光輝を掲げるもの
TIPS
【動力】
無尽蔵に引き出せるわけではないが、使うことで減るものではないらしい。
よくわからないエネルギーのようなものであり、解釈の一つとしては「非干渉体と呼ばれるものの加工物」である。
宇宙の構造を風船に例えると、ゴム面が人間たちの暮らす世界。その内部、風船を膨らませている空気の、成分の一つが加工前の動力、「始動力」と呼ばれるものである。
そして人間たちが暮らすゴムの外側を「界(外)面」と言い、ゴムの内側を「界内面」と言う。
始動力を引き出すためにはまず界内面に干渉する必要があり、これは莫大なコストを備えたものしかできない。生物に限って言うならば、現時点で確認されているのは第二世界の竜人族と第四世界の獣人族のみである。
当然ながら界外面と界内面が無関係ということはなく、(比喩表現であるが)風船のゴム面を沈ませ生地を伸ばし薄くする程度のエネルギー量がなくてはならない。
ただし第四世界の人間たちはエネルギーを蓄えることができるというだけで、 生涯に数度しか動力を扱うことはできず、これは外骨格の再構築に費やされる。
つまり日常的に動力を操れる生物は、第二世界の人間のみである。
獣人族が真珠とよく似た「動力核」と呼ばれる器官を用いるのに対して、竜人族はとくにそういった器官の働きに頼らないという違いがある。
なお、風船モデル以外の宇宙も理論上は存在するが、その宇宙で暮らす生物を魔法は「生物」と定義していない。よって法典が定着せず、接点を持つこともできない。
これは、いちばん最初に接触した生物が風船モデルの宇宙で生まれた第一世界の人間であったためである。
始動力を加工し慣性を与えた動力は「動く力」として働くが、始動力がそうした性質を持っているわけではない。人間が「動くもの」であるため、それを反映した結果としてそうなっている。
始動力をはじめとする非干渉体は、人間たちの観点から言えば「物理法則の余り物」ということになるが、比率から言って実情は逆である。
この「動く力」すなわち「配置を入れ替える力」を用いることで、第一世界の人間たちは宇宙の外縁部に到達することに成功した。
このことが、半概念物質リサ、あるいは無制限リサ制御体リシスの侵入を招くこととなる。
動力とは根本から異なる、本来であれば存在しない力、魔導技術の起こりである。
真っ昼間から酒場で魔物たちがドンチャン騒ぎをしている。
生きていく上で飲食をまったく必要としない魔物たちであるが、タダ飯は最高だ。
今日は奢ると宣言した子狸さんが、妙におとなしい。
がま口のお財布をじっと凝視している。いや、正確にはその中身。ぎっしりと詰まっているのは、きれいな小石であった。
これは、いったい……。
子狸さんは驚愕した。
驚くべきことに、この子狸には「お会計にはお金が必要である」という経済的な知識があり、また「無銭飲食は犯罪である」という法律的な知識が矛盾することなく同居していた。
子狸「…………」
お座敷ですっかりおとなしくなった子狸さんに、となりを陣取った牛のひとが絡んでくる。
牛「どーん!」
べろんべろんに酔っていた。魔物たちはやろうと思えばアルコールで酔える。
至近距離からの低空タックルに、真上に跳ね飛ばされた子狸さんが空中でぐるんぐるんと大回転した。
すかさず触手を伸ばした王都のひとが子狸さんをキャッチする。そのまま子狸さんを牛のひととは反対側のとなりに置き、敢然と抗議した。
王都「べろんべろんじゃねーか!」
牛「おい! 青いの、ポンポコ返せ!」
王都「うるせえ! しね!」
言うが早いか、王都のひとは全身から無数の触手を繰り出した。
これを牛のひとは飛び上がって回避すると、直角に屈折して追尾してきた触手群を指先ではらう。
放たれた衝撃波が酒場ごと王都を寸断したが、とっさに擬似魔法回路にアクセスした王都のひとが治癒魔法でなかったことにした。
牛「その甘さが命取りだっ、イドー!」
イドというのは王都のひとの本名である。
王都「イィィィリス!」
牛のひとの本名はイリスだ。
きっかけは、いつもささいなことである。
骨肉の争いに突入した牛さんと青いのをよそに、子狸さんはがま口をじっと覗き込んでいる。
前足を器用に使い、一つ、二つと、きれいな小石をテーブルに置いていく。
ひと通り並べ終わったところで、がま口をひっくり返してみた。
子狸「ほう……」
子狸さんは感嘆の吐息を漏らした。
それは、おのれが一文無しであったことに対する純粋な驚きであった。
さすがにこの頃になると、子狸さんを襲った非常事態に気が付く魔物もいた。
率先して打開策を述べたのは、巨体を縮めて入店した蛇のひとである……。
蛇「店員の注意はおれが引こう」
それは、つまりしんがりを務めるということだ。
ばかなっ、と声を荒げたのは骨のひとである。
骨「どうしても必要なのかよっ? 誰かのっ、犠牲が!」
亡霊「仲間を犠牲にして得たものにっ、いったいどれだけの価値があるって言うんだ!?」
魔物たちは仲間を大切にするのだ。
食い逃げを前提に話を進める三人を、空中庭園にお住まいの青いのがじっと見つめている。言った。
庭園「……まぁ待て。そう焦る必要はない。これだけ雁首揃えて、誰もマネーを持ってないなんてことはないだろ。ねーよ」
そう言って、にゅっと伸ばした触手で小鬼さんたちを指差す。
庭園「お前ら、ちょっとそこで飛び跳ねてみろ」
王国「……いつになく高圧的だな。お前、まさか酔ってんのか?」
もはやまっすぐ座ることさえ出来ていない様子の王国小鬼が、口ほどにもないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
庭園のひとはカチンと来た。
庭園「は? ぜんぜん余裕だし。酔ってねーひょろ」
しかし語尾が怪しかった。
魔物たちはやろうと思えばアルコールでも酔える。そして、やろうと思わない魔物を前後不覚に陥らせる方法もある。
追加のドリンクを店員さんから受け取った山腹のひとが、流れるような手さばきで青い……正体不明の絞り汁をグラスに垂らした。ちょっとしたアクセントだ。そこにはいっさいの悪意がなく、それゆえにどこまでも自然体であった。
どうもどうもと店員さんに頭を下げた山腹のひとが、ドリンクを片手に仲裁に入る。
山腹「こらこら、喧嘩はやめなさい。お前らはいっつもそうだよ。事あるごとにギスギスギスギス……。今日は楽しく飲むっていう約束だったでしょー?」
そう言って山腹のひとは、誰が頼んだのかわからなくなったお酒をぐいっとあおった。
一方、妖精さんは魔ひよこに絡んでいる。
妖精「なんだよー! なんだよ、この猫耳ー! なんでお前、猫みたいになってんだよー!」
ひよこ「……いえ、おれネコ科ですから。にゃんこ代表みたいなトコありますから」
歩くひとも絡んでいる。
しかばね「お前。お前な……まじでやめろ。アリアママが可哀想だろ……。あの人、アレイしゃんしゃんが心の支えみたいなトコあるんだぞ……」
勇者さんの名前はアレイシアンと言う。アレイしゃんしゃんではない。
アリア家に嫁入りしたアリアママは、アリア家の血をひく人々に囲まれて少し浮いている。
夫のアリアパパは「好きに生きろ」とか言うし、長女のアテレシアさんに至っては幼少時からダメ出しをしてくる始末である。
このアリアママ、じつは母狸さんとちょっとした交流がある。その縁で、子狸さんと勇者さんは過去に何度かニアミスをしている。にも拘らず、けっきょくは旅立つまで一度も邂逅しなかったのが子狸さんの子狸さんたるゆえんであろう。
勇者さんが「あのときの……」とか言い出せるエピソードをことごとく先回りして潰した感がある幼狸の行状に、勇者さんは強い遺憾の意を表明していた。
うにゃうにゃと猫パンチを繰り出してくる妖精さんに、魔王軍幹部の魔鳥ヒュペスさんは悲しげにさえずった。
ひよこ「……最後に決めるのは勇者さんだ」
木「お前はそれでいいのか?」
小ぶりなクリスマスツリーみたいになっている木のひとが、ひどく真剣な眼差しで魔ひよこの真意を問うた。
ひよこ「いいんだ」
木「そうか……」
ちなみに、ややロマンティックになっている原因は枝にとまっているレアキャラ、火のひとである。
隠しダンジョン、空中回廊の奥でひっそりと暮らしている不死鳥さんだ。
隠しダンジョンと言うだけあり、空中回廊の攻略難易度はラストダンジョンを上回る。
別名、原種の巣。
人類が、この理不尽極まりない浮島への入り口を発見したのが数百年前の出来事だ。
その当時、ゴールドラッシュさながらに自宅へと大挙して押し寄せた人間たちに、火のひとはサービス精神を使い果たしてしまった。……そう、燃え尽くしてしまったのである。
燃え尽き症候群を患った不死鳥さんは、めったに表に出て来ない。こきゅーとすに出没することさえまれだ。
そのレアキャラが、今日は子狸さんのお財布を当てにしてタダ飯をついばんでいる。
いかんせん火の化身なので、木のひとの本性たる木霊がカタカタと頭部を揺らしながら消火活動に身を投じている。
そこには燃やす側と燃やされる側の奇妙な友情があった。
ない袖は振れない。魔物たちの議論は続いている。
無言できれいな小石を見つめていた子狸さんが、カッと目を見開いた。
子狸「っ……!」
さっと立ち上がり、颯爽と身をひるがえすと、のこのこと店員さんの元へと歩いていく。
決然とした面持ち。
世界がある。
様々なひとがいて、様々な思いがある。
志し半ばに散ったものがいた。
無念だと、今際のきわにこぼれた涙に
散々に千切れた言葉の数々に
幾万、幾億の嘆きに
魔物たちと共にあるバウマフの末裔は報いなければならない。
生きるということ
その価値を
ここに問いたい……
きょとんとして首を傾げる店員さんに……!
子狸さんはっ……
言った……!
子狸「通報を。おれがやりました」
魔物「ぽ、ポンポコさーん!」
一斉に立ち上がった魔物たち。
そのときである。来客を知らせる呼び鈴がりんと揺れた。
ハッとして子狸さんが振り返る。
そこには、勇者さんが立っていた。
腕を組み、ドアにもたれるように背を預けている。
彼女は素早く視線を走らせると、魔物たちが囲んでいるテーブルの上に展開している宴の跡をサッと視界の端におさめた。
空のグラス、多数。
空のお皿、多数。
整然と並べられたきれいな小石。
薄く吐息をついた勇者さんが、無駄に、いや正当なる装飾を施されたお財布を軽く掲げた。
勇者「お困りのようね」
開け放たれたドアから差し込む日の光が、彼女の輪郭を鮮やかに彩っている。
聖なるかな、聖なるかな……。
天から降り注ぐ賛美歌が聴こえてくるかのようだ。
マンガン電池。
ハムスターの中の人。
幼女強い。
少女をふちどる言葉は数あれど、このときの彼女はまさしく……
いや、かつてこれほどまでに……
アレイシアン・アジェステ・アリアという少女を、頼もしく思ったことは、ない。
呆然と少女の姿を見つめていた王都のひとの体表が、ぶるりとふるえた。
(おれは、やはり間違っていなかった……)
彼女こそが、勇者だ。
〜fin〜




