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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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ホイッスル

 デスボールである。


勇者「…………」


 せっかくいいところだったのに邪魔された勇者さんであるが、抗議はしなかった。

 こきゅーとすを眺めていてわかったことだ。バウマフ家の球技に対する熱意は凄まじいものがある。球技と言うよりは、ルールを定め、点を取り合い、勝敗を決するという概念だろうか。

 ケチをつけようとすると、とても悲しそうな顔をするので、ここは受け入れるより他ない。


 勇者さんは鞘に納めるような仕草で聖剣を散らした。近頃の彼女は、そうした見栄え重視な小技の習得に熱心だ。架空の鞘に納まった宝剣が、光の粒子を撒き散らしながら虚空に消えた。


女子「あの……」


 正直、後腐れなく魔物を斬ってほしい女の子が躊躇いがちに勇者さんに声を掛ける。

 勇者さんはそれっぽいことを言った。


勇者「わたしは魔王を、……魔物たちの王を倒したわ。けれど、それ以外に決着をつける道はなかったのかと、今でも思うの」


 悲劇のヒロインぶっている勇者さんに、少女は言葉を失った。魔王との決戦で勇者が零した涙には、人々の胸を打つ何かがあった。

 勇者さんは、史上最高と名高い先々代の勇者を参考に路線を調整している。将来的には勇者としての不労所得で暮らしていくつもりでいるから、勇者も完璧ではない、人間らしい迷いや苦しみもあったのだと、今のうちからアピールしている。


女子「勇者さま……」


 少女は勇者さんの華奢な背に深い悲しみを見たが、それは目の錯覚だ。

 勇者さんは討伐戦争の顛末について、何ら反省していない。魔王は弱かったから負けた。それだけのことだ。


 仕上げだ。勇者さんは言った。


勇者「行きなさい。ここは、わたしが引き受けます。……魔物たちの面倒は、わたしが見る。他の誰にも、譲るつもりはない」


 子狸さんが絡んでくるとボロが出る可能性がある。勇者さんは可及的速やかにリスクを排除した。


 ぺこりとお辞儀して駆け去っていく少女に、目には見えない不思議な力で干渉するのも忘れない。

 同情は、心の隙だ。隙を見せた人間に対して、勇者さん特有の精神干渉は通りやすくなる。

 遠ざかっていく女子を未練がましく見つめている勇者さんに、子狸さんが声を掛けた。


子狸「お嬢、また女の子なの?」


 子狸さんは、勇者さんの女子人気を不安に思っている。巫女さんしかり五人姉妹しかり、勇者さんの女子を陥落する手管は熟練の域に達している。

 しかしそれを言うなら、この子狸はいつも男子ではないか。勇者さんは子狸さんの男子人気を同様に危ぶんでいる。

 勇者さんは端的に言った。


勇者「筋肉に拘るのはやめなさい」


子狸「こだわ……る?」


 自覚はないようだが、子狸さんの理想のパーティーは筋肉である。


勇者「拘るというのは……」


 一方、勇者さんは子狸さんが単語の意味を知らないのだと誤解していた。

 噛み合わないふたりだ。生まれ育った環境の違いだろうか。


 とつぜん単語の解説をはじめた勇者さんを、子狸さんは内心「また妙なことを……」と思いながら見守る。

 彼女の突飛な発言にもだいぶ慣れたのだが、正直に言って魔物たちと裏で打ち合わせするのはどうかと思う。勇者なのに。


 単語の説明を終えた勇者さんは「どう?」と言わんばかりに得意げだ。

 子狸さんは、ひとまず話を合わせた。


子狸「なるほど……。お嬢は、アレだね。アレ……あの、アレだよ。アレだ……だろ?」


 同意を迫る子狸さんに、勇者さんは首を傾げて言った。


勇者「博識?」


子狸「そう、それ」


 博識の意味はわからなかったが、子狸さんは頷いた。悪い意味ではあるまいと雰囲気で判断したのだ。

 根が単純な勇者さんは子狸さんの賞賛に悪い気はしない。


勇者「そう。でも……」


 勇者さんはそう言って、さりげなく子狸さんからボールを奪った。

 疲れるのは嫌だから、このままなかったことにするつもりだ。

 軽やかにきびすを返した勇者さんが肩越しに振り返って悪戯っぽく笑った。


勇者「あなたのほうが、色々と知っているみたいね。いつか吐かせてあげるわ」


 なかったことにするつもりだ。


子狸「さあ、どうかな?」


 肩をすくめて勇者さんの横に並んだ子狸さんが見事に流されそうになっているので、骨のひとと見えるひとは自主練をはじめた。彼らなりのバスケやろうぜアピールだった。


 素早く視線を走らせた勇者さんが、それとなくボールを骨のひとに手渡した。

 そのとき、絶妙のタイミングで現在時刻を知らせる鐘の音が響き渡った。

 個人で持ち歩く時計のようなものは、ここ大陸ではまだ開発されていない。


 勇者さんが狙い澄ましたかのように言った。


勇者「もうこんな時間なのね。じゃ、また」


 全ては計算尽くだ。

 自己完結型の異能を持つ勇者さんは、現在時刻を秒単位で言い当てることができる。

 さくっと帰ろうとする勇者さんを、立ち止まった子狸さんがじっと見つめている。言った。


子狸「選手宣誓、おれ!」


 勇者さんが脱兎のごとく駆け出した。

 ぎらりと眼差しを鋭くした子狸さんであるが、急いで追おうとはしない。

 骨のひと、見えるひとを引き連れてのこのこと歩いていく。


 案の定、100メートルほど走ってバテた勇者さんにすぐ追いついた。

 運動不足だ。子狸さんは悲しそうな顔をしてから、王都のひとから手渡されたカンペを読み上げた。

 選手宣誓、子狸さん。


子狸「戦い、決する。以上だ」


 わらわらと集まってきた魔物たちがパチパチと拍手した。

 前足を上げて制した子狸さんが続けて言う。


子狸「ルールは単純だ」


 そう言って、沈黙を挟む。

 しばし言葉を選んでから、子狸さんは言った。


王都「今回はバスケットルールだ。2on2、1ゴールごとに攻守を交代する。審判は……」


 魔物たちの国技、デスボール。基本的なルールは既存の球技に則る。

 少し異なるのが、退場は1プレイごとに解除されるという点だ。

 何しろバウマフさんちのひとが戦争を球技で片付けようとするので、選手たちは試合中に対戦者を始末しようとするのだ。特別措置を設けないと、開始数分で全員退場になってしまう。


 だが、どうやら球技で決着をつけること自体に無理があるらしい。

 けっきょくはボールを持った殴り合いになる。

 ここで重要な役割を果たすのが、審判だ。

 審判によってデスボールは大きく色を変える。

 今回のデスボール。審判は……


巨人「…………」


子狸「大きいひとか……」


 子狸さんがうなった。

 大通りに寝そべっている大きいひとは交通の邪魔になっていることもさることながら、ほとんど反則をスルーするタイプの審判だ。

 それどころか、気まぐれに選手を摘み上げたりと自由な振る舞いをする。


 この試合は荒れる。子狸さんは直感した。


 のろのろと身を起こした大きいひとが、ボールを受け取ってホイッスルをくわえる。

 大きく欠伸を一つ。

 こそこそと逃亡を図っている勇者さんを摘み上げると、ちょこんと子狸さんの横に置いた。

 立ち上がるのも億劫なのか、地面を這って移動する。


 大きいひとは、周囲の無機物が寄り集まって外殻を形成するタイプの魔物だ。

 なだれを打って崩れ落ちる大量の土砂が、そのたびに巻き上がって身体の一部として再結合されていく。

 獰猛なうなり声を発した巨人兵に、大通りを行き交う人々が恐れおののく。


 倒した魔物は仲間にできる。ごくありふれた日常の光景であったが、やはり王種の存在感は別格だ。

 もう少し具体的に言うと、工事で一車線を封鎖みたいな感じになっている。


子狸「……場所を変えよう」


 子狸さんの提案に、大きいひとはきょとんとした。


巨人「場所を?」


 ゆっくりと首を傾げる。その拍子に零れ落ちた砂が滝のように降り注ぎ、全車線が封鎖された。

 砂に呑まれた哀れな人々を、大きいひとは一瞥もくれずに拘束し、まとめて宙に持ち上げる。


 大きいひとが心底から不思議そうに言った。


巨人「場所を……。なんのために?」


 人間たちに道を譲るという発想が、大きいひとにはない。

 理解はできるが、子狸さんが人間たちのために労力を割く必要性はないと思っている。

 なぜなら管理人とは、その世界の代表者だ。

 つまり、王さまよりも偉い。


 大きいひとは言った。


巨人「子狸よ。おれを、ちっぽけな人間どもと同等に扱うのはやめろ。それは、まったく正しくない。公平ですら、ない」


 人間たちと同じルールで生きるとすれば、大きいひとはとても窮屈な思いをする。

 今がそうだ。身体を縮めることは簡単だが、魔物たちの外殻は「運命の形」であり、「もっともラクな姿勢」なのだ。


 その「ラクな姿勢」を崩し、バウマフ家に気に入られようとしている魔物たちは何人かいる。

 この場にいる見えるひともそうだ。彼の本来の姿は、完全武装した騎士と似ている。


 もしも、運命に即した姿をとったままであれば、先の討伐戦争において……

 魔軍元帥の役割を果たしたのは、おそらく見えるひとだった。


 大きいひとは、そのことを気にしている。

 余計な手間を掛けたから、エルフの台頭を許す結果になってしまったのではないかと。


子狸「大きいひと。おれは……」


 子狸さんは、魔物たちに窮屈な思いをさせたくないと思っている。

 ただ、あきらかに意識して邪魔をしているように感じたから、それを正してやりたかった。

 正しく生きることが、幸せにつながると信じたかった。


 言葉を失い、うつむいた子狸さんに、大きいひとは砂で拘束した人間たちを手近な家の屋上に置いていく。子狸さんが見ていないのを良いことに、先頭の人間を軽く小突くと、それだけで非力な人間たちはドミノ倒しみたいにぱたぱたと倒れていく。


 大きいひとは出し抜けに優しい調子で言った。


巨人「おれとて、好きで人間たちに厳しく当たっているわけではないのだぞ?」


勇者「見え透いた嘘を……」


巨人「好きで厳しく当たっているわけではないのだ」


 大きいひとは繰り返し言った。

 優しい嘘は許される風潮があるから、魔物たちは子狸さんを苦しませないために嘘を吐く。

 人間たちに嫌がらせをするのは、大きいひとの趣味だ。「殲滅」という属性を生まれ持った魔物だから、その代替として精神的な苦痛を与えることで気分を紛らわせている。


巨人「……しかしだ。しかし子狸よ、お前の言うことにも一理はある」


 はっとして見上げてくる子狸さんに、大きいひとはにっこりと微笑んだ。


子狸「大きいひと……!」


 大きいひとは笑みを深めると、ゆっくりと息を吸って……

 ピーッとホイッスルを吹いた。


巨人「でもダメー!」


王都「そんなんだから、お前、人間たちに嫌われるんだぞ」


 王都のひとのコメントが、抜けるような青空に吸い込まれていった。


 試合開始。



 〜fin〜



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