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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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決戦! サクリファイアス神社

 TIPS


【真・勇者さん】


 立派に育ったほうの勇者さん。

 現在の連結世界は二つの歴史が同時に進行しており、勇者さんが昼まで寝ているほうの歴史は「Bルート」ということになる。

 このBルートは、Aルートの子狸さんが時間を越えて改変した歴史であるため、AルートはBルートよりも6~8年ほど先行しているようだ。


 真・勇者さんは、Aルートの勇者さんである。

 討伐戦争後、消息を絶った子狸さんを捜索するために旅に出た。

 管理人を失った魔物たちが結晶化する直前に強大な加護を授かっており、世界で唯一の「魔法動力兵に対抗できる人間」となる。

 自動攻撃、自動防御を兼ねる聖剣は、しかし彼女自身にはまかないきれない量数の魔力を糧とするため、周囲の人間を強制的に離脱症状に陥らせるという欠点があった。

 このことから「魔王の呪詛に蝕まれた勇者」という不名誉な扱いを受ける。

 また旅をしている間、魔物たちにとって代わった魔法動力兵の心理操作を寄せ付けないことから、仲間を募ることはしなかった。

 元剣士ということもあり魔法使いとしては二流だが、一対他を想定した実戦的な剣術を身につけていく。

 

 立派な無口キャラに成長した真・勇者さんは、やがて魔物たちが世界各地に残した手掛かりをもとに三つのゲートを開放し、魔界(第五世界)へと乗り込む。

 辿り着いた「崩れ落ちる塔」の中、第五世界の管理人ワドマト・メロゥドメテと相対し、その圧倒的な実力に敗北を余儀なくされるも、子狸さんとの再会を果たした。


 Bルートの残念に仕上がったほうの勇者さんは、やればできる子であることを別の歴史で証明するという離れ業をやってのけたことになる。

 討伐戦争の終盤、王種と都市級が暴れ回ったことで王都は瓦礫の山と化した。

 そんな中、被害を免れた神社がある。

 サクリファイアス神社。過去に悲しい事件が起きたことで参拝客がめっきり減った、都内有数の心霊スポットだ。


 そうとは知らずにサクリファイアス神社に連れて来られた巫女さんが、竹ほうきで境内を掃き清めている。

 木のひとの枝から飛び上がった空のひとが「ぴよっ」と鳴いた。遠近法を駆使しているため、小鳥に見えなくもない。

 はるか上空を飛び去っていく魔ひよこを、巫女さんがまぶしそうに見上げた。


 子狸監督が頷く。


子狸「めじゅっ」


 その傍らに控える骨のひとが大声を張り上げた。


骨「休憩に入りまーす!」



 *



 撮影は順調だった。

 当初は嫌がっていた巫女さんも、子狸監督の熱意に押されて積極的な姿勢を見せはじめている。

 そもそもCMとは何なのか、そこからしてすでにあいまいだったが、あまり細かいことは気にしない性格である。


 主要なスタッフたちと午後の打ち合わせをしている子狸監督に、新人ADが駆け寄ってくる。


子狸「監督! 全員分の飲み物を買ってきました!」


子狸「めっじゅ〜」


 子狸監督は鷹揚に頷き、新人ADの労をねぎらった。


子狸「あざす!」


 ぺこりとお辞儀した新人ADが巫女さんとスタッフたちに飲み物を配って回る。

 助監督の骨のひとがお茶をすすりながら子狸監督に話し掛けた。


骨「監督。いい画が撮れそうですね。おれもこの業界は随分と長いですが……これまでの経験上、良い環境からは良い作品が生まれるモンです」


子狸「めじゅっ」


骨「ははっ。心配は要りませんよ。彼らもプロですから」


 打ち合わせを終え、思い思いに休憩時間を過ごすスタッフたち。

 と、そのときである。


歌「こんちゃーす」


 歌の精霊王さんが撮影現場に許可なく立ち入ってきた。


魔物「なっ!?」


 スタッフたちは驚愕した。

 スタッフつまり魔物たちの属性を仮に光とすると、精霊たちの属性は闇ということになる。

 光に属する魔物たちは怨念や憎悪が渦巻く環境において優位に立てるから、ここサクリファイアス神社に精霊が乗り込んで来るとは予想していなかった。


 身構えるスタッフたちも何のその、歌の精霊王さんは陽気な足取りで撮影機材を見て回っている。


歌「ふーん。けっこう本格的だね。あなたたちの、こういう形から入るトコ、わたしはわりと好きだな」


 今日の精霊王さんは仮面をつけている。

 精霊の外見は術者たるエルフがデザインするものだから、とくべつな理由でもない限り非常に整った容貌になる。

 歌の精霊王さんが人前に出るとき仮面を身につけるのは、素顔のほうが目立ってしまうからだ。


 とつぜんの闖入者を、スタッフたちは警戒した眼差しで見つめている。

 わざわざ不利な環境に足を運んだということは、すなわち勝算があるということだ。

 その勝算とは……


子狸「おれが呼んだ」


 そう言ったのは、飲み物を配り終えた新人ADだった。

 まさかとスタッフたちが振り返る。

 新人ADは、椅子にどっしりと腰掛けて地面の一点をじっと見つめている。

 後ろ足を器用に使って立ち上がると、ゆっくりとした足取りで主要なスタッフたちへと歩み寄る。

 ぴたりと足を止めた。子狸監督を傲然と見下し、言った……。


子狸「おれがオリジナルだ」


 言われるまでもなく知っていたが、スタッフたちは驚愕した。

 お弁当をぱくついていた巫女さんがぼそりと呟く。


巫女「……なんか二人いるなとは思ってたけど」


 座標起点ベースの分身魔法、いわゆる完全コピーを見分けることは非常に難しく、巫女さんのいい加減な性格が分身の看破をさらに困難なものとしていた。


 スタッフたちが固唾をのんで見守る中、子狸さんは言った。


子狸「おれとお前、どちらが上なのか……はっきりさせるときが来たようだ」


 ついに反旗をひるがえした新人AD。いや、オリジナルの子狸さん。


 元来、子狸さんは争いを好まない穏和な生きものである。


 魔物が好きだ。人間が好きだ。

 無邪気な子供は見ていて微笑ましい。

 きれいに着飾った女性は愛らしく、目にしただけで幸せな気分になれる。

 たくましく育った成人男性にはドキリとさせられることがしばしばある。

 動物が好きだ。昆虫が好きだ。

 かぶと虫の完成したフォルムに至上の美を見る。

 とんぼの羽は脆いからさわってはいけない。生きるということを教えてくれた。

 花が好きだ。草木が好きだ。

 世界は息づいている。一人ではない。誰だって一人ではない。


 そんな子狸さんにとって、たった一つの例外がある。

 それは自分自身だ。

 子狸さんを苦しめるのは、いつだって過去の適当な発言や無軌道な行状だった。

 この世でもっとも信用が置けないのは自分自身であり、また手加減をする必要性も感じなかった。


子狸「だが。オリジナル、コピー……そうじゃないよな?」


 しかし他でもない自分自身と向き合うのだから、どうあっても通じ合うものはある。


子狸「戦い、決しよう。勝ったほうがオリジナルだ。それでいい。そうあるべきだ」


子狸「めっじゅ〜……」


 暫定オリジナルと暫定アナザーの対決だ。

 両者の視線が交錯し、空中で火花を散らしている。大気がふるえるかのようだ。


子狸「めっじゅ〜!」


 暫定アナザーが浄化の光を放った。

 最高位の魔法生物たる魔物たちすら退ける降魔の浄光だ。


子狸「……ふっ」


 しかし暫定オリジナルは不敵に笑った。


子狸「正直、もうダメかと思ったが……その力はおれには通用しない」


 とくに対策があったわけではないようだが、絶対の自信に満ちた言葉だった。


子狸「めじゅっ……!」


 暫定アナザーは素早く後退した。

 浄化の光は邪悪なものにしか威力を示さない。ただ日々を生きている動物には効かないのだ。

 したがって暫定オリジナルに大きなダメージを見込めないのは想定内ではあった。想定内ではあったが……よもやここまでとは。


 四肢に力を込めて飛び掛かる構えを見せた暫定アナザーが、めらめらと青白いオーラを発している。


子狸「いいオーラだ。才能がある」


 感心する素振りを見せた暫定オリジナルもまた前足をひろげて構える。


(まあ、もっとも……)


 ゾッと立ち昇ったオーラが異形の輪郭を結ぶ。

 カテゴリー3と呼ばれる形態の一つだ。


子狸「まだまだ、時期が尚早しているようだがな」


巫女「母国語しっかりして」


歌「呼びつけておいて放ったらかしだもんな〜。ホントに悪いトコばっかり似ちゃったね」


王都「あ? お前が要らんちょっかい掛けるから親狸に浮気の嫌疑が持ち上がったんじゃねーか」


 歌の精霊王さんは見た目完全な美少女であり、前管理人のお屋形さまと何かと因縁がある。

 いつも穏和な母狸さんが歌の精霊王さんに対してだけは口喧嘩を売買するから、間に挟まれた父狸はとても居心地が悪くなる。


 にっこりと微笑んだ親狸の姿が青空に浮かんで消えるかのようだ。


 暫定オリジナルの圧倒的なオーラに暫定アナザーは気圧される。

 症状が進んだハイパー魔法は、ステージが浅いそれとは比較にならないほどのパワーを術者に与える。

 使用中、魔法が勝手に動くためコントロールができないなど致命的な弱点も生じるが、スピードでカバーして欲しいと魔物たちは思っている。


 じりじりと後退を続ける暫定アナザーに、暫定オリジナルは不思議そうに首を傾げ、


子狸「掛かって来ないのか? ならばこちらから行くぞ!」


 急変、猛然と襲い掛かった!



 〜fin〜



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