虎よ、虎よ
TIPS
【竜言語魔法】
第二世界・西湖の魔導配列を「竜言語魔法」もしくは「典型魔法」と言う。
竜言語とは、西湖の人間が日常的に用いるテレパシーのことである。これは発信者を起点に円環状に放たれるため、特定の個人に限定して語り掛けることはできず、また逃れるすべもない。
第一世界・央樹の魔法が未公開であることから、竜言語魔法は確認されている中でもっとも古い歴史を持つ魔法である。
考古学的な価値が高く、召喚声明文(詠唱のこと)に魔法の成立、変遷の経緯が散見される。例えば、人間が扱える魔法の限界が中規模の攻性魔法であったり、魔法は成層圏外では作動しないといった原則は、第一世界ではなく第二世界で定められた可能性が高い。
なお、第二世界の直系世界には魔法使いが「杖」を用いる文化がある。
これは竜人族が故郷の宿木を媒体にすることで可聴領域を広げることができると証言したためであるが、真偽の程は不明。疑問点が多く、本人たちも検証に非協力的である。
ただ、はっきりと言えるのは、竜人族から杖を取り上げてはならないということだ。
彼らにとってそれは「永遠の愛を誓う行為」に該当するらしく、文化の違いと言うにはあまり計画的なこの風習が、多くの世界で筆舌に尽くし難い悲劇を招いた。
子狸「来るっ!」
勝手にどこかへ行こうとする子狸さんを引き止めようとしていた勇者さんであるが……
驚くべきことに子狸さんは、気付けばふらっと姿を消してしまうようなことはめったにない。優秀なのだ。
その子狸さんが無断で部屋を出て行こうとするなら、それ相応の理由がある。
間に合わないと察した子狸さんが、後ろ足で素早く勇者さんの足を払った。
勇者「なっ」
子狸「ユニ!」
前足で抱きかかえた勇者さんを、子狸さんは巫女さんへと放る。
巫女「ちょぉっ」
巫女さんはとくべつ身体を鍛えているわけではなかったが、なんとなく子狸さんの行動を先読みできる。かろうじて勇者さんをキャッチし、子狸さんのベッドに軟着陸した。
子狸さんは後ろ足を器用に折りたたむと、開け放たれたドアから階下へと鋭い眼差しを投じる。
喚声が走った。壁から壁へ、ジグザグに力場を蹴って駆け登って来たのは、お屋形さまだ。
父狸「ノロっ!」
子狸さんの頭上を飛び越えたお屋形さまは、ピンボールみたいに室内を乱反射する。
子狸「ちぃーっ!」
舌打ちした子狸さんが力場を生成して父のあとを追う。
室内で乱反射する父子に、勇者さんは唖然としている。巫女さんに目線で問い掛けると、彼女は「ああ……」と納得した素振りをした。
巫女「今日、お店がお休みなんだよ。あの〜……マリおじさんね、休みの日はけっこう全力だから……」
マリというのはお屋形さまの本名である。
お屋形さまは、歴代のバウマフ家で群を抜いて優秀な魔法使いだ。仮に潜在能力は同等としても、いまだ発展途上にある子狸さんが太刀打ちできる相手ではない。
子狸「逃げろーっ!」
巫女「逃げないよ。あなたのお父さんでしょ……」
顔面を鷲掴みにされた子狸さんが壁に叩きつけられた。
子狸「つ、強い……! コイツは……!?」
子狸さんは戦慄した。
力場を足場に宙を駆ける空中機動は、戦士の基本技能だ。
それゆえに誤魔化しようがない地力の差、経験の差が如実に現れる分野の一つだった。
前足一本で子狸さんを宙吊りにしたお屋形さまが哄笑を上げた。
父狸「はははははっ! どうしたっ、その程度か!?」
種明かしをすると、これはお屋形さまなりのスキンシップである。
子狸さんは父狸さんを強く尊敬していて、二、三日ほど顔を合わせないと頭の中で父の理想化が進行しはじめる。具体的にはマッチョ化するらしい。
しかし現実、父狸さんはさほどマッチョではない。肥大した筋肉は、魔法使いとしてはむしろデメリットが大きいからだ。
マッチョではない。
だから現実と理想が交差したとき、しばしば父子の間にすれ違いという悲劇が生まれる。
スキンシップを渇望する父狸さんは、それゆえに実の息子とのドラマティックな再会を演出せねばならなかった。
閃く紫電が室内に幾多の影を落とした。
虎の子の発電魔法を相殺された子狸さんの表情が驚愕にゆがんだ。
子狸「は、発電魔法を……!? お前は、いったい……」
発電魔法を扱える哺乳類はごく限られる。
お屋形さまはにやりと口元をゆがめた。ぐっと顔を寄せ、至近距離から子狸さんの耳元に囁きを落とした。
父狸「知りたいか?」
父狸さんは、言った……!
父狸「このおれが、お前の実の父だ……!」
子狸「う、嘘だーッ!」
子狸さんの慟哭が巣穴に響き渡った……。
子狸さんのベッドに仲良く腰掛けた勇者さんと巫女さんが、ポンポコ劇場をぼんやりと眺めている。
霊気を放出して父狸さんの前足を跳ね除けた子狸さんに、巫女さんがのんびりと感嘆の声を上げた。
巫女「おお、過度属性……。今日はわりと粘るな……」
勇者「いつもは違うの?」
勇者さんは、レジェンドバウマフだの完成された魔法使いだのと言われているお屋形さまの実力に興味がある。
巫女さんの返答はあっさりしたものだ。
巫女「過属は失敗が多いからね。二回に一度成功すれば良いほうだよ」
過度属性、つまりハイパー魔法さんは運命と密接に関わる魔法だから、ドラマティックな演出に強いこだわりを持つ。
しかし、だから人間たちにとっては不発が多いよくわからない魔法であった。
ハイパー子狸さんを、父狸さんは圧倒する。実力差は明白だった。
霊気を剥がされ、戦意喪失した子狸さんに、さらなる絶望が襲い掛かる。
父狸「ふっ、ハイパー……」
ハイパー魔法は子狸さんの専売特許ではない。
父狸さんの輪郭を彩った霊気は、まったき青の色。
子狸「あ、あ、あ……」
子狸さんはがくがくとふるえた。
父狸さんは、まったく本気を出していなかった。いったいどれほどの実力差があるのか、それすらわからない。
子狸「く、来るなっ……!」
おびえて後ずさる子狸さんに、父狸さんがゆっくりと迫る……。
頬杖を突いてポンポコ劇場を眺めている巫女さんが、そういえばという風情で言った。
巫女「リシアちゃん、わたしの味方をしてくれるの? なんで?」
巫女さんは、遅くとも一ヶ月後にはトンちゃんに挑むつもりでいる。
それは簡単に言えば、意地みたいなものだ。王都くんだりまでやって来て、手ぶらで帰るわけにはいかない。
王国最強の騎士に一矢を射かけたとなれば、そのために王都に潜入したのだと言い訳も立つ。
とはいえ、トンちゃんは強すぎる。変てこな力まで持っているし……。
だから巫女さんとしては、勇者さんを味方に引き入れるという案は当然あった。あったのだが……
有名な話だ。アトン・エウロは他国、共和国の出身者であり、王国の生まれではない。
にも拘らず、彼が王国騎士団の、まして要職に就いたのは、アリア家の推薦によるものである。
そして勇者さんはアリア家の令嬢だ。令嬢……いや、令嬢だ。
いちおう友達……であるし、変に気を遣って欲しくなかった。けっこう薄情な面もあるので、通報されるかもしれないという危惧もちょっとあった。
勇者さんはキリッとしている。
勇者「ひとことで言うなら……信念の問題ね」
巫女「…………」
勇者さんの言いぶんを、巫女さんは信じなかった。
この勇者はちょくちょく遊びに来るので、それとなく人となりを把握しているつもりだ。
何か裏がある。
しかも、たぶんけっこう下らないことだ。
疑惑の眼差しを寄せてくる巫女さんに、勇者さんは薄く吐息をついた。
勇者「……あなたを、アトンに捕らえさせるわけにはいかないの。あなたは、平民たちに人気があるから」
表向き、巫女さんは勇者一行の一員ということになっている。
つまり魔王討伐の立役者だ。
巫女「あ、そういうこと?」
巫女さんは納得したようだが、もちろんそんなものは情報操作でどうにでもなる。
勇者さんはもう少し先のことを考えていた。
家族と友人の板挟みになり、陰ながら巫女さんをフォローしたものの罪の意識に苛まれる勇者キャンペーンである。
理由はまだある。ぼろぼろ出てくる。
こきゅーとすにて魔物を装って子狸さんにアンケートを実施した、「いざというとき頼りなる人間ランキング」の結果だ。
栄えある第一位に輝いたのは、なんとまさかの勇者さん……ではなく、ダブルアックス……でもなく。
そう、トンちゃんであった。
ちなみに勇者さんはランキング圏外であった。いや、圏外というのは正確ではない。勇者さんはそう思っている。
何しろ魔物を装ったものの即座にバレたため……あの子狸はそうした場面で異様に敏感な反応を示す……本人を前にしてあえて外した、と考えるのが妥当だろう。あるいは頼りになる人間ではなくハムスター枠だったのかもしれない。
……いずれにせよ、だ。勇者さんは客観的に考えた。おそらく自分は六位か七位、だいたいそんなところだろう。低く見積もって、そんなところだ。つい先日、幼女に惜敗したのが少し響いている。
ゆえに、このあたりで再認識させておく必要がある。いざというとき、本当に頼りになるのは誰なのか、を。
勇者さんは、子狸さんのいちばんでありたい。
屈服させ、尊敬の眼差しを勝ち取るのだ。
暗い情念に身を焦がす勇者さん。
……しかし一ヶ月後、彼女の計画は一歩目からつまずくこととなる。
決行当日。
勇者「…………」
巫女「…………」
安定の子狸さん不在である。
*
この日、子狸さんは朝から世界の平和のために戦っていた。
はるか上空にて、自由落下を続ける子狸さんと栗鼠みたいな生きものが激しくしのぎを削っている。
栗鼠「ノロ・バウマフーっ!」
ノロ・バウマフというのは子狸さんの本名である。
子狸「くっ……!」
否応なく森の仲間を想起させる襲撃者に、子狸さんは苦戦を余儀なくされる。
栗鼠さんは外見に反して毒舌だった。
栗鼠「キサマごときがっ、列強国に目を掛けられるなど!」
この栗鼠さんは「赤葉根」とかいう国の出身で、わりとさいきん超世界会議への参加を許されたらしい。
子狸さんの少し先輩ということになるようだ。
少し先輩。近しい立場だからこそ、許せないこともある。
だからと言って、むざむざやられるわけにはいかない。勇者さんとの、巫女さんとの約束があるのだ。珍しく本日のスケジュールを把握していた子狸さんは、断固たる決意で前足を突き上げた。
子狸「直撃はしてくれるなよ!?」
吠え、喚声を放つ。
だが子狸さん渾身の圧縮弾は、直撃はおろか、かすりもしなかった。
子狸「なんだ!? いまのは……」
子狸さんは驚愕した。
それは栗鼠さんが転移したことよりも、見覚えのある魔力の動き方だったことによる。
栗鼠「ふふんっ、驚いたか! だが、まだまだ……!」
詠唱を紡いだ栗鼠さんの背後、ところどころ骨格が剥き出しになった純白の機兵が像を結んだ。
子狸「精霊魔法だと!?」
王都「いや、ちがう!」
いつも子狸さんの横にいる青いのが、臨場感も露わに驚嘆した。
王都「他国の魔導配列をコピーする魔法っ、こんな魔法がアリなのか!?」
栗鼠さんが鋭い前歯をぎらつかせた。
栗鼠「おののけっ、ニンゲン! 俺は白虎! 列強、第五北海の真なる継承者だ!」
つぶらな瞳に燃え上がる、違えようもない憎悪が子狸さんを射抜いた……。
〜fin〜




