表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
19/156

うっかり自白編

さいきん少し学校に馴染んできた勇者さん。彼女は毎朝自宅から学校に通っている。

転入してからしばらくは馬車で行き来していたのだが、時間が掛かり過ぎるため近頃は別の交通手段を用いていた。

光の巨鳥である。


学校では聖剣に備わった機能の一つであると説明しているが、実状は異なる。その正体は発光魔法に身を包んだ空のひと……魔王軍幹部の魔鳥ヒュペスであった。


イメージが悪いので人前では滅多に見せないが、勇者さんは聖剣とは別に魔剣を隠し持っている。魔王から奪い取った闇の宝剣だ。

光の宝剣と闇の宝剣は表裏一体だから、本来あるべき姿を取り戻したとも言える。


かつて魔王が振るっていた黒剣は、環境によって大きく性能が上下する宝剣である。

もっとも大きな特徴は影を渡って瞬間移動できることだったが、これはどこでも使えるものではない。とある不思議な生きものの証言によれば、地下に大きな通路が走っている場所でなければならないらしい。そして、それは厳密には「地下」ではなく「狭間」にある。

ただ、急な用事を思い出したので「地下通路」と、そう呼んでいるらしい。

とにかく特殊な通路なのだ。

叩けば叩くほどホコリが出てくる、この怪しい通路の存在を表舞台に引きずり出したのは過去に暗躍した魔王軍四天王の一角なのだとか、なんとか。

その話をしてくれた某ポーラ氏はしみじみと言っていた。


山腹「子狸さんは本当に上出来な部類だからね……。途中でふらっと居なくなることもあんまりないし」


話を戻そう。

勇者さんの実家は地下通路の直上から外れている。したがって始業直前まで部屋でだらだらと過ごすわけにはいかない。

ところが勇者さんは諦めなかった。


勇者「わたしはまだ魔法が使えないけど、そうじゃなくて……。じつはもっと凄いことができるけど、あえて魔法を習っているという体裁が大事だと思うの」


勇者さんは同級生に「でもアレイシアンさまは魔法なんて使えなくてもぜんぜん問題ないですよね」とか言って欲しい。


というわけで家のあちこちにゲートを掘ってみたのだが、成果は芳しくない。

そんなある日、ゲートから大きなひよこが出てきた。

空のひとだ。


空のひとはひよこと似ている。鳥獣の特徴を併せ持つキメラの魔物であり、ライオンのたてがみと猫耳を具えているが、ベースになっているのは鳥のヒナなのだ。


それ以来、勇者さんは空のひとを重宝している。

しばらく馬車で登校していたのは、いきなり空のひとに乗って登場すると王都襲撃みたいになってしまうからだ。


空のひとは最速の魔物である。

都市級の中では下位に甘んじているが、王種を含めても誰より速く空を飛ぶ。

もしも鬼ごっこをすれば火のひとには敵わないが、あれは速い遅いという次元の問題ではない。ほとんど瞬間移動みたいなものだ。


勇者さんは光の巨鳥を駆って颯爽と学校の屋上に降り立つ。

この時間帯であれば屋上には誰も居ない。たまに子狸さんが無造作に寝転がっているくらいだ。ごくまれに休校日と登校日の境界線が揺らぐときがあるらしい。


だが、この日は先客が居た。

後ろ足で器用に立っている。子狸さんと少し似ている……ここでは仮に古狸としよう……。


古狸「…………」


着陸した空のひとには目もくれず、眼下の校庭をじっと見つめている。

いや、その視線が向かっている先は校庭ではなく……もしかしたら別棟にある校長室だったのかもしれない。


漏れ出た小さな呟きを風が拾った。


古狸「兄と同じ道を行く、か……。あるいは……」


古い因縁を匂わせる言葉だった。


勇者「…………」


勇者さんは関わり合いにはなるまいと聞かなかったことにした。

空のひとの羽毛を軽く撫でて労をねぎらう。


巨躯を屈めた空のひとが大きな目で勇者さんを見つめる。


ひよこ「学校は楽しいか……?」


勇者「……ええ」


無視するのも悪いので、勇者さんは仕方なく頷いた。

勇者さんの返事に、空のひとはほっとしたようにくちばしを下げた。


ひよこ「……そうか」


二人に共通する猫耳が、まるでこの世で唯一の確かなつながりであるかのようだった。


この魔ひよこは、たまにこうして近況をリサーチしてくる。

そうして、ふと気付けば慈しむような眼差しをこちらに向けているのだ。

なんなのだろう……。思い当たることがまったくない勇者さんは首を傾げる。


不審に思っていることを察したらしく、空のひとは慌てて言った。


ひよこ「いや、気にするな。幸せならば、それでいいのだ。それに越したことはない。だろう?」


勇者「……そうね」


腑に落ちないものを感じながら勇者さんは頷いた。


ひよこ「では、帰りにまた迎えに来よう。もし、家に何か忘れ物があれば言いなさい」


勇者「ありがとう。またね」


ゲートに沈んでいく空のひとに勇者さんが小さく手を振る。


古狸「なに、礼は要らんよ」


ついでに古狸もゲートに沈んでいった。



『分岐点』



大陸の覇権をめぐって争う三大国家は義務教育制度を施行している。

魔法使いは放っておくと何をしでかすかわからないし、一方で多少の手間を掛ければ潜在的な兵力の向上につながるからだった。


それ以外の小さな国が義務教育に踏み切らないのは大国に目をつけられるのが嫌だからだ。

とくに騎士団が用いる高速詠唱技術についてはうるさく、「真似をするならお金を払え」だの「ただし使用料金は別途になります」だの「教師を派遣するから土地くれ」だのと無茶を言ってくる。

逆らうと、最初は息の合った強請りをしてくる三大国家が華麗に空中分解してドンパチをはじめそうなので怖かった。

何しろ連合国という実例もある。


連合国は王国、帝国という二大巨頭に対抗するために周辺小国が手を結んだ複合国家だ。

タイミングが良かったと言えばそれまでなのだが、当時の混迷した状況で先を見据えた決断ができたかと問われれば多くの点で疑問が残る。

ようは少し調べれば偶然にもうまく行ったのだと、ありありとわかるのだ。

条約で揉めた小国同士の争いが火種になって群雄割拠の時代に突入した連合国が最終的にまとまったのは、ほとんど奇跡としか言いようがない。


先生「こうして内乱を平定した連合国は、打倒王国、打倒帝国を掲げて急躍進を遂げていきます。連合国がまとまるとは思っていなかった王国と帝国は、同じような小国群の台頭を警戒して三国体制に向けて舵を切ったと言われていますね。これには様々な説があって……」


歴史の授業は、勇者さんにとっては退屈な時間だ。

担任教師のアイ先生の解釈は面白いが、裏取引の詳細を記した文献が残っていない以上、大半は事実の列挙にとどまってしまうからだった。


元々家庭教師を雇って貴族に相応しい教養を身につけている勇者さんにとっては復習の域を出ない。


子狸「めっじゅ〜」


しかし魔物たちに英才教育を施されている子狸さんの意見は異なるようだ。しっぽをぴんと立てて傾聴している。


校内きっての問題児と噂される子狸さんであるが、さいきんは更生しつつあると囁かれていた。

この調子なら出席日数は問題ないだろうし、授業態度も熱心だ。


一時期はぬいぐるみと見紛うばかりだったが……ぬいぐるみ?

ぴたりと動きを止めたアイ先生がバウマフくんを凝視する。

何か妙だ。具体的に何がどうとは言えないが、まるで狸か狐にでも化かされているような……狸?

狸……。


じっとバウマフくんを見る。


子狸「めじゅっ……」


子狸さんの瞳が怪しくきらめいた。


……考えすぎだ。

アイ先生はかぶりを振った。

たとえイヌ科だろうと、教え子の一人であることには変わりない。


勇者「…………」





王立学校の授業は、学年が上がるたびに血生臭く、そして魔法学の比率が増えていく。

現在、羊組では貫通魔法を教えていた。


子狸「めっじゅ〜!」


子狸さんが意外と鋭い牙を剥いて吠えると、幾条もの光線が放たれる。

それらはアイ先生が設置した力場を貫き、破砕すると、直角に曲がって遥か上空へと消えて行った。


アイ先生の表情が引きつる。

バウマフくんは、こと魔法に関しては優秀な生徒だ。学年でもトップクラスの腕前だろう。もっと上かもしれない。

だが、あまりにも完成されていて教えることがない。では他の生徒たちのお手本になるかと言えば……それも微妙なラインだった。


まず手順が異なる。子狸さんは魔法を使うとき、決め手となる要素を最後に持っていく。

それは実戦に即してはいたが、味方の存在を想定したものではなかった。

つまり分岐点を後回しにしようとするから、何の魔法になるか判別しにくく、そして連携しにくい。


騎士団の高速詠唱技術は、魔法の慣性と惰性が肝になる。

だから定型を逸した魔法の使い方は、詠唱の省略や高速化には向かない。


アイ先生は生徒たちを騎士にしたいとは思っていないが、詠唱は定型で統一したほうが習得は早まる。

魔法が「ハイハイ貫通ね、貫通」とおざなりに処理しはじめるからだ。


子狸さんの魔法の使い方は、舞台袖にたくさんの魔法を待機させる遣り方だ。それゆえに運用の幅は広いが、敷居も高くなる。

なまじ理に叶っているから、真似をするなとは言いにくい。


しかし幸いにも、子狸さんの詠唱は鳴き声にしか聞こえなかった。

手順を把握できた生徒はたぶん居ないだろう。

アイ先生とて目で見て確認したわけではない。感覚によるものだ。


おぉ〜と感嘆の声を上げるクラスメイトに、子狸さんは嬉しそうにしっぽを振っている。


クラスメイトたちは口々に言った。


「さすがバウマフ先輩」


「バウマフ先輩の貫通魔法、はじめて見た……」


「もっと変な使い方をしてるのは見たことあるかも」


子狸さんによる実演を終えると、次は二人一組になって練習に入る。


アイ先生は全体の監督だ。

魔法の行使には反復練習が欠かせない。さすがに一発で成功する生徒は居ないだろうが、貫通魔法は高い殺傷力を持つ危険な魔法だ。

間違っても射線に立たないよう注意深く見守る。


勇者さんはいつものように子狸さんと組んだ。

アイ先生から見て、この一人と一匹は良いコンビだった。


諸事情あって、これまでずっと魔法を使ってこなかった勇者さんは一人だけ別メニューだったし、バウマフくんには教えることがない。一人の生徒に掛かりっきりというわけには行かないアイ先生にとってもありがたい配置だ。


勇者さんは初歩の初歩のである発光魔法の練習をしている。


勇者「パル。パル。パル」


両腕を突き出して詠唱を繰り返すのだが、何も起こらない。

これは才能以前の問題だった。単純に経験が足りていないのだ。


必要なことだとは理解しているが、こうまで何の成果も出ないと虚しくなってくる。


勇者さんはその場にしゃがみ込むと、子狸さんにひそひそと相談をはじめた。


勇者「詠唱は絶対にしないとダメなの?」


子狸「めじゅっ」


子狸さんは肯いた。

騎士などは詠唱を省略するが、それはあくまでも魔法を使える前提での話だ。あとは詠唱破棄という時空間に干渉する高度な魔法を一部の魔物が使えるというだけで、人間には扱えない。


魔法の等級を五段階に分けると、人間が使える魔法は三段階目の「上級魔法」までと決まっている。詠唱破棄は四段階目の「超高等魔法」だ。


どれだけ才能に恵まれていようとも、人間が人間の限界を超えることはない。

一人の人間が一騎当千の働きをするようでは困るのだ。まず社会が成り立たないし、魔法使いの弾圧などはじまってしまっては目も当てられない。


だから「詠唱破棄」や「座標起点」、「射程超過」に「並行呪縛」といった高位の魔法には人間が使えないよう制限が設けられている。

この制限を「開放レベル」と言う。


人間の開放レベルは「3」。

都市級の魔物が「4」、王種が「5」となっている。


子狸さんはお手本を示すように後ろ足で器用に立つと、前足を突き上げて鳴いた。


子狸「めっじゅ〜!」


ぴかぴかと発光した子狸さんから幾つもの光球が剥離し、ざっと宙に整列する。


魔法はとくべつな技能ではない。誰でも使えるし、才能がないから使えないということはまずあり得ない。

門戸は常に開かれている。

親御さんがお小遣いをくれると言っているのに、わざわざ断る子供は居ないということだ。


子狸さんの激励に、勇者さんはやる気を取り戻したようだ。


勇者「わかった。やってみる」


大きく頷き、発光魔法の詠唱を繰り返す。もちろん何かが劇的に変わったわけではないから、とつぜん成功することはない。大切なのは、それでも諦めないという気持ちだ。


勇者「パル。パル。パル」


子狸「もっと大きな声で!」


勇者「!?」


王立学校の生徒は高学年になると「殲滅魔法」というこの上なく物騒な魔法を習うから、視界が行き届くよう練習場は平坦で、何か不幸な事故が起きても内々に処理できるよう分厚い壁で囲われている。


颯爽と遅刻した子狸さんが、嫌がる小鬼さんを引きずってのこのこと現れた。校内で怪しげな儀式を執り行っていたところを取り押さえたのだ。


連合「くそっ、まさかこのおれがこんな失態を……!」


鬼のひとは三人。それぞれ三大国家を縄張りにしており、このたび失態を演じた連合のひとは連合国を担当している。

残りの二名にはまんまと脱走を許してしまったが、重要な証言を期待できそうだった。


とつじょとして授業に参加してきた子狸さんに、クラスメイトたちは動揺を隠せない。


「バウマフ先輩が……二人!?」


直後、子狸さんの瞳が怪しくきらめき……


「そういえば、たまに二人いるよね」


「バッティングして三人のときもあるよね」


心理操作だ。

あえて魔物たちがやったという「てい」を取るが、彼らは追い詰められると心理操作と呼ばれる切り札を出す。

心理操作を用いれば、たいていのことは誤魔化せる。便利な魔法だ。

だがリスクは大きい。

心理操作は記憶を操る魔法ではなく、興味と関心を逸らす魔法だからだ。


例えば、今日は鯛焼きを食べようと思っていた人間をたこ焼きへと向かわせることはできる。

最初は気分が変わったで済むだろう。

しかし同じことを何度も繰り返せば不審に思う人間もいるだろうし、今日は意地でも鯛焼きを食べると心に決めるものも出てくる。

心理操作は便利な魔法だが、それ相応のリスクが生じる。


子狸さんは言った。


子狸「恥ずかしがることはない。自分をさらけ出すんだ」


その発言が自分に向けられたものなのかどうかが勇者さんには判別できなかった。連合のひとに自白を促しているようにも聞こえたからだ。


連合のひとが無実を主張した。


連合「おれはやってない」


子狸「誰だってそう言う。おれだってそう言う」


平日の昼間に通りがかりの騎士から保護者の所在を尋ねられて一足飛びに無実を主張する子狸さんだから、連合のひとを信じたいという気持ちはあった。

しかし奇しくも現行犯だったことが子狸さんに苦しい選択を突きつける。


子狸さんは苦渋の表情で連合のひとの両肩を掴んで揺さぶった。


子狸「どうしてあんなことをしたんだ……!故郷の両親が泣いているぞ!」


連合「ま、ママン……」


観念したかのようにがくりと項垂れた連合のひとがぽつりぽつりと供述をはじめた。


連合「…….地下通路に興味があった。あれは魔都と同じだ。しかし、より精霊に近しい空間でもある。思わぬ発見があるかもしれない。そう思ったんだ….…」


子狸さんは力強く頷いた。


子狸「よく話してくれた。だが、ひと足遅かったようだな……」


連合「なんだと……?」


とくに意味のない遣り取りを交わす二人に勇者さんが割り込んだ。


子狸さんが肌身離さず首に巻いている赤いマフラーを指先で軽く引いて言う。


勇者「詠唱は大声じゃないとダメなの……?」


恥を忍んで訊いた。

勇者さんはとある不思議な生きものから色々と裏情報を教えてもらっているが、正直なところ他者の観測がうんぬんと言われても困る。


肩越しに振り返った子狸さんが事もなげに答えた。


子狸「アリバイ崩しだよ。証拠がないから自白を取りたいんだ。目撃証言は多いほうがいい」


子狸さんは、たまに魔物たちがぎょっとするような真相を言い当てることがある。


けれど勇者さんはぴんと来なかった。


勇者「……魔法に原始的な意思があるとは聞いたことがあるけど……」


原始的な意思とはどういったものなのか。それが勇者さんにはわからない。


子狸「お嬢は手足を動かすとき頭で考えるよね。でも、それは逆でも通じるんだ。手足が頭を利用することだってある。魔法は……」


王都「子狸さん」


ぺらぺらと喋りはじめた子狸さんに王都のひとが制止の声を掛ける。


しかし子狸さんは推し進めた。


子狸「魔法は、魔物そのものだよ」


連合「つぇいっ!」


跳躍した連合のひとが子狸さんの首すじに手刀を叩き込んだ。


子狸「うッ」


ぐったりした子狸さんを連合のひとが引きずっていく。


勇者「…………」


沈思する勇者さんを気遣うように子狸さんが鳴いた。


子狸「めっじゅ〜….…」


その瞳が怪しくきらめく。


穏やかな午後の昼下がりの出来事だった。



〜fin〜



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ