うっかり生存編
『ほこたて』
今日は待ちに待ったオフ会の当日だ。
子狸さんが超会議の席上でオフ会を提案した動機は今以て定かではないが、魔物たちが少し目を話した隙に全財産を募金箱に投下してマグロ漁船に潜り込むような一族であるから、さして不思議な話ではなかった。
みんな一丸になって世界を良くしたいとか、とくに具体的な考えもなく理想を追っかけているのだろう。
しかし現実に理想論へと後ろ足を踏み出して崖から転がり落ちるならまだしも、途中で気がついたスタッフがマットを用意してくれるような人物は貴重だ。
少なくとも竜人族とエルフはそう考えている。
竜人族の代表者、議長が口の先端をしゅっと伸ばした。
議長「これが森か〜。なんて言うか、ファンタジーだねぇ……」
竜人族は強靭な肉体を持ち、あらゆる種族でトップクラスの身体能力を誇る。その反面、魔法はあまり得意ではないが、接近を許したが最後、寄生されて苗床にされる。
彼らの故郷は湖の底にあり、天然の毒壺みたいな環境だったから、地上の生態系には疎かった。
しゅっ、しゅっ、と物珍しそうに口の先端を伸ばしている竜人に、エルフの族長が面倒臭そうにヒレをばたつかせた。
族長「あなたの種族は少数派だ。自分たちを基準にものを言うのはやめてもらいたい」
エルフと言えば、たいていの人間は「身体の一部が長くて、魔法が得意な人々。あと、とにかく白い」と答えるだろう。
族長は典型的なエルフの男性だった。
密猟者垂涎の毛皮は輝くように白く、細長いひれは彼がただのアザラシではないことを雄弁に物語っていた。
エルフと呼ばれる種族の多くがそうであるように、自然と共に生きる彼らは、どちらかと言えば街中の暮らしよりも流氷の上で寝転がることを好む。
流氷の代わりに族長の陸上生活を強烈に補佐している大きな蜘蛛は、精霊と呼ばれる魔法生物の一種だ。
純白の外殻とつぶらなモノアイ、伸縮自在の毒尾を持つ、とくにこれといった特徴を持たないポピュラーな精霊だった。
議長「そうは言うがね、君。こんな、あってないような大気の下に生命が群れを成しているのだよ。これはもう奇跡に等しいだろう」
議長の一族はスポットワームという、高い繁殖力と優れた適応能力を備えた微生物を祖先に持つ。
だから生物の進化は環境に応じてゆるやかに淘汰されていくものではなく、ある特定の時期に短期間で爆発的に行われるものだという認識が強かった。
スポットワームの発生に必要不可欠とされるのが環境の濃度だ。
このあってないような大気の下、生物は単体で完結していく定めにある。濃厚な生命のスープを挟まないから、例えば電磁波を介してマインドクラッシュを仕掛けてくるような生物が自然発生することはない。
好敵手とも言える天敵の不在を議長は憂えた。
族長「相変わらずひどいな、あんたの故郷は」
ほとんど不滅と言っても差し支えない議長と、不老長寿の族長は古い付き合いだ。気心も知れている。
子狸「だから滅んだ」
とうとつに子狸さんが終末論を唱えた。
議長「滅んでません」
族長「むしろウチがやばい」
近年、エルフの里では若者たちの政治離れが問題視されている。
精霊が何でもやってくれるので、生活に不満がなく、自分たちが恵まれた環境にいることを自覚しているから、上を目指そうという気概に欠ける。
少子化は加速の一途を辿り、かと言って今ある利便性を手放そうとは思えない。
新大陸に住んでいたエルフたちが海を渡ってきたのは、自分たちの里にはない刺激的な生活を求めてのことだ。それでいて身の安全には十分な保証が欲しかったので、竜人の里みたいに精神崩壊しても数秒後には自我の再構築を行うような生きものがいる国には住みたくなかった。
精霊魔法は極めて強力な魔法だが、それとこれとはまったくの別問題であるらしかった。
王都のひとが舌打ちした。
王都「まとめて滅んでしまえよ」
子狸「王都のひと!めっ」
王都「くそがぁっ……。ぽよよん」
物騒な発言を子狸さんにたしなめられて、王都のひとは反省の意を込めてプリンみたいに全身を揺すった。
今、四人はオフ会の会場である人里離れた森の中にいる。
会場を選定するに当たって、子狸さんが「夜景の綺麗なところを知ってるんだ」とか言い出したからだ。
しかし参加を希望したものの大半は夜行性ではなかったため、集合時刻は昼。各々多忙であることを良いことに解散時刻は五分後を予定している。つまり夜景をご覧に入れることはできないが、王都のひとが「明けない夜もあるさ。永遠にな」とか言い出したので子狸さんのオススメ観光スポットが採用される運びとなった。
そろそろ約束の時刻だ。
子狸さんはそわそわしている。
火口「…………」
かまくら「……………」
偶然にも通りがかった火口&かまくらの定番コンビが、木の陰にこそっと身を隠して様子を窺っていた。
時間だ。
挨拶代わりに飛んできた鉛玉を、精霊が毒尾で弾いた。
襲撃者だ。
無言で斉射される弾丸の雨を、議長はものともしなかった。他の魔法使いとは選定基準が異なる。竜人族は最古の魔法使いだ。
生命力のケタが違う。身体にちっぽけな風穴が空いても生命活動には何ら支障をきたさない。
議長「やっぱりこうなるのかぁ」
のんびりと呟いて射線を辿るが、迷彩を身にまとっているようで襲撃者の姿は見えなかった。
が、火器に頼っている時点で望みは薄いだろう。食指は動かない。
議長は襲撃者への興味が急激に失われていくのを感じた。しかしここだけの話だが、エルフには少し興味がある。とくに「魔導師」と呼ばれるエルフには。
族長は精霊に庇われて木陰に避難していた。
子狸さんは歓迎を示す前足を広げたポーズのまま言った。
子狸「話せばわかる」
音を置き去りにして迫る銃弾を、傍らに佇む王都のひとが触手の先端で軽くこすった。たったそれだけの所作で空中分解した銃弾がぼろぼろと崩れ落ちる。
強すぎる。あれこそが生命の頂点だ。完成体だ。
強者に惹かれるのは竜人族の本能である。が……。
議長は思った。
(惜しいな)
世間一般の「有機生物」というカテゴリーから、魔物たちはやや外れている。
議長の嗜好はしごく真っ当なものであり、錯綜した趣味がなかったから圧倒的な力を持つ魔物や精霊を見ても我を忘れることはない。
それでも美しいものを見ていたいと思うのは当然のことだ。
ふらふらと近寄ってくる議長に、忌避感を覚えた王都のひとが子狸さんを連れて木陰に避難した。
迷わずあとを追ってくる竜人の熱い眼差しに吐き気を催したが、今は問い詰めるのが先だと思い直した。
王都「抑止力が聞いて呆れる」
議長「そう?僕は爆撃されると思ってたんだけどね」
議長はしれっとした顔でのたまった。
一方、流れ弾がヒットした青いのは大いなる進化のときを迎えていた。
銃弾を受けたポーラ属は進化する。
いや、銃弾でなくとも良い。光線銃でも構わない。もしかしたらレーザーポインターでもイケるかもしれない。とにかく科学的な兵器だ。
何故か?
その理屈を魔物たちは集まって色々と相談したのだが、こういうことであるらしい。
銃口から放たれた弾丸は、その時点で「人間の意思」からは外れる。
これは所有権を放棄したもの、つまり捨てたものと見なされる。
ゴミだ。
道に落ちているゴミを、ボランティア精神にあふれた魔物たちが拾う。
エコだ。
魔物たちの隠されしパラメーター、エコポイントが一定量に達したとき、彼らは大自然と一体化し、何かイイ感じになる。
火口のひととかまくらのひとは、大いなる進化のときを迎えている。
見るも無残な姿。凶弾に倒れ、液状化した青いのが、まるで神に祝福されたかのように柔らかな光に包まれる。
光はやがて凝縮し、青いのの体内に根付いていく。それは、聖戦士のしるし。
火口のひととかまくらのひとは、大いなる進化のときを迎えている。
よみがえった二人の体内に散りばめられた輝きが、あたかも天の川のようだ。
原種。エルメノゥの名を冠する、ポーラ属最上位種の誕生であった。
その眼差しは穏やかですらあった。
そこには怒りも憎しみもない。ただ深い悲しみを湛えるばかりだ。
火口「愚かな人間どもめ……」
かまくら「ぎゅうぎゅう詰めにしてくれるわっ」
銃弾の隙間を縫って触手が走る。
人前では地面を這って移動するポーラ属だが……
空中でぼこりと膨らんだ触手が次の瞬間には身体となって襲い掛かる。
最上位のポーラ属は、触手に体幹を移すことができる。
襲撃者は精密射撃に切り替えた。
青いのは新種の病原菌みたいに触手を八方へと広げる。
火口「終わりだ!」
前衛の火口のひとが吠える。必殺のフォーメーションだ。
それがゆえに、かまくらのひとはより慎重だった。
かまくら「上だ!……上だと?」
上方からの斉射。
二人は、とっさに体幹を移して難を逃れた。
魔物たちの五感は人間のそれとは比べものにならないほど鋭敏だ。
その魔物たちが出し抜かれた。
別働隊を察知したかまくらのひとだが、確信があったわけではなかった。未来からのリークだ。
本来的に魔物たちは時間に縛られる存在ではない。
しかし必ずしも予知が的中するとは限らなかった。
とある蛇さんを例に挙げて説明すると、未来、過去に二人の蛇さんがいたとする。
ところは競馬場。外れ馬券を掴まされた未来の蛇さんは、「くそがっ」と馬券を破り捨てる。カタいレースだったのに番狂わせが起きた、その悲しみは筆舌に尽くし難いものだ。未来の蛇さんは、この遣る瀬ない気持ちを誰かと分かち合いたいと思う。魔物たちは寂しがり屋さんなのだ。
寂しがり屋さんだから、過去の蛇さんに「どうだった?」とか聞かれると、「いや、問題は次のレースなんだよね。いま悩んでるトコ……」と巧妙な罠を仕掛ける。
当然、過去の蛇さんは「次のレースかぁ……悩ましいぜ」とか言いながら気もそぞろに馬券を購入し……「くそがっ」と外れ馬券を破り捨てる。
もちろん過去の蛇さんは怒りを露わに食って掛かるだろう。「意味わかんねーよ!なんでテメェーの足を引っ張んだ!?それでいったい誰がトクするわけ!?」とか言う。だが未来の蛇さんは爽やかな笑顔で「静かにしてくれないか?いま、とてもイイ気分なんだ……」とか言う。
かくして負の連鎖は引き起こされるのだ。
そうした事象を、魔物たちは「歴史の修正力」と呼ぶ。
ただし、この歴史の修正力は、子狸さんが絡むと緩和される傾向があった。
かまくら「右!?どんどん増えるぞ!」
火口「ちっ!こうなったらまとめて……!」
ちょっと本気を出した魔物たちには銃弾など止まって見える。
一網打尽にすることも容易い。
しかし後方で待機している子狸さんが叫んだ。
子狸「待て!話せばわかる」
火口のひとが決断を下した。
火口「……かまくらの!下がれ!おれが時間を稼ぐ!」
かまくら「え〜?独り占めかよ……」
文句を垂れながら、かまくらのひとは渋々と後方に下がった。
子狸さんは王都のひとにプレスされていた。飛び出そうとして捕獲されたのだろう。
かまくらのひとは甘えるように言った。
かまくら「ぎゅうぎゅう詰めにしちゃおうよぉ〜」
戦況は複雑だ。
何もないところから次々と別働隊が現れる。何の前触れもなしに、だ。
魔物たちが察知できない以上、この現象は転移の魔法ですらない。
子狸さんは少し悩んでから、首を横に振った。
子狸「いや、話せばわかる」
かまくら「お前さっきからそれしか言ってねーぞ!」
ツッコミを入れるかまくらのひとをよそに、王都のひとは議長を睨みつけていた。
議長は言った。
議長「僕と北海のんがいたから意見が割れたんだろうねぇ」
議長は、族長を「北海の」と呼ぶ。
族長は首肯した。
族長「精霊は無敵だが、無欠ではない。そして、それは君たちにも同じことが言える」
そう言って王都のひとを見た。
族長「無敵の存在にはな、それゆえに挑む価値が出てくるんだ。これは解決できない問題だよ。偽装に特化した魔法があれば、他者を操ることに長けた魔法もある。君たちも完璧ではない。そうだろう?」
族長は念を押すように地面をごろごろと横転した。
族長「君たちは、バウマフ家の呪いを解くことができなかった」
王都のひとは反論した。
王都「呪いは解けた。特赦はもうない」
結果論だ。反論になっていない。そのことは王都のひと自身も理解していた。
それでも反論せずにはいられなかった。エルフが嫌いだったし、どうしてもわからないことがあったからだ。
そうではないかと思っていた。
そんなことがあるのかと思った。
しかし、たぶん、やっぱり、族長は首を縦には振らなかった。
族長「治癒魔法が、復活したんだな?」
王都「二番回路だ。人間たちがそれを願った。そういうこともある」
王都のひとは認めたくなかった。
族長「いいや、違う。特赦は生きている。名を変え、形を変えて生き残った」
族長は淡々と仰向けになって、お腹をひれでぽんと叩いた。
族長「うまく利用されたな。タイムパラドクスだ。魔物は矛盾から生まれる……」
議長が気まずそうに口の先端をしゅっと伸ばした。
議長「前例があるんだ。二つの魔法がどうしようもなく衝突し合って……」
様々な国があり、様々な人種がいて、様々な魔法がある。
まったく前例のない出来事があるとすれば、それは本当の奇跡だ。
奇跡は、起こらないから、奇跡と呼ばれる。
王都のひとは、議長に八つ当たりをした。
王都「……この始末、どうつける?おれは、お前の手引きを疑っているぞ」
この場でいちばん得体の知れない存在が、この竜人族だった。
子狸「治癒魔法が……?」
低学年の子が泣くので、子狸さんは人前であまり治癒魔法を使わない。
だから気付くのが遅れた。
子狸「……いや、話せばわかる」
かまくら「子狸さんの言う通りだ。王都の、話せばわかるぞ」
少し目を離した隙にかまくらのひとが洗脳されていた。
議長は、子狸さんの理想主義に感化されたかのように口の先端をしゅっと伸ばした。
議長「そうだね。じゃあ、この場は僕が収めよう」
言うなり、木陰からのそのそと這い出る。
議長「杖はないけど……管理人が三人もいれば何とかなるかな?だめだったらごめんね」
竜人族は、あまり魔法が得意ではない。
肉弾戦を得意とする彼らにとって、魔法は大きな意味を持つものではなかったからだ。
もしも意味を持つとすれば、それは食指が動かない敵が相手のときだった。
詠唱は長い。
特徴があるとすれば、
「攫われたお姫さま」
「嫉妬深い塔の魔女」
「騎士はまどろみ、焚き火を囲う」
「かぼちゃの馬車」
「お菓子の家」
「赤いドレスの貴婦人。迎えに行くよ。スイーツ!」
歴史が長いぶん、技術は高い。
そして、彼らの魔法は、自国ではなく、他国で研鑽されたということだ。
海底「ついに放たれる竜人族の秘術。それは、邪法と呼ばれるものだった……」
次回へ続く。
〜fin〜