似て非なるもの、ハムスターの危惧
王都「えーるーみーな!」
王都のひとが、にゅっと伸ばした触手の先端に指を三本生やした。
他の魔物たちも一斉に指を立てる。
王都のひとは、じっと子狸さんを観察する。子狸さんに動きはない。
王都「……ふぅ」
次は海底のひとの番だ。
海底「エルミナ!」
勢いよく五本指を立てた。
子狸「思いきったなぁ……」
子狸さんの感心したようなコメント。
海底「ま、まぁな」
海底のひとは控えめに認めた。
偶然にも通り掛かった牛のひとが車座に加わる。
牛「あ、エルミナやってるのか?」
庭園のひとがしみじみと頷いた。
庭園「おう。もう何をどうすればいいのか、さっぱりわかんねーわ」
牛「よし。じゃあ、おれも混ざるわ。エルミナエルミナ!」
かまくら「おっ、いきなりダブルかよ」
山腹「牛のひとはチャレンジャーだなぁ」
山腹のひとが探るように言った。
ちらりと子狸さんの様子をうかがう。子狸さんは、うんうんと頷いて同意を示している。
ならばと山腹のひとは賭けに出た。
山腹「ナミルエ!」
逆差しと呼ばれる高度な技術である。
子狸「あっ」
山腹「!?」
エルミナとは、過去にバウマフ家の生きものが考案した奇妙なゲームである。
車座を囲い、「エルミナ」という掛け声に合わせて指を立てる。単純なゲームであったが、どうなれば勝ちで、どうなれば負けなのかがわからない。勝敗のジャッジをできるのはバウマフ家の血をひく生きものだけである。何か受信しているようだ。
試しに説明をさせても何を言っているのかさっぱりわからないため、魔物たちの調査は暗礁に乗り上げている。
子狸「……いや、セーフかな。山腹のひとはどう思う?」
指を立て合うだけなのに、セーフという概念が立ち入る余地はあるらしい。
王都「いや、いまのはアウトだろ」
王都のひとが知ったかぶった。
かまくら「きわどいな。おれはセーフだと思うが……」
かまくらのひとも知ったかぶった。
子狸「うーん……」
子狸さんは少し考えてから、うんと大きく頷いた。
子狸「アウト!」
アウト判定が下った。
山腹「ちくしょうっ」
悔しがる山腹のひとであったが、アウトになると具体的にどうなるのかも不明だ。少なくとも目に見える範囲でペナルティはない。
そうしてしばらくの間、子狸さんと愉快な魔物たちはエルミナエルミナと言いながら指を立て続けた。
エルミナゲーム。
*
子狸「やるのか? ユニ……!」
巫女「ああ、やるぞ……! やってやる!」
子狸さんと合流したことで急に強気になった巫女さんが、子狸さんと一緒に気炎を吐いている。
戦意を高めていく一匹と一人をよそに、勇者さんは大きな栗鼠みたいな生きものに尋ねた。
勇者「それで、あなたには何ができるの?」
勇者さんは魔物たちと違って他国の魔法にはあまり詳しくない。
ここ大陸は特殊な状況下にあり、超世界会議で話し合われた内容が人間たちには伝わらないのだ。
偏った知識しか持たない勇者さんに、栗鼠さんはとても嬉しそうな顔をした。
白虎「ならば教えてやろう。さっきは言いそびれたが、かの討伐戦争末期、リシスを撃退したのは覚醒召喚を介した竜騎兵……誘導魔法と召喚魔法の連携によるものだ」
多少夢見が悪い絵柄になるが、「竜騎兵」とは強化された精霊に各種ブーストを施された竜人族が騎乗したものである。
四大列強国が総力を結集して築き上げた最終戦闘フォームだ。
白虎「そして俺は、その二つの魔法を同時に扱うことができる」
有能さをアピールする栗鼠さんに、勇者さんが瞳を輝かせた。
勇者「単独で精霊を強化できるの?」
王都「いや、無理だな」
王都のひとはにべもない。
白虎「む、無理とは何だ」
王都「無理は無理だ。お前たちの魔法は劣化コピーだ。話に聞いただけでも、ドワーフどもの覚醒魔法は複数のチェンジリングを重複して噛ませている。お前ごときに扱えるものではない」
白虎「どうしてそんなこと言うんだ……」
栗鼠さんの全身がふるふると小刻みにふるえている。つぶらな瞳はうるみ、今にも泣き出してしまいそうだ。
栗鼠さんはつらい立場だ。やっと後輩ができたと思ったらその国は最高位の魔法生物が牽引する修羅の国で、けれど自国の民らがトップに期待しているのは先輩風を吹かすことなのだ。
栗鼠さんは小刻みにふるえながら、ふさふさの尻尾をきゅっと丸めた。
子狸「…………」
子狸さんが、じっと王都のひとを見つめている。
王都「…………」
王都のひとは静かに瞑目し……
ぎょっとしてのけぞった!
王都「単独で精霊を強化できると言うのか!?」
勇者「…………」
白虎「わ、わかればいいんだ」
ひとまず自慢し終えたので、栗鼠さんは話題を変えた。
白虎「手札の多さには自信がある。状況に応じて援護するから、お前たちは好きに動くといい。何か作戦があるんだろ?」
不安だ。勇者さんは、目の前でえっへんと胸を張る栗鼠みたいな生きものに、どこか自分と似た何かを感じた。
勇者さんはオンリーワンの存在でありたいから、自分自身とパーティーを組みたいとは思わない。
だが、劣化版とはいえ召喚魔法を使えると言うのであれば……
(保険にはなる、か)
そう考え、勇者さんは本日のスケジュールを簡単に説明した。
白虎「……え?」
説明を聞いて、栗鼠さんは大きくまばたきした。
白虎「いや、ちょっとそれは……」
何か不都合があるようだが、あまり時間がない。
勇者さんは強引に話を打ち切って、巫女さんのそばにしゃがみ込んだ。
彼女らは現在、建物の陰に身をひそめている。やや高台になっていて、ひと気はない。遠目に、通りを行き交う人々が疎らに見える。
さして意味があるとは思えないが、巫女さんと子狸さんは身を屈めて通りをじっと見つめていた。
巫女さんに頬を寄せた勇者さんがひそひそと小声で呟く。
勇者「あの栗鼠のような生きものはあまり当てにしないで。わたしと少し似ている感じがする。いざというとき、おそらく使い物にならないわ」
巫女「じ、自覚あるんだ……」
巫女さんはおののいた。
……勇者さんは学習能力が高い。どうやら自分の体力が同年代の少年少女らと比べてかなり低いらしいと理解していたし、ランニングなどして克服する必要性も感じていた。
ただ、そろそろ肌寒い季節になってきたし、春になってから本格的なトレーニングをはじめる予定だ。
魔物たちの言っていることが確かなら、この世界の時間軸は妙なことになっているらしく。
勇者さんはまだ見ぬ未来に思いを馳せた……。つまり異世界から見れば、トレーニングに励んでいる自分の姿が随所で見られることだろう……。
勇者さんは巫女さんの肩をぽんと叩いた。
勇者「あとは手筈通りに」
勇者さんが同行するのはここまでだ。いや、本当ならもっと早くに立ち去る予定だったのだが、信じて待っていた自分たちをよそにナンパなどという下らない活動に身を投じていた子狸が知らない人を連れて来たので、やむを得ず一緒に行動していたのである。
勇者が、国際指名手配犯と事件当日に行動を共にしていたというのはマズイ。
そして豊穣の巫女に自分が入れ知恵をしたと、アトンに知られるのはもっとマズイ。
勇者さんの物の考え方、とくに作戦立案能力は、トンちゃんに学んだものだ。
だから二人の発想には重なる面が多い。自分ならどうするかを考えれば答えが出てしまう。さすがに確信には至らないだろうが、心構えをされる。それは避けたい。
勇者さんは、立ち去る前に子狸さんに声を掛けようとして、やめた。
子狸「ユニ、そっちを押さえてくれ」
子狸さんがレジャーシートを敷きはじめていたからだ。
おそらく、ここに何をしに来たのかわかっていないのだろう。いや、あるいは理解した上での行動かもしれない。
子狸さんはこの場に居てさえくれればそれで良いため、あえて計画の全容は知らせていない。いや、正確にはすべて伝えてあるのだが、噛み砕いて三行におさめる努力を放棄したと言うべきか。
勇者さんがゲートを開いた。
彼女の身体が影にずぶずぶと沈んでいく。
白虎「ちょっ……」
栗鼠さんの手が空を切り、虚しく宙を泳いだ。
巫女「来たっ」
ターゲットを発見した巫女さんが小さく叫んだ。
白虎「え!?」
栗鼠さんは混乱している。
子狸「これを」
子狸さんがどさくさに紛れてこっそりと魔どんぐりを栗鼠さんに握らせた。
白虎「……え!?」
子狸「しっ。声が大きい」
子狸さんは前足を口の前に立てて、これが非公式な交渉であることを示した。
子狸さんは巫女さんを気にしている。栗鼠さんが他国の人間であることを、彼女に気付かれると面倒なことになる。
大陸の人間たちは、超世界会議に参加する条件を満たしていないのだ。
ちらちらと巫女さんの挙動に目を配りつつ、子狸さんは栗鼠さんの耳元に口を寄せた。小声で囁く。
子狸「……今夜、例の場所で」
栗鼠「……え?」
さいわい、白虎族は栗鼠とよく似ている。
両手で大事そうに魔どんぐりを抱えている栗鼠さんは、遠近法を駆使すれば何の変哲もない森の仲間にしか見えない。
巫女さんが子狸さんを激しく手招きしている。
召喚に応じた子狸さんが、のこのこと巫女さんに近寄っていく。
最後に一度だけ振り返った子狸さんが、意味ありげに笑った。
〜fin〜




