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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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魔王、降臨

 TIPS


【魔導師】


 四つの解釈がある。

 一つは、偉い魔法使いのお洒落な呼び方。ピザをピッツァと呼ぶようなものだが、より格調高い。

 一つは、リシスとの接触者、感染者。これはリシスを撃退、封印に成功したことで自然と用いられなくなった。

 一つは、高位の感染者であり、導師の位階を持つもの。人格の汚染は見られないものの、豊穣の巫女がこれにあたる。

 一つは、非適応者。異能が遺伝しないことからこう呼ばれる。魔法側の適応者であり、バウマフ家など法典の契約者となるものは例外なく魔導師である。退魔性がほとんど機能しておらず、離脱症状が起きにくいという特徴を持つ。


 上位感染者と非適応者の両方を「魔導師」と呼ぶのは、人格汚染者が現れなかった歴史も存在するからである。

(第一世界において、半概念物質リサの発見に成功し実験中の事故からリシスが生まれた歴史と、宇宙の外縁部に出現したリシスから魔導素子リサを抽出した歴史は重複している。後者の歴史では汚染者は確認されていない)


 なお、近年では高位感染者を魔導師と呼ぶ習慣は薄れつつある。これは高位感染者の絶対数が少ないこと、近魔導師の非適応者がマイナスイメージの払しょくに成功したこと、それらの相乗効果によるものである。

 自覚の有無に拘らず、リシスに与した魔導師は忌み嫌われる存在であった。


 魔導師に関して、とある魔物(匿名希望)は以下のようにコメントしている。


「そもそも汚染しただの、してねーだの、証拠もなしに決めつけるのは失礼な話だよね。まぁ証拠を残すようなへまはしねーけどさ。子狸さんの誤解を招くような発言は控えてほしい」

 ワドマト・メロゥドメテの母、マリアは、とても一途な女性だった。

 まるで物語のように運命の人と出会い、まるで物語のように恋に落ち、まるで物語のように不思議な縁で結ばれ、まるで……

 そこで、物語が終わるかのように、絵に描いたような、これ以上はないと言うほど輝かしい才能に恵まれた子を授かった。


 エルフに伝わる精霊魔法は、最高最強の魔法である。これは、魔法の原則が定まっている以上、後にも先にも精霊魔法を越えるものは生まれないだろう、とすら言われている。

 他国が真似をしないのは、理屈はわかっていてもそこまで辿り着ける自信がないからだ。


 魔法の在り方を決める法典には幾つかの段階がある。

 段階を進めるごとに管理人の権限は解放されていくが、およそ強力と言われる魔法ほど危うい側面を持つ。


 もっとも強く、もっとも危うい。それがエルフの精霊魔法だ。

 したがってエルフの魔法使いは、数えるほどしかいない。

 近年、大規模な移住計画を進めるにあたって多少は人数が増えたものの、人口比率で言えば本当に微々たるものである。

 その点が、大陸の魔法とは大きく異なる。


 ――何かを得れば、何かを失う。

 極限まで細分化したことで複雑さを増し、もはや人間に扱える魔法ではなくなっている。

 だからエルフの魔法使いが自然発生することはない。彼らは先天的に強化された人間であり、例外なく「魔導師」という……ほとんど退魔性が機能しない特殊な体質をしている。


 しかし何事にも例外は存在する。


 ワドマト・メロゥドメテは、自然発生したエルフの魔導師だ。

 同時に、感情制御の異能持ちでもある。

 父と母。双方の資質を受け継いだことになる。


 つまり彼女は、トンちゃんの身体能力と、巫女さんの魔法技量に、アリア家の異能、さらにバウマフ家の魔法適合体質、それら全てを兼ね備えている。

 ひょっとしたらスーパー子狸さんをも上回るやもしれぬ――

 言うなれば、ポンポコを超えしもの……ウルトラ狸さんということになる。


 ウルトラ狸さんは、子狸さんを見つめている。

 薄く、淡く、微笑んだ。

 視線を切ると、眼下にひろがる景色を眺める。

 風に遊ぶ長い髪を流れるままに任せ、独り、つぶやきを落とした。



超狸「物語の続きを、はじめるとしよう」




 *



 一人と一匹を伴い地下通路に移動した親方は、巫女さんに必要なことをかいつまんで話した。


 巫女さんが「魔導師」と呼ばれる人間であること。

 巫女さんの才能は偶発的に備わったものではなく、為すべき役割に沿って与えられたものであること。

 ……おそらくは幼少時に、何らかの干渉を受けていること。


 自らの意思で歩んできたと思っていた人生が、じつは何らかの力によるものだと聞かされて、巫女さんはどう反応して良いのかわからない。


 いつも子狸さんの横にいる青いのは、懸命に魔法を擁護している。


王都「そんなことないよっ。魔法はそんなことしないよっ。夢と希望にあふれた素晴らしい力なんだ。ぽよよんっ」


親方「……イド。俺は、何も魔法を否定しているわけではない。認め、受け入れなければ先へは進めない。そういう話だ」


 打てる手は打っておきたい。親方はそう考えている。

 つい先ほどまでは、大陸の人間に頼るつもるはなかった。しかし考えが変わった。

 トンちゃんを認めたからだ。


 一つ認めたなら、一つ許す。それが親方の流儀だ。


 親方は巫女さんに言った。


親方「そう遠くない未来、この国で大きな事件が起きる。当然、俺とて座して待つつもりはない。だが……」


 過去に色々とあって、親方は少し弱気になっている。


 外から見ている親方にはよくわかる。

 残された猶予は一年もないだろう。

 ここ大陸の時系列はばらばらに進行しており、しかし王国歴1003年以降の出来事は現時点で報告されていない。

 そこには、やはり何らかの要因があるのだ。


 運命の足音が聴こえる気がした。

 そのときは、こく一刻と迫っている。


 だが、今は……

 親方は懊悩するように、眼球を保護する半透明の膜をおろした。


 そう遠くない未来よりも、差し迫った明日を切り抜けねばならない。


 親方は瞬転し、背後の闇へと黒球を投てきした。

 それらが目的を遂げるよりも早く、生クリームのような甘い香りが地下通路に充満する。


??「甘く、とろける、砂糖菓子みたい……」


 たちまち黒球とひれを結ぶ硬質の糸が寸断された。

 寄る辺を失った黒球がぼとぼと落ちて地を転がる。


 今日の議長は少し大胆だ。

 闇から闇へと、ずいっと進み出た竜人族の長が言った。



議長「僕らの物語を、はじめるとしよう……」



 親方が悲鳴を上げた。



 *



 ワドマト・メロゥドメテは、史上最高の魔法使いだ。後にも先にも彼女を上回る魔法使いは存在しない。

 それは、きっと魔物たちが狭い箱庭を飛び出したことと無関係ではなかった。


 彼女の才覚はあまりにも際立っていた。

 この機を逃せば二度目はないと思われるくらいには。

 だから、もしもエルフの魔導師たちが央樹に反旗を翻すとすれば、きっかけになるのは彼女だ。


親方「二度目はない」


 転移した親方がウルトラ狸さんの背後をとる。

 問答は無用。従える黒球を一斉に投てきした。

 ドワーフの強襲。彼らがもっとも得意とする戦法の一つだ。


 魔法の行使には詠唱とイメージを要する。

 それは魔法使いに共通する致命的な弱点であり、構造的な欠点だった。

 詠唱を許すつもりはない。


 だが――

 共通する弱点であるがゆえに、克服する手段も模索されてきた。


 金属同士がぶつかり合う甲高い音がした。

 親方の黒球が砕け散る。

 ウルトラ狸さんがくるりと振り返る。長い髪を掻き分けて、幾つもの黒い玉が浮かび上がる。

 彼女は、右も左もわからない土地で古い知り合いを見つけたように表情をゆるめた。


超狸「ありがとう、南砂の。動力核は便利だね」


 けれど良いのかい? と心配そうに首を傾げた。


超狸「ここでは本物の傀儡蝋は使えない。君たちの魔法では、動力を再現することもできないだろう。少しばかり焦りすぎじゃないかな?」


 過去に色々とあって、この二人は面識がある。

 ……もっとも、そのときウルトラさんは別の姿をしていたが。


 親方は目減りした黒球を補充している。ひとときの舌戦に応じたのは、時間稼ぎに相手が付き合ってくれるならそれに越したことはないからだ。


親方「一度は拾った命を捨てるか。……報われないな、彼も」


超狸「恩を仇で返すのはゴミのやることなんだろう? であれば、私のやることは変わりないよ。いや、それどころか、ますますやる気が出てきたね」


 そう言って、ウルトラさんは地上でぼんやりしている子狸さんに大きく手を振った。


超狸「マリア!」


 諸事情あってウルトラさんは子狸さんを「マリア」と呼ぶ。


子狸「うん? おう」


 マリアではないのだが、子狸さんはなんとなく前足を振り返した。

 ――物事に絶対ということはない。

 子狸さんは自身を過大評価しない。思い当たるふしがないだけで、じつはマリアさんである可能性は否定できないと思った。

 ただ、勇者さんが最高の笑顔でぬいぐるみに愛嬌を振り撒いたように、残念な結果に終わらないよう願った。

 お祈りする子狸さんに、馬車を飛び出した殿下さんが怒りのラリアットを浴びせた。半回転した子狸さんが地面に大の字になる。


超狸「ああっ」


 はらはらして見守るウルトラさんに、準備を終えた親方が襲い掛かる。

 長い歴史の中で、魔法使いは弱点を克服するよう研さんを重ねてきた。その最終解答を導き出したのは、動力兵とのあくなき闘争に身を沈めてきたドワーフたちだ。

 術者を軸に公転する黒球群が甲高い音を発している。


 最初の魔法使い、竜人族は肉声による発声手段を持たない。だから魔法には、詠唱はあれば良いというあいまいなルールが存在する。

 つまり人間の可聴域を越える周波数、超音波でも構わないということだ。

 親方と電子的につながる黒球を、魔法は「術者の一部」として認める。


 これは高速詠唱技術の完成形だ。

 黒球が喚声を吐き出し、瞬く間に転移した。狙撃銃を構え、発砲した。転移。構え、発砲。転移。発砲。転移――

 ――銃弾を追い抜いた親方が、狙撃銃を放り捨てて肉薄する。大振りのナイフを一閃した。

 

 魔法の極致と言える精霊魔法ですら、ドワーフの召喚魔法を真似することはできない。

 親方は南砂国最強の召喚術師だ。

 だが、相手が悪すぎた。

 

 ウルトラさんの背中からにょきっと生えた「さそりの尾のようなもの」が、鉄板すら容易に貫く弾丸を絡め取っていた。

 迫る白刃に、ずるりと背中から這い出た蜘蛛型の精霊が二本の脚を振り上げる。

 脚に挟まれ、阻まれたナイフを親方は即座に捨てて次撃へと移る。

 黒球と白刃が幾重にも入り乱れ激しい火花が散った。

 傀儡蝋もどきと動力核が衝突し合い、親方と精霊が切り結ぶ。

 渾身の刺突を、精霊がナイフの先端で受け止めた。

 だが、それすら親方にとっては驚くに値しない。

 刀身を伝った衝撃にしびれ、ナイフを取り落としたふりをしてひれを走らせる。

 

 召喚魔法を自在に操るドワーフの高位魔導師に、接触を許すことは死を意味する。

 強力な魔法使いほど魔法に対して無防備であり、一方的な召喚への耐性が低い。

 魔法には、精霊ですらそうだ、成層圏外では作動しないという原則がある。


 ウルトラさんへと迫る親方のひれを、力場が阻んだ。

 少女をかばうように親方の眼前へと割り込んだのは、歌の精霊王さんだ。

 歌のお姉さんは、ぎこちない笑顔を浮かべて言った。


歌「さ、さすがは南砂の管理人だね。ちょっとドキッとしたよ……」


 彼女が現れた以上、もはや親方に勝ち目はない。

 苛立たしげに牙を出し入れした親方が、せめてもの抵抗に叛意を促す言葉を口にする。


親方「お前たち第一級のリサ制御体が、その女に従うのは妙な話だとは思わないか?」


歌「なんで?」


 歌のお姉さんは無邪気だ。


親方「その女は、最後の最後にはお前たちを滅ぼすつもりでいるからだ」


歌「え? そんなことないよ。ね、ワドマト」


 精霊王さんが振り返ると、ウルトラ狸さんは否定も肯定もせずにただ笑って世間話をはじめた。


超狸「ハロゥ。ともだちが出来たんだってね?」


歌「……え。いや……」


 精霊王さんは言葉をにごした。

 ウルトラさんの話しぶりや前向きな性格は、彼女の父からそっくりそのまま受け継がれたものだ。

 ウルトラさんの父である北側の国を代表するクレーム処理担当の一人は、かつて「兵士に友人は不要だ」と断じたことがある――


 ウルトラさんはにこりと笑った。


超狸「良いことだよ。友達は大切にしなさい」


 ――それなのに、彼女は友情を大切にしろと言う。

 それは、きっと彼女が、彼女自身の人生を歩みつつあるということ。

 誰かの影響を受け、変わりつつあるということだ。


親方「ちっ……!」


 強く舌打ちした親方が、撤退の構えをとる。


親方「お前が、お前の信じる道を行く限り、いずれノロ・バウマフとは決裂するぞ。決して歩み寄ることはない」


 精霊王さんがウルトラさんを見る。このまま逃がして良いのかと視線で問うた。 

 ウルトラ狸さんが小さく頷く。精霊王さんも頷いた。


歌「よし、ころそう」


超狸「こらこら」


 精霊王さんの後頭部にウルトラさんがびしっとチョップを浴びせる。

 微妙に意思の疎通が取れていなかった。


 ウルトラさんは親方を見逃した。

 彼が南砂国の管理人であり、有能な人物だったからだ。

 

 親方を見送ったウルトラさんが、精霊たちの手をとって「行こう」と声を掛ける。


超狸「少し、世界を見て回るとしよう」


 ここは私の知る歴史とは異なる道を歩んだようだから――と。彼女はそう言った。

 最後に、地上で殿下さんにマウントをとられている子狸さんを振り返ってばいばいと小さく手を振った。


子狸「おれはやってない」


 無実を主張する子狸さんは見ていなかったけれど。


殿下「そなたは、昔からどうしてそうなのじゃ!?」


 哲学的な問いを口にして子狸さんをがくがくと揺さぶる雇い主の暴挙を見なかったことにしている近衛兵さんが、ばいばいと手を振り返してくれた。


 いつも子狸さんの横にいる青いのが、地面に寝転がって猫みたいに触手で顔を洗っている。

 都合の悪いことは見なかったことにする。それが生きるということだ。

 この世界を共に歩み、生きていく、ということなのだ――。



 ~fin~



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