うっかり邂逅編
緊迫の冒険者ギルド。
紅蓮の魔剣を手に啖呵を切った骨のひとに、冒険者たちが息をのんだ。
冒険者「しゃ、喋った……?」
骨のひとはいきなりボロを出した。
この国の魔物は喋らないらしい。
しかし骨のひとはひるまない。色々と便利なひとなので、戦地を転々としてきた骨のひとは不測の事態に強いのだ。
骨「……(考え中)……喋った程度で驚くのか?お前たちは、よほど運に恵まれていたらしいな」
骨のひとは静かに凄んだ。
骨「だが、その運も尽きた。今ここでな……」
高位の魔物はお喋りできるという設定で押し通そうとしている。
王都『いや、喋んねーぞ』
しゅるしゅるとカタログをめくっていた王都のひとが無情にもツッコんだ。
だが、大切なのは「今」という瞬間なのだ。不確かな未来に望みをつなぐよりも、零れ落ちていく確かなものがある。失われゆくものを惜しみたい。
骨「どうした。掛かって来ないのか?」
骨のひとは推し進めた。
その手に握る魔火の剣が轟々と渦を巻いている。
ひと目でそうとわかる、
(尋常ならぬ……)
魔剣士であった。
歩くひととの相対とはまったく異なる、正反対の理由から冒険者たちは動けない。強者の戦慄。むせ返るような苦戦の予感がした。
子狸「骨の、ひと……!」
子狸さんはもまた動けずにいる。圧縮弾のダメージによるものだ。
退魔性の劣化は魔法使いに大きな力を与えるが、同時に魔法への耐性も奪い去ってしまう。
治癒魔法による戦線復帰を試みるが……
子狸「アイ、リン……。うぅ……ダメ、か……?」
諸事情あって治癒魔法は使用不能な状況下にある。少なくとも子狸さんにとっては。
じりじりと迫る骨のひとに、冒険者たちは機先を得られずにいる。
しかし戦端が開かれるよりも早く、冒険者たちは極度の緊張から解放された。
「おいおい、ここはいつからダンジョンになったんだ?」
そう不敵に言い放ったのは、テーブルに長い足を投げ出して趨勢を見守っていた大柄な男であった。
二人組の片割れで、もう片方の男はテーブルの付近に転がっている子狸さんに片手を差し出している。
「立てるかい?つかまりなよ」
この男もまた巨躯であった。
相棒と比べればいささか見劣りするが、均整のとれた身体つきをしている。一見すると優男ふうなのだが、何とも言えない男の魅力がある。撫でつけた髪から額に垂れたひと房には成熟した男性の遊びと余裕が感じられた。
ふるえる前足を握った手の、何と力強いこと。軽々と子狸さんを持ち上げ、椅子に座らせる。
「少し休んでなよ。これ以上は身体に障る」
子狸さんは眩しそうに二人の男を見つめた。
子狸「あ、あなたたちは……?」
椅子から見上げると、ただでさえ大きな身体がさらに分厚さを増すかのようだ。
二人の巨漢は、揃いの装備を身につけている。
腰に下げているのは金属製のこん棒で、メイスと呼ばれる武器だった。
防具は革製の鎧を申し訳程度に着込んでいるのみで、肩当てすらない。
子狸さんを介抱した男が、口の片端をゆるめてニヒルに笑った。
「俺かい?俺はレイジ。疾風のレイジだ」
もう一人の男は、子狸さんにと言うよりも骨のひとに向けて名乗りを上げた。
「アイン。烈火のアインって言やぁここらの界隈じゃ知れたモンよ」
その肉体はアンソニーさんに勝るとも劣らない。
190cmを越えるのではないか?2メートルに迫ろうかという巨体は、まさしく芸術だ。磨き抜かれた鋼の筋肉はもちろん、骨格の厚みからして常人離れしている。
長い腕と脚。頭一つ抜きん出た長身は、いざ歩き出せば俊敏な獣のようにスマートだ。
無造作に刈り込んだ短髪が粗野な風貌と合わさって迫力を増す一方、いっさい気取ったところがない。その無骨さが、また男の厚みを確かなものにしているかのようだ。
烈火さんと肩を並べた疾風さんが言った。
疾風「二人揃ってダブルアックス。それが俺らさ」
これが、ダブルアックスと子狸さん、のちにパーティーを結成することになる二人と一匹の出会いであった……。
*
腰に下げたメイスをゆっくりと引き抜いたダブルアックスに、アンソニーさんが激励を飛ばした。
係員「アイン、レイジ!建物の被害は気にするな。全力で行けっ」
烈火「ありがてぇ。頼むぜ、アンソニーさん」
疾風「ひゅう。太っ腹だねぇ。そう来なくちゃ」
アンソニーさんはダブルアックスの二人から一目置かれているようだった。
身体に見合うほどの大きさを持つ凶悪なメイスを手にした二人は、まるで暴力の化身であるかのようだ。
しかしアザラシの置き物を片手でもてあそんでいる歩くひとに何ら焦った様子はない。
気軽と言ってもいい調子で二人に声を掛けた。
しかばね「お二人さん。随分と腕に自信があるようだけど、ボクは無視かい?」
答えたのは烈火さんだ。彼は正直に告げた。
烈火「悪ぃが、別嬪さんと遊んでる余裕はなさそうなんでな……」
烈火さんと疾風さんは、骨のひとから目を離さない。いや、離すことができない。
ゆっくりと歩み寄りつつ、疾風さんがぎこちなく笑って口をすぼめる。
疾風「ひゅう!……こりゃ、厳しいか?」
骨のひとは、技に秀でた魔物だ。
並々ならぬ骨へのこだわりが、骨のひとに凡庸さをもたらした。
歩くひとのような怪力も、見えるひとのような変幻自在さも、骨のひとにはない。だから一心に技を鍛えた。
骨のひとが手にしている魔剣は、勇者さんの聖剣と対をなす精霊の宝剣の一つ。そのレプリカだ。
オリジナルの魔剣を所持している魔軍元帥は、選りすぐりの精鋭に宝剣のレプリカを与えた。
つまりここにいる骨のひとは、極めて強力な個体であり、千年という途方もない歳月を修練に費やした剣鬼であるということだ。
ダブルアックスの二人はにじむ冷や汗を抑えられない。
烈火「……二人でやる。一斉に掛かるぞ」
疾風「逃げ出したいねぇ。ま、仕方ないか」
烈火さんは大きく深呼吸し、硬直している冒険者たちをぎろりと睨んだ。
烈火「あんたら、下がりなよ。見てわかんねぇのか?数でどうにかなる相手じゃねぇぞ」
その言葉に、冒険者たちはほっとしたように従った。
それでも骨のひとに背を見せる不安は捨て切れず、じりじりと後退する。
足手まといだと言われた冒険者の一人が、烈火さんに声を掛けた。
冒険者「勝てるか?」
烈火「ッス。わかんねッス。パねッス」
冒険者は体育会系であった。
人前ではさも実力主義であるかのように振る舞うが、その本質は年功序列である。
疾風さんもひそひそと似たようなやり取りをしている。
冒険者「いざとなったら逃げろ。いいな?ケツは俺らが持つ」
疾風「ッス。まじパねッス」
ちなみに「ッス」とは「了解」もしくは「ありがとうございます」の意であり、「パねッス」とは「半端ではありません」の略語だ。さらに「まじパねッス」とすることで先輩への深い敬愛を表している。
ダブルアックスの二人は、恵まれた体躯もあり戦闘能力においてはトップクラスの冒険者であったが、その若さゆえに下っ端の地位を不動のものとしていた。
そこに彗星のごとく現れたのが子狸さんだ。
子狸「くそっ、おれには何もできないのか……?」
勇者『あの二人がトップクラスの冒険者なのかしら。強そうね。背も高いし』
ふたりは、まだ知らない。
冒険者ギルドに隠された、大いなる年功序列制度を……。
〜fin〜