うっかり死闘編
『人気』
楕円形の体幹を支える八脚の足を小刻みに動かし、忙しげに歩く。
大きなモノアイに輝線が走った。
頭を撫でてあげると、嬉しそうに尾を振った。
これが精霊だ。
見た目とは裏腹に、動きの一つ一つに愛嬌がある。
よくしつけられていて、礼儀正しい。何より法律を遵守する。
新大陸の人間、エルフたちが歓迎されたことと、精霊たちの行儀の良さは決して無関係ではあるまい……。
なんなくお遣いをこなし、さらに評価を上げた蜘蛛みたいな精霊を、カフェテラスから遠目に見つめる複数の影。
火口「…………」
馬「…………」
異色の組み合わせだ。
片や火口付近在住の青いひと、片や魔王軍幹部の馬のひと。
一見、接点のなさそうな二人であるが、隠された共通点が一つある。
何かあると、嫌々ながら最前線に放り込まれる二人だ。
微妙な雰囲気を醸し出している彼らは、示し合わせたわけでもなく、そっと目線を横にずらした。
二人の視線が向かう先、二対の羽を持つ小さな少女が浮いている。
妖精こと羽のひとだ。
きれいな瞳をしていた。
人間と似た姿の魔物は、整った容貌をしていることが多い。
そのほうが人間たちの油断を誘いやすく、また好感を得やすいからだ。
羽のひとは、一心に蜘蛛型の精霊を見つめている。
ぼそりと呟いた。
妖精「もう、ころしちゃおうぜ」
紛うことなき殺意を表明した小さな少女に、馬のひとがぎょっとした。
心では思っていても、言ってはならないこともある。
火口のひとはため息を吐いた。
火口「もうね……なんて言ったらいいのかな……」
手慰みにグラスの氷を揺らしてから、テーブルを触手でばんと叩いた。
火口「……お前がそんなんだから精霊どもに人気を持ってかれるんじゃないの!?」
魔物と精霊は仲が悪い。
とくに魔物たちの対抗意識たるや並々ならぬものがあり、良からぬ因縁をつけては急行した騎士に撃退されるのが日常茶飯事と化していた。
しかし羽のひとは、火口のひとの意見を無視した。
妖精「本日、お前らを呼んだのは他でもない。精霊どもについてだ」
妖精は精霊に仕える存在という話だったが、もはやそのような設定は意味を為さなかった。
生きるか死ぬかだ。
妖精たちの死生観は、よりどちらが早くこぶしを叩き込むか、その一点に尽きる。
儚い種族なのだ。
羽のひとは言った。
妖精「誤解のないよう言っておく。おれは、おれ以外がちやほやされているとイライラするんだ」
馬「心、狭いな」
火口「勇者さんみたいなこと言うなよ……」
妖精「そこで、お前らの出番というわけだな」
羽のひとは推し進めた。
妖精「手順はこうだ。まずお前が」
馬のひとを指差し、
妖精「人間たちの枕元に立って、精霊どもの悪評を流す」
馬のひとことグラ・ウルーは悪夢の化身だ。
人間たちの恐怖を糧に際限なく成長するという特性を持ち、ここ千年間でうまい具合に立ち回った結果、もはや人間では太刀打ちできない領域にまで足を踏み入れていた。
このお馬さん、じつは実体を持たないタイプの魔物なので、夢の世界に潜り込むことができる。
馬「…………」
言いたいことは色々とあったが、馬のひとは黙って先を促した。
羽のひとは火口のひとを指差した。
妖精「次にお前が、精霊を装って悪さを働く」
火口「……装うとは?」
魔物たちは自在に外見を変えることもできるが、基本的には仲間内のルールで、やっていいことと悪いことを明確に定めている。
そのルールは、緊急時でもない限り厳守することを推奨されていた。
いちいち例外を作っていては、とりとめがなくなるからだ。具体的には明日の今頃にはとある子狸が玉座に座ることになるだろう。
魔物たちは子狸さんの能力を過小評価しないが、政治家になれるタイプではないと思っている。
火口のひとは、妖精さんのワガママでルールを破るのは適正な判断ではないと考えた。
いざ実行に移したとき、おそらく自分はトカゲのしっぽみたいな末路を辿るであろうことは容易に想像できた。
その程度の推測は、魔物たちの間では暗黙の了解に等しい。
だから羽のひとは、「わかっている」と言わんばかりに片手を突き出し、火口のひとを制した。
妖精「布か何か上から被ればイケるだろ」
火口「イケねーよ!」
遠回しに精霊と同類の扱いをされて、火口のひとは激怒した。
全身から生やした触手で体幹を持ち上げ、羽のひとに詰め寄る。
馬のひとがうめいた。
馬「イケてる….…」
触手を振り上げて威嚇する火口のひとに、羽のひとは不敵な笑みを漏らした。
妖精「ポーラ属のメインアタッカー……そして最強の魔獣……」
ぱっと飛び上がった妖精さんが、昼下がりのカフェテラスで興奮を露わにした。
妖精「ごたくはいい。さっさと掛かって来い!」
話し合いなど無益。
正しいものが、勝つ。
妖精たちのロジックは簡潔で、ゆえにどこまでも純粋なのだ。
スッと立ち上がった馬のひとの足元で、落ちた影が炎のように揺らめいた。
馬「このおれに、勝てると思っているのか……?」
ざわざわと影が蠢く。
魔物たちは、人間たちの街村を定期的に滅ぼすようにしている。
理由は様々だが、その大半は不測の事態を避けるためだ。
人命を損なうようなへまはしない。魔物たちは不老不死である自分たちが他者の生命を奪うのは、不公平であると考えている。
綿密に計画を練り、アフターケアまでこなす。
しかし現実に、目を付けられた街と村は一部の例外を除き地図上から消えることになる。
そうした滅亡計画を主導するのが、魔王軍の幹部、いわゆる「都市級」と呼ばれる魔物たちである。
馬のひとは、最上位の都市級だ。
だが羽のひとはひるまない。囁くように言った。
妖精「まやかしだ。おれは、お前の天敵になれるかもしれないな……?」
火口のひとも黙ってはいない。
火口「やれるか?お前に。このおれが……」
ポーラ属の触手は万能の武器にもなる。
全身から打ち出した無数の触手は、重ね合わせた鉄板すら容易に撃ち抜くのだ。
しかし羽のひとは獰猛に笑った。
妖精「当たらなければ、どうということはない」
三者三様、仄暗く、燃え上がった情念が、お昼休みという赦された時間を彼方へと連れ去るかのようだった。
一方その頃
周囲に威圧感を撒き散らす傍迷惑な不思議生物たちを、
精霊「…………」
道行く精霊たちは、物悲しそうに見つめていた。
〜fin〜