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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり目撃編

『異変』


 事件だ。バウマフくんが居ない。

 さっそく調査に乗り出したアイ先生は、目撃証言を求めて聞き込みを開始する。


 証言その一。とある男子生徒。


「朝は居たな。先輩たちとつるんでいるのを見た」


 証言その二。とある女子生徒。


「バウマフと仲の良い先輩……ですか?……たぶん番長さんたちだと思いますけど……仲良しではないですね」


 証言その三。とある男子生徒。


「……あんた、龍脈って知ってるか? いや、知らないならいい。ヤツのことは放っておきなよ。きっと戻ってくるさ」


 証言その四。とある亡霊。


「……龍脈か。王都の地下を走る通路のことだ。しかし、あの通路は人を選ぶ。お前の場合、同行者が必要だろう」


 証言その五。とある女教師。


「地下通路? 誰に聞いた?……いいや、知らないな。……わたしは急用を思い出した。君は授業に戻れ。いいな」


 証言その六。とある校長先生。


「私の学校だ。君は全てを知る必要はないし、また知る権限もない。君の仕事は何だ?……そうではない。勘違いしているようだな。君は、厳密には、最終的には、だ……教えないことが仕事になる」


 証言その七。とある骨。


「校長がそんなことを?……まぁ無理もない。あの男は学府の一員だからな。……そんなことよりも、校長の周りで妙なものを目にしなかったか?」


 証言その八。とある狐娘。


「マフマフなら……いまチャイムを鳴らしてるのがそうだと思う」


 証言その九。とある牛さん。


「あっちに走って行ったぞ!」


 証言その十。とある勇者さん。


「……それで、けっきょく取り逃がしたの? 情けないわね。わたしが捕まえてきてあげてもいいけど……たぶん逃げたことに深い意味はないから……。うん、ふつうに戻ってきたわね……」


 証言その十一。とある子狸。


「大根おろしが……」


 証言その十二。とある青いの。


「そのまさかだ」



〜fin〜



『光』


 ある日の放課後。

 校内パトロールを終えた子狸さんがのこのこと廊下を歩いている。

 これから教室に戻るところだ。


 パトロールに出ると、たいていは何らかの事件に巻き込まれて戻ってこないので、平穏無事に巡回を終えることは珍しい。


 子狸は言った。


子狸「何事もないのが一番だな」


王都「王国の闇は深い……」


 そう答えたのは王都のひと。

 青いひとことポーラ属の一人で、いつも子狸と一緒にいる。

 今は子狸のとなりを巨大ななめくじみたいに這っていた。


 バウマフ家の人間にプライベートの概念はなく、また気まずい沈黙とも無縁だ。

 二人は世間話をしながら教室に向かう。


王都「子狸さん子狸さん」


子狸「よいやさー」


王都「帰りにアイス食べたい」


子狸「え? なんで?」


王都「ストロベリー味がいい」


子狸「うん? うーん……。うん」


王都「あのね、山腹のんがね。この前、勇者さんに買ってもらったんだって。おれも、おれも」


子狸「む。そうか。おれたちもうかうかしていられないな」


王都「どどりあ〜ん」


子狸「ぱるせみや〜ん」


 何らかの合意に達した二人の触手と前足が触れ合う。

 そうこうしているうちに教室についた。

 教室のドアに前足を掛けようとした子狸さんが、ぴたりと動きを止める。ぼそりと呟いた。


子狸「……中に誰かいるな」


 魔法使いは他者の気配に敏感だ。

 話すと長くなるので説明は端折るが、魔法の構造上の欠陥と言っても良い。


 常に人生クライマックスの異名を持つ子狸さんに油断はない。

 素早く王都のひとを抱えてしゃがみ込むと、息をひそめて意識の網を尖らせていく。


子狸「この感じ……お嬢か?」


 この子狸は、勇者さんのことをお嬢と呼ぶ。


 退魔師としても魔法使いとしても中途半端な勇者さんの気配は小さく、幼児との区別がつきにくい。

 だが魔物たちに魂を売り渡している子狸さんならば、むしろ魔を祓う剣士として再起不能な少女を特定することは容易だった。他に該当者がいないからだ。


 前足の中で王都のひとが嘆いた。


王都「だらしねえ退魔性だな……」


 ✳︎


 いかなる悲しい結末が待ち受けていようとも、ひとには進まねばならぬときがある。


 今がそうだ。


 瞳を閉ざして思索の海に沈む勇者さんに、小さな女の子が声を掛けた。


狐娘「アレイシアンさま」


 狐を模した面をつけた彼女。名をコニタと言う。

「アリア家の狐」と言えば、このコニタを末妹とする五人姉妹のことだ。


 アレイシアン。それが勇者さんの名前である。苗字はアリア。アが多い。


 名前を呼ばれて、勇者さんはゆっくりとまぶたを開いた。

 コニタの後ろに、数名の小さな子供たちが並んでいる。

 コニタに命じて、集めさせたのだ。


 じっくりと面々を見渡してから、勇者さんは言った。


勇者「集まったようね」


 ……認めるべきことは認めねばならない。

 勇者さんは思った。

 自分は、華々しい学園生活の幕開けでつまづいた。

 クラスメイトは萎縮してしまって近づいてこない。

 とある子狸は例外だが、あのポンポコは学生であるにも拘らず、ふだん学校にいない。いるのはアナザーと呼ばれる分身で、その正体を端的に表すならば……TANUKIである。

 それゆえに授業で二人一組を作れと言われたとき、飼育係みたいになっている。

 ならば、どうするか。


 答えは簡単に出た。

 勇者さんは反省できる子だ。問題点があれば、そのつど対処するすべに長ける。


 魔王軍との戦いで学んだこと。

 数々の強敵を打ち倒し、そのすえに掴み取った一つの真理。


 勇者さんは、もう一度、子供たちを見つめた。

 そこにあるのは、尊敬の眼差しだ。


 怯えるクラスメイトたちとは違う、警戒心の欠如した幼子たちの眼差しに。

 勇者さんは、たしかな勝機を見た。


勇者「一緒に帰りましょう。帰りに、アイスをおごってあげる」


 ――お金があれば、何でもできる。


 わぁっと、花開くように子供たちが喝采を上げた。


 子供たちの笑顔につられて、勇者さんも内心でほくそ笑んだ。


 まずは子供たちを味方につける。

 低学年の子たちの人気を獲得すれば、自然とクラスメイトたちの態度も変わってくるだろう。目指すは面倒見の良いお姉さんだ。


 子供たちを引き連れて、勇者さんは教室を出た。

 きゃあきゃあと上がる楽しげな歓声が勇者さんを囲っていた。

 彼女の、明るい未来を暗示するかのように。

 いつまでも、いつまでも……



子狸「…………」



〜fin〜



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