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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり共存編

子狸さんが超世界会議の席にてオフ会の提案をした一ヶ月後の出来事である。


子狸「ただ、い、まーん」


テンポよく窓を開いた子狸さんがコソ泥みたいに自宅の居間に侵入すると、そこには大きなミジンコみたいな生きものがいた。


巫女「…………」


何故か居候の巫女さんが応対していた。


目を凝らしてみれば、テーブルを挟んで彼女と向かい合っているミジンコみたいな生きものは、超世界会議で議長を務めていた人物である。


議長「おかえり」


のんびりとした声で子狸さんを迎えると、くちばしみたいになっている口の先端がしゅっと伸びた。


対する子狸さんの声音は厳しい。


子狸「……どういうことだ?」


超世界会議に参加するためには幾つかの条件を満たさねばならない。

その条件を魔物たちは満たしていたが、人間たちはそうではない。だから子狸さんが超世界会議に出席しているのは内緒にしようという話だった。


しかし子狸さんが気にしたのはそこじゃない。もっと別のことだった。


子狸「どうしておれが窓から家に入らなきゃならなかったんだ……?」


巫女「知らないよ、そんなの」


たまに魔物たちの指令で動く子狸さんだから、そうとは知らない人間からしてみると突飛な行動に見えることがある。


眉根をひそめた子狸さんが、じっと議長を見つめる。


子狸「…………」


ひとは過去に囚われまいと生きていくから、帳尻合わせをするように記憶力は常に試される。


のほほんとお茶をすすっている議長と一定の距離を置きながら、子狸さんは警戒するように周囲をぐるりと回った。


交差した後ろ足が二階の巣穴へと続く階段を踏みしめたとき、巫女さんがノールックでツッコんだ。


巫女「待て待て。待てぇーい」


子狸「ん?」


のこのこと戻ってきた子狸さんに、巫女さんが横の椅子をぽんぽんと叩く。


巫女「報告が遅れてしまったが……不法侵入者がここにいるようだ。そいつは窓からやって来た」


子狸「ばかな。まんまと侵入を許したのか?」


すると巫女さんはおのれの不明を恥じた。


巫女「すまない、迂闊だった。言い訳になってしまうが、この家で変な生きものを見掛けるのはそう珍しい出来事じゃないんだ……」


項垂れる巫女さんを慰めるように、子狸は彼女の肩に前足を置く。


子狸「しかし今後の課題は見つかったようだな」


巫女「うむ……。市民ポンポコよ、ここは任せたぞ」


巫女さんは子狸さんのことをたまに「市民」と呼ぶ。

厳かに頷いた彼女は流れるように席を立ち、厄介事を子狸に押し付けた。


居間に取り残された子狸さんが、招かざる客へとぐっと身を乗り出す。囁くように言った。


子狸「……世間話をしに来たんじゃないんだろう?」


議長「そうだね」


議長は認めた。


議長「この国に興味を持つものは少なくない。けど、少し無理を言ってね。まずは僕が一人で来た」


穏やかな口調だった。


子狸「ふむ……?」


子狸さんは目線で話を促した。

議長が肯く。


議長「管理人の言葉は重い。ノロ・バウマフくん。君が……」


ノロ・バウマフというのは子狸さんの本名だ。


子狸「おれのことを……?」


議長「うん。北海のん……ああ、この国ではエルフと言うのか。会議で君のとなりに座っていた白いのね」


エルフは、自分たちの里を北海の国と呼ぶ。

議長は、口の先端をしゅっと伸ばした。それがいかなる感情の発露であるかはわからない。文化が違えば習慣も異なる。なにも珍しい話ではなかった。


議長「北海のんは、とても優秀な魔法使いだから。僕なんかとは訳が違う。気を悪くしないで欲しいんだけど、君たちは彼らのおまけみたいなものだよ」


エルフの精霊魔法は、極めて強力な魔法だ。

人間たちではどんなにがんばっても都市級の魔物を倒すことはできない。そんな彼らと同等の存在を、エルフたちは多大なコストさえ支払えば召喚できると言えばその凄さがわかるだろう。


けどね、と議長は続けた。


議長「状況が変わった。管理人の君が認めたということは、それはこの国の総意と見なされる。この国は、もしかしたらかつてない規模の交易の場になるかもしれない」


子狸「…………」


子狸さんは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。きつく握り締めた前足が打ち震える。


すかさず王都のひとが言った。


王都「オフ会に参加するものは下心があるということか……」


子狸さんの表情が和らいだ。


共通認識を得たことで、議長と王都のひとが頷き合った。


議長「悪いことばかりではないと思うよ。ただ、まあ、面倒なことにはなるだろうね。僕がここに来たのは、その面倒事を軽くするためだ」


議長の言いように、王都のひとは身体を少しねじった。

窓から差し込む日の光が身体の表面を滑り、なだらかな陰影を床に落とした。


王都「……お前たちが抑止力になると言うのか?」


子狸「…………」


ぎりっ。子狸さんが怒りを露わに奥歯を噛み締める。きつく握り締めた前足は強い憤りを感じている証だ。


王都「つまりプールの監視員みたいな役割を果たすと?」


子狸さんの表情が和らいだ。


子狸さんの様子を窺っていた議長が安堵したように肯く。


議長「僕らは優秀な魔法使いとは言えないけど、歴史だけは長くてね。それなりに顔が利く」


王都のひとは笑った。

触手でテーブルを掴むと、力尽くで引き倒してばらばらに切り裂いた。

ふだん人前では見せないが、青いひとたちの触手は鋭利な刃物にもなる。


王都「ほざけ。お前は危険な存在だ。しょせんは人間だが、これっきりだ。金輪際、近付くな」


敵意を示す王都のひとに、議長は口の先端をしゅっと伸ばした。


議長「じゃあ、もう少し本音で話そうか」


節くれだった二本の腕には、いつの間にか湯のみが納まっている。


議長は言った。


議長「僕らは、他の国にあまり興味がない。それは央樹ですら例外じゃなくてね」


央樹というのは、いちばん古い歴史を持つ国だ。


議長は西湖という国の生まれで、これは央樹に次いで長い歴史を持つ。

彼が超世界会議で議長を任されているのは、適性と権威の両方の面から相応しいと目されているからだ。


超世界会議の議長は、西湖の国の魔法使いが務める。

彼らは他国にあまり興味がなく、そしてあまり魔法が得意ではなかった。


議長「だからこそ選ばれたとも言える。僕らの国はひどく生きにくいけど、こうしてたまに旅行すると気が抜ける。ぬるくてね。物足りないと感じてしまうんだよ。生命の坩堝が僕らの故郷だ」


子狸「…………」


子狸さんはドジョウすくいを連想した。

そして、それは大きくは間違っていなかった。


西湖の国は、大きな湖だ。

湖の中には多種多様な生きものたちが暮らしている。

しかし一歩でも外界に足を踏み出せば、そこは不毛な大地だ。

生きる上で必要とされるものは、全て湖に吸われて行く。

凄惨とすら言える生存競争に育まれ、頂点の一つに辿り着いたのが、議長の一族だった。


故郷を思ってか、議長はうっとりしている。恍惚と言った。


議長「少し恥ずかしいんだけど、僕らはどちらかと言えば寄生タイプだから、愛国心が強いんだよ……」


王都のひとは正直びびった。


王都「なんという生きものだ……」


世界は広い。

文化が違えば習慣も異なる。人種も様々だから、中には他の生きものに寄生して急激な進化を遂げる人間もいる。


議長は口の先端をしゅっと伸ばした。


議長「僕らは魔法があまり得意じゃないけど、肉弾戦なら割と自信がある」


議長は夢見るように呟いた。


議長「北海のんがエルフなら……僕らは竜人族と言ったところかな」


新たな種族が生まれた。



〜fin〜




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