距離を置いて立っている。

 二人を隔てる空間の断絶が、あたかも血縁の遠さを強調するかのようだった。


巫女「ふうん、恥ずかしいんだ!? リシアちゃんは、こんなにたくさんの人に見られて恥ずかしいんだね!」


 勇者さんと魔王の対決は、全世界の人間へと向けて公開されていた。

 ここで言う「魔王」とは精霊の一種が化けていたもので、子狸さんのことではない。

 のちの調査で判明したのだが、魔王さんを操っていたエルフは大陸への干渉をよしとしないものたちであった。

 彼らが決闘の公開に踏み切ったのは、勇者さんの生の声をお茶の間に届けて自分たちの賛同者を増やすためだ。


 そこで勇者さんは巫女さんの名前を出している。

 人間は変わらない、変わろうともしないと主張する魔王さんに、勇者さんは、ではお前は何なのかと、口だけではないかと巫女さんを引き合いに出して批判したのだ。

 よりにもよって全世界の人間が見守る中、なんか志を半ばにして散ったみたいに言われたことを巫女さんは根に持っている。


巫女「ねえ、何がそんなに恥ずかしいの? べつにイケナイことしてるわけじゃないんだよ……?」 


 巫女さんは、なんだかだんだん楽しくなってきた。


 熱中して気付かない内に近寄っていたから、勇者さんの肩に両手を置いて、窮屈そうに縮こまっている耳にふっと息を吹きかけた。

 迂闊にも近付いてきた巫女さんを、勇者さんは素早く捕まえる。


勇者「なんなの、これは。いったい何の意味があって、こんな」


 勇者さんは顔を真っ赤にしている。

 一方、巫女さんには余裕があった。べつに嫌がらせがしたくて(いや、ちょっとした仕返しの意味は兼ねているかもしれないが)こんなところに勇者さんを連れ出したわけではないのだ。

 逃すまいと袖を鷲掴みしてくる勇者さんに、巫女さんは人差し指を突きつけると、その指をくるりとひるがえして「チッチッチ」と振った。


巫女「あのね、リシアちゃん。もしも近道なんてあるなら、とっくのとうに学校で実施されてるよ。学校の授業は理に適ってて、魔法の練習は大勢でやったほうが効率いいんだ。昔からやってることだけど、偶然にも本質を突いてたんだね。そういうことは、たまにある」


勇者「だからって」


 勇者さんは頭上の横断幕を気にしている。


 巫女さんは内緒話をするように声を潜めた。


巫女「でもね、近道はある。最新の研究だと、魔法は人間の負の感情を好むっていう結果が出てる。とくに羞恥心は魔法の大好物の一つだよ」


 魔法使いの誕生は幾つかの工程を踏む。これを階段に例えると、二段飛ばしで駆け上がる人間がまれに現れる。

 細かく経緯を追っていくと、そうした人間は二種類に分けられる。独特な識値を示すものと、ある日を境に確度が跳ね上がったものだ。

 もちろん人間たちには識値と確度を数値化する技術などないから、大雑把な括りになる。大雑把な括りとは、すなわち激しい感情の発露である。

 嬉しい、楽しいという感情でもいいのだが、あまり効果的ではない。魔法が好むのは負の感情だ。怒り。悲しみ。恐怖――


 危機的状況に陥った子供は、魔法の習得が早まる。


 秘密裏に低学年の児童を対象にドッキリを仕掛けて実験していたのがバレるとマズイから、事実関係がうやむやになるまではと世間には公表されていない事柄だ。


 巫女さんは囁くように言った。


巫女「状況さえ整えてあげれば、羞恥心は克服するのが難しいからね。……気に入って貰えたかな? これぞ名付けて、巫女さんのパーフェクト魔法教室……」


勇者「や、やめなさい」


 執拗に耳に息を吹きかけてくる巫女さんに、勇者さんはくすぐったそうに身をよじっている。


 物陰からこそっと二人を見つめている青いのが不服そうに身体をねじった。


山腹「あんなこと言ってますよ、王都さん」


王都「失礼しちゃいますよね、山腹さん」


山腹「まったくです。あらぬ疑いを掛けるのはやめてほしいです」


 負の感情を好むなど、まるで邪悪な生命体であるかのようではないか。

 顔を見合わせた二人が、仲良く身体をぎゅっと沈めた。


山腹&王都「ねー?」


 二人はじゃれ合うように身体をぶつけ合って、押しくらまんじゅうをはじめた。


王都「ぽよよんっ」


山腹「ぽよよんっ、ぽよよんっ」


 自分たちがいかに無邪気で、かつ無害な存在であるかを主張しているようだ。

 ふだんは対立的な立場をとる二人だが、魔物たちの地位が不当に貶められていると感じたときは、このようにぴったりと息を合わせる。


 権謀渦巻く王都にひとり取り残された巫女さんは、本人にそうと自覚はないだけで、友人とのスキンシップに飢えていた。

 ぐいぐいと身体を押しつけてくる巫女さんを、非力な勇者さんでは押しのけることもできない。

 しかし何か思い当たるふしでもあったのか、勇者さんは巫女さんの言う理屈に試してみるだけの価値はあると認めた。

 いささか距離が近すぎるような気もしたが、しっかりと頷く。


勇者「わかった。やってみる」


 恥ずかしいなどと言っている場合ではない。とある妖精さんの見立てでは、自分が魔法を使えるようになるまで半年では厳しいらしい。

 いかに退魔性がだらしなくなろうと、元々は剣士だった勇者さんに冷遇されたことを魔法は忘れていない。


 羞恥心など、勇者さんにとっては自分を構成する手足の一つに過ぎない。

 心の中に「扉」がある。扉の奥は、生命の根源に根差す「何か」が眠る「子供部屋」だ。それはアリア家の人間に共通する観念の一つだった。

 扉を開けると、顔のない子供が色とりどりの積み木で遊んでいる。

 差し出された手には積み木が乗っている。小さな手だ。その手は、幼い頃の自分の――。

  

 勇者さんの表情がすとんと落ちた。


勇者「パル!」


巫女「……ん?」


 違和感を覚えた巫女さんが苦言を呈した。


巫女「あ、こらっ。今、ヘンなコトしたでしょ。それ禁止ね。いい感じだったのに、魔法の気配が遠ざかった感じがする。教えてあげてるんだから、わたしに無断でヘンなコトしないで」


勇者「う……」


 叱られて勇者さんがしゅんとする。


 異能は魔法の反作用だ。物理法則からしてみれば魔法は異物でしかないから、魔法を用いるたびに音が反響するように一定の反動が生じる。

 そして、それらは魔法が活性化していくに従い、取り返しのつかない歪みを生み出すことになる。

 異種権能とは世界の悲鳴であり、もしも物理法則を含める世界の最果てに行き届く秩序を「神」と定義するなら、その正体は「神の遣い」ということになる。

 国によっては「法術」もしくは「神通力」と呼ばれる力だ。

 異能が神聖なものであるとしたら、その対極に位置する魔法は許されざる禁忌ということになる。

 だから、そうではないのだと「異能」と名付けた。


 勇者さんの異能は自らの内面に強く干渉するものだから、魔法とは相性が悪い。

 その程度のことは知っていた筈なのだ。それなのに、どうしてこんな簡単な見落としをしてしまったのだろう……?

 勇者さんは反省して項垂れた。


勇者「ごめんなさい。わたしは……」


巫女「待って」


 素直に謝罪する勇者さんを、巫女さんが制止した。

 魔法使いは他者の気配に敏感だ。巫女さんが訓練の場所に屋上を選んだのは、ここならば注目を集めやすく、また仮に接近するものがいれば察知できると踏んでのことだ。

 その読みは正しく、屋上に一人の男が佇んでいた。


 忍び寄ることに失敗したと悟った男が開き直って叫んだ。


騎士「こら! そんなところで何をやっとるか!」


 ――私服警官だ!


 騎士は街中でわざわざ重装備をしたりはしない。私服で捜査する場合、被疑者に任意同行を求める際は、簡易であるが治癒魔法を詠唱置換(チェンジリング)してみせるのが作法だった。

 チェンジリングを習得したものは他者の補佐なくして生活するのが難しい。行使する魔法のほとんどが戦闘に耐えうる火力に限定されるからだ。

 また、こうも言い換えることができる。対話にあって主語を省略しても意味が通じるのは、互いに共通した認識を前提としているからだ。

 状況を絞ることでチェンジリングは成立する。


 巫女さんの動きは素早かった。


巫女「いっけね、体制のイヌだっ。ずらかれー!」


 勇者さんの手をとって一目散に逃走する。


騎士「不審なんてモンじゃねえぞっ。待てっ!」


 即座に駆け出そうとする騎士だが、しかし不審者の追跡は断念せざるを得なかった。

 不審者の上を行く賞金首が物陰から姿を現したからだ。



??「必要なのは、見守ることだ……」



 黒衣を身にまとった小柄な人影だった。目深にフードをかぶっており、相貌はようとして知れない。まるで夜を司る使者のように、その声は陰鬱としていた。

 しかし優しげな言葉とは裏腹に、口元に刻まれた陰惨な笑みが覗いて見えた。


??「それでも追うか……?」


 目を見張った騎士が全身にくまなく緊張を命じる。


騎士「きさまっ、ポンポコ卿……!」


 ポンポコ卿とは、外法騎士の導師と目される怪人だ。

 この人物こそがハイパー属性を世に植え付ける悪しき根源であると考える騎士は多い。


 瞬時に臨戦体勢をとる騎士に、闇の導師は酷薄に笑った。


導師「ふっ。……オルタナトス! 少し遊んでやれ」


??「はっ」


 ポンポコ卿の呼び声に応え、力場を刻むように上空から飛び降りてきた人物がひざまずく。

 迷彩で身を隠し、ずっと待機していたのだろう。

 導師と同じくフードを目深にかぶっているが、そのしわがれた声には古木の佇まいを思わせる落ちつきと相応の重みがあった。


騎士「第一使徒か……!」


 ポンポコ卿は七人の使徒を持つ。

 じっさいはもっと多いとも噂されているが、どうしてもスケジュールが合わないらしく使徒が全員集合したことはない。

 この七使徒が外法騎士たちの実質的な指導者だ。

 

 オルタナトスとは「洗礼名」と呼ばれるもので、第一使徒の呼称である。

 つまり現場入りした使徒が一人なら、その人物は誰であろうと例外なくオルタナトスなのだ。

 ポンポコ卿にも優しいシステムであった。


 大胆不敵にもポンポコ卿の前でひざを折る第一使徒であったが、騎士は動けなかった。

 続々と飛び降りてきた外法騎士たちが、なんびとたりとて邪魔はさせないとばかりに立ちふさがったからだ。


 敬虔な祈りを捧げる第一使徒に、ポンポコ卿は加護を与えるように突き出した前足を蠢かせる。


導師「任せたぞ……」


使徒「はっ」


 七使徒のポンポコ卿へと寄せる忠義は篤い。


騎士「待てっ!」


 マントをひるがえして去っていくポンポコ卿を追おうとした騎士が、思わず硬直してしまうほど、第一使徒が踏み出した一歩には昏い情念が宿っていた。

 ポンポコ卿の誕生は、外法騎士たちが長年待ち望んでいた宿願でもある。それは祝儒、救済へと至る道だ。

 ようやく生まれた「導師(ロード)」の位階(クラス)を持つものを奪い去ろうとするのは、とても許せることではない。

 だが、ポンポコ卿は「少し遊んでやれ」と言った。ならば従うのみ。


 にぃ……。導師のそれと酷似した陰惨な笑みが口元にひろがる。


使徒「ふっ……赤蕪(あかかぶ)……」


 赤蕪とは騎士の陣形の一つだ。

 意思の統一は、騎士団の高速詠唱技術に欠かせない要因である。

 だから彼らは戦況に応じて最適な陣形をとることで意思の疎通を図る。

 

 赤蕪は一人が突出する型の陣形だ。

 進み出た外法騎士の一人が雄叫びを上げて正騎士に迫る。 


外法「ちぇいやぁぁぁあああ!」


騎士「くっ……」


 騎士は例外なく「捕縛術」と呼ばれる近接格闘技を修めている。

 肉弾戦で負ったダメージは治癒魔法の適用外だから、犯罪者を捕縛するときはこぶしで殴るのだ。

 それゆえに捕縛術は接敵と同時に相手の意識を刈り取ることに重点を置いている。


 正騎士は外法騎士の掌底を紙一重でかわし、返しのひじで下顎を打ち抜いた。

 脳を揺さぶられて崩れ落ちた外法騎士を見下し、敢然と言い放つ。


騎士「邪道。濁った技では正道には届かない」


 その眼差しはまっすぐ第一使徒を射ている。


 第一使徒は薄く嗤った。


使徒「だが濁らぬ水はない。清きほどに汚るるは人の性よ。白水に大魚なし……定めし……」


 正道を行く騎士をフード越しに見つめる目がほの暗い喜悦を帯びて褐色の炎を灯すかのようだ。


使徒「(かわず)、大海を知らず」


騎士「笑止」


 踏み出そうとした正騎士が、はっとして飛び退く。


外法「…………」


 打ち倒した筈の外法騎士がゆらりと立ち上がった。


 正騎士は戸惑いを表には出さないが、内心は穏やかではいられなかった。

 急所を外したか? いや、手応えを反すうしてみても、それはないと断言することができた。では?


 答えはすぐに出た。

 ゾッと立ち昇った青白いオーラが外法騎士の全身を覆う。

 霊気を解放した道を外れし騎士の呟きは、おのれの内面へと問いを投げるかのようだ。


外法「ハイパー」


 外法騎士とは、ハイパー属性に魂を売った騎士を指して言う。

 彼らは、高速詠唱技術が確立して以来、潤沢な資金源を持つ騎士団の内部で少しずつ勢力を伸ばしてきた。

 外法騎士たちを導くポンポコ卿が生まれた今、もはや騎士団は外法騎士を特定できずにいる。

 まして外法騎士は軍規に反する存在だったが、積極的に処罰する対象ではなかった。

 ハイパー魔法は切り札になりうる強力な属性だからだ。

 今、若き獅子の魂を燃やし尽くさんとする青白い霊気は、攻防一体のオーラであり、術者の身体能力を底上げする効果を持つ。


 絶体絶命の危機。しかし正騎士はあざ笑うように言った。


騎士「ふっ、烏合の衆」


 騎士団の高速詠唱技術は、互いの詠唱を互いに補うという考えを基軸としている。

 チェンジリングの発展形であるこの技術を……「チェンジリング・ハイパー」と言う。

 チェンジリング・ハイパーを習得した騎士団は、それまでの常識を打ち破る高速戦闘を可能とした。


 何かを得るためには何かを捨てねばならない。

 騎士団が人類最強の戦闘集団たり得るのは、彼らが家庭内におけるおのれの居場所を捨て去ったからだ。

 たまの休日を酒場で管を巻いて過ごす彼らは、それゆえに妻を恐れて草食動物のように群れることを好む。


 味方の窮地に駆けつけた正騎士たちが、外法騎士たちと対峙する。

 外法騎士たちが一斉に霊気を解放した。

 外道を率いるは、七使徒の一人、第一使徒のオルタナトス――


 第一使徒が傲然と言い放った。


使徒「ふっ、よほど家に居づらいと見える……哀れなことだ……」


騎士「貴様は違うとでも言うのか?」


 騎士の探るような問い掛けに、第一使徒は喉の奥で低く嗤った。


使徒「お前たちとは年季が違うのだよ。年季がな」


 第一使徒は、騎士たちのはるか高みにいる。


使徒「このおれの前では、おしめを替えてやった孫すら借りてきた猫のようにおとなしい」


 家族という認識すら怪しいということだ。


 気圧された騎士たちがたたらを踏んだ。

 彼らがこれから挑もうとしているのは、もしかしたら未来の自分なのかもしれなかった。


騎士「ひ、ひるむな!」


使徒「お前たちは、運命を信じるか……? その道は、誰かの足跡が残ってはいないか……? よく見てみろ……」


 ゾッと立ち昇った霊気が第一使徒を覆う。

 七使徒の霊気は混じり気なしの青だ。

 不純物のように駆逐された白い霊気が宙に溶けて消える。


 第一使徒が一歩退いてみせると、そこには霊気で焼いた足跡が残っていた。



使徒「どうだ? 見覚えがあるだろう……?」



 騎士たちの悲鳴が上がった。



 ~fin~


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