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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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巫女、肥ゆる秋

巫女「ちくしょうっ、ちくしょうっ、あぁあぁああ……!」


 巫女さんが怒りに任せて子狸さんの寝床をぼふぼふと両手で叩いている。

 彼女を衝き動かしているのは、不甲斐ない自分自身への怒りだ。


 王国最強の騎士、アトン・エウロを打倒すると決意して一ヶ月が経過していた。

 その間、巫女さんは決戦に備えてダイエットに励んだり、偵察を兼ねて子狸さんのクラスメイト(現)とお出掛けしたりと様々な対策を練ってきた。

 ……いや!

 巫女さんはうずくまったまま、ぎゅっと目をつぶった。悔し涙がぽろぽろと零れる。

 ……もう言葉で誤魔化すのはやめよう。巫女さんはそう思った。自分はこの一ヶ月間、遊び呆けて過ごした。貴重な時間を浪費し、むしろ体重は増えた。


巫女「どうして……!」


 巫女さんはとある勇者と違い変てこな力など持っていなかったから、消化しきれない感情をぶつけなければ先へは進めない。

 楽しいことばかりしてきた。その報いがこれだ。


 どうして……

 ひとは……

 夏休みの宿題を後回しにしてしまうのだろう……?


 振り上げたこぶしが、不意にぴたりと止まった。


子狸「ユニ」


 巫女さんの手首を前足で器用に掴んだのは子狸さんだ。

 振り返った巫女さんと目が合う。子狸さんは力なく、けれどきっぱりと首を横に振った。

 自分の布団に当たるのはやめてほしい、その一心だった。


 しかし巫女さんのベッドは父狸さんが友人に無理を言って作ってもらった特注品で、万が一壊してしまっては申し訳が立たない。

 だから巫女さんは、正直子狸さんなら何をしても許してくれるという甘えもあり、子狸さんの寝床に怒りをぶつけるしかなかったのである。


 子狸さんはぎょっとした。巫女さんが泣いている。ダイエットに失敗したから? わからない……。

 泣いている女の子を目の前にしたとき、子狸さんの処理能力は一瞬でパンクする。これまでの経験上、まるで共感できない理由で彼女たちはCryするからだ。


子狸『……火口のひと。おれはどうしたらいい?』


火口『おい。どうしてそこでおれなんだよ』


 本人は決して納得していないようだが、魔物たちの中でもっとも女の子を泣かせてきたのは火口付近にお住まいの青いのである。

 彼は万能種ポーラ属のメインアタッカーであり、越えてはいけないラインを探るように踏み越えてしまうから、女の子を泣かせてしまい他の魔物たちに非難されることが多い。

 ちなみにご近所さんの緑のひとは無自覚に女の子とイチャついていることがあり、その件に関して子狸さんは強い遺憾の意を表明している。


 とりあえず火口のひとは的確なアドバイスをした。


火口『……ちっ。まぁいい。豊穣の巫女は周りに仲間が居ないとダメなタイプだからな。大方、自分の意思の弱さを嘆いているんだろう』


かまくら『いや、単にダイエットに失敗したから泣いてるんじゃねーの?』


火口『否定はせん』


 火口のひとは否定しなかった。色々なことが積もり積もってということもあるだろう。

 事実、巫女さんは早朝にコソコソと起き出して身体測定を実施していた。これは王都のひとの証言であり、こと残念なエピソードに関してはかなり信用できる情報源だ。


火口『否定はせんが……あの巫女本人にとってはそうなんだ。ギリギリまで追い詰められないと動こうとしないんだよ。昔から何かっつーと子狸さんが矢面に立ってきたからな……』


 火口のひとは言外に子狸さんが甘やかしてきたせいであると告げた。

 これに真っ向から反対意見を述べたのは王都のひとである。


王都『だが、ものは考えようだ』


 物事に絶対ということはない。一面の真実のみを取り上げて論じることの危うさを王都のひとは説く。


王都『ギリギリまで追い詰められないと動かない……つまり背水の陣ということになるな……』


 あえて自分を危険域に置くことで、スリルを楽しむ。ほんの少し見方を変えただけで、巫女さんの無計画ぶりがなんだか凶戦士の資質みたいに思えてくるから不思議だ。


山腹『ふっ、崖っぷちというわけか……』


 王都のひとの理屈は、家でごろごろしている勇者にも適用しうる。その可能性を見出した勇者さん担当の青いのが王都のひとに追随する姿勢を見せた。


大蛇『だが、本当にそうか……?』


 一方、蛇のひとはとりあえず否定した。

 深い考えなどなく、ひとまず否定してみる癖が魔物たちにはある。この癖はこきゅーとすの遣り取りを通じて子狸さんにも正しく継承されており、数多くの局面で子狸さんの言葉を薄っぺらくしてきた。

 このときもそうだ。


子狸『……何が言いたい?』


 まるで口当たりの良い言葉の響きだけが上滑りし、本来あるべき意味が失われていくかのようだ。


 粛々と連なっていく中身のない会話を堰き止めたのは羽のひとである。


妖精『おい。子狸が相談してるだろ。ちゃんと答えてやれ』


子狸『相談?』


 しかし子狸さんは止まらなかった。


子狸『勘違いするな。おれはただ、お前らがどこまでやれるのか試しただけだ』


妖精『…………』


 急に生意気なことを言い出した子狸さんを、羽のひとは責めなかった。子狸さんに罪はない。


妖精『お前らが適当なことばっかり言うから子狸が真似するんだぞ』


火口『いや、羽のひとには言われたくない』


 火口のひとはすかさず反論した。

 元来、バウマフ家はおとなしく争いを好まない生きものである。

 子狸さんの人格形成に暗い影を落としたのは、間違いなく可憐なる妖精属たちであった。


妖精『なんだよっ! そうやって事あるごとにおれを悪者にしてさ! 知らない! ぷいっ』


 羽のひとは涙目になってぷいとそっぽを向くと、自撮りした画像を保存してこきゅーとすに添付した。


子狸『刑事さん、いつからおれを疑ってたんだ?』


 子狸さんが観念して犯行を認めた。


火口『最初からですよ』


 火口のひとがコートの襟を立てながら言った。


火口『子狸さん……。お前のアリバイは完璧すぎたんですよ。ドラマや小説なんかと違ってね、アリバイなんてそうそうあるもんじゃないんです。まして事件当日、その日に限ってなんてことはね』


 ふっ……。子狸さんは自嘲の笑みを零した。天井を仰ぎ、染み入るように独りごちる。


子狸「敵わないな……」


 ひとまずオチがついたところで、子狸さんはわんわんと泣き喚いている巫女さんの肩を前足で揺すった。


子狸「晩ごはんのおかずで手を打たないか?」


 子狸さんは巫女さんを食べ物で釣ろうとしている。

 食いしん坊キャラみたいな扱いに、巫女さんは泣き崩れた。この子狸は何もわかっていない。べつにダイエットに失敗したから泣いているわけではないし、まずダイエットに失敗した女の子の機嫌を食べ物でどうにかしようとする子狸さんの矛盾が悲しかった。

 もちろんおかずは貰うが、そうではないのだ。


子狸「うーん……」


 一向に泣き止まない巫女さんに、万策尽きた子狸さんは傍らの王都のひとを見る。

 王都のひとは“蝶々”と“戯れ”ている。


子狸「!?」


 子狸さんはそっと目を逸らした。

 とりあえず何か食べさせれば元気が出るだろうと規定の路線を保持し、部屋に掛かっている勇者さんの肖像画を引っくり返した。

 母狸さんの前では少食キャラを装っている巫女さんは、子狸さんの巣穴に幾つか非常食を隠している。

 子狸さんは前足を器用に使って肖像画の裏側に張り付いているクッキーを袋ごと取り外した。


子狸「…………」


 お供えをするように捧げ持ったことに、何か確信があったわけではない。

 ただ……


 子狸さんが見つめる先で、勇者さんの肖像画が厚みを帯びていく。

 ズッ……と伸びた手が、子狸さんの前足からクッキーを取り上げた。


勇者「話は聞かせて貰ったわ」


 耳に掛かった長い髪を指先で払った勇者さんが、クッキーを一枚つまんで頬張った……。


 勇者さんは、言った。


勇者「あなたたち、アトンを襲うつもりなのね」


 王国最強の騎士、アトン・エウロ……トンちゃんは勇者さんの家族だ。


子狸「…………」


 さいきん、なんだか勇者さんは魔物みたいなことを口にするなと子狸さんは思った。


 勇者さんの魔物じみた登場にぽかんとしていた巫女さんが、恨めしげに唇を尖らせた。


巫女「わたしのクッキー……」


 ひょいとしゃがみ込んだ勇者さんが、クッキーを巫女さんの口に押し込んだ。

 さっと立ち上がり、くるりと部屋を見渡す。ちらりと視線を交わすと、子狸さんがぐっと頷いた。……その意味はよくわからなかったが……勇者さんは言った。


勇者「わたしに考えがあるわ」


 トンちゃんは、勇者さんにとって家族の一員だ。

 しかし勇者さんには、トンちゃんを越えねばならない理由があった。

 とはいえ、一人では難しい。協力者が要る。


 ひょっとしたら、と勇者さんは思う。


 ……ひょっとしたら自分には実行力が不足しているかもしれない。

 豊穣の巫女、ユニ・クマーは計画性に欠けるかもしれないし、子狸さんは過去に囚われないという欠点がある。


 だが、この三人ならば。

 この三人が、互いに互いの欠点を補い合うことができたなら。

 ……王国最強の騎士を、越えることができる。


 つい先日、子狸さんの真のあるじの座をめぐって幼女と争い完全敗北を喫したハムスターの中の人は、言った……!


勇者「もう、わたしたちにはあとがない。そうでしょう?」


巫女「えっ……」


子狸「ああ……!」


 あとがないのは勇者さんだけだったが、戸惑う巫女さんをよそに子狸さんが力強く頷いた。


 にこりと微笑んだ勇者さんが手を差し出すと、首を傾げた巫女さんがなんとなく手を重ねる。きびすを返した子狸さんが勝手にどこかへ行こうとする前に、勇者さんは素早くマフラーを掴んだ。


 今、ここに二人と一匹の同志が集った。


 目的は違えど、目指すところは同じ……でもないようだが、少なくとも……

 ……そう、少なくとも身長はだいたい同じくらいだ。


 部屋を出ていく子狸さんに引きずられた勇者さんが、ドアにしがみついて悲鳴を上げた。


勇者「なんなの!? エニグマ、この子を止めて!」


巫女「いや〜……なんだろうね? わかんないや。もう放っておこうよ」


 打倒、トンちゃん。

 運命のときが動き出す……。



 〜fin〜



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