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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
102/156

落ちる

 王国の大貴族、アリア家に家族揃って食事をするという習慣はない。

 大貴族は麾下の小貴族を統括する立場にあり、大貴族の認可なくして進まない案件というものもあるからだ。

 王国貴族は最初期の国民であるという特性上、劇的に増えることはなく、それゆえに最終的な判断を下せる人間が足りていないのが現状だった。

 小貴族たちは代官を立てるなどして人員を補っているようだが、最終決定権を持つ大貴族の場合、他者に判断を委ねるわけには行かなかった。

 とくにアリア家の人間はなまじ優秀なものだから、多少の無茶はこなせてしまう。


 というわけで、珍しく早起きした勇者さんは無駄にひろい食堂で一人、もくもくと朝ごはんを食べていた。

 もちろん迷彩をまとった五人姉妹が背後に控えているわけだが、さしもの彼女たちも勇者さんと同じ食卓を囲む勇気はない。朝一番の仕事を終えたアリアパパがひょいと食堂に顔を出しても何ら不思議ではないのだ。

 姉妹たちはアリアパパが苦手だ。昔、屋敷を追い出されそうになったことがあるからだろう。上位種の異能持ちであるということも、おそらくは影響している。


 勇者さんにしても、父は苦手だ。しかし討伐戦争を通して、父への隔意は一応の決着をつけたつもりでいた。

 食堂にひょいと顔を出した父を、無闇に恐れることはなくなった。


アリアパパ「……今日は早いな」


勇者「はい。妖精に起こされました。ユーリカ・ベル……魔軍元帥のパートナーです」


 勇者さんは正直に告げた。自力で起きたわけではない。


アリアパパ「妖精か。魔物の一種と見ていいな?」


 大貴族の当主は魔物たちと裏で通じているのだが、唯一アリア家だけは長らくハブられていた。

 なぜなら魔物たちの中で、アリア家の人間から最後の勇者が選ばれることは、ずっと前から決まっていたことなのだ。

 その目的は様々だが、この世でもっとも魔法と縁が遠い一族という点が何より大きい。魔法との縁が薄いということは、エルフに干渉されにくいということでもある。


 アリアパパが妖精属を魔物の一種と推測したのは、討伐戦争が魔物たちの自作自演であると知ったからだ。歴代勇者の補佐を務めてきた妖精たち。彼女たちは不測の事態を避けるための調整役と考えたほうが通りが良い。

 しかし勇者さんは別の考えを持っていた。


勇者「お父さま。それは魔物たちの見解です」


 彼女は、こきゅーとすを閲覧できる唯一の人間だ。

 こきゅーとすが生まれたのは、王国歴52年。それ以前の出来事は履歴を遡っても収録されていない。


 魔物たちの相互ネットワーク、こきゅーとすは、彼らの意思を統一する場という側面を持っている。直接的な話題は避けたとしても、一つの目的に向かって同じ思惑を持って語り合ったなら、言葉の裏にある真意が透けて見えることもあるだろう。さらに数え切れないほど試行を重ねていけば、偶発的な要素を排除することができる。


 勇者さんは現状を維持したい。妖精さんを出入り禁止とかされると困る。

 本日のデザートはプリンだ。じっと見つめてくる父から目を逸らし、勇者さんはプリンをスプーンですくった。



 *



 食べかけのプリンみたいになった王都のひとが傲然とハロゥさんを見下ろしている。


王都「ふん、人間ごときに情を移すとはな……」


 おろかな妹め。王都のひとは吐き捨てた。


 ハロゥさんは満身創痍だ。メタル王都のんはあまりにも強すぎた。その強さはどこから来ているのかと、ずっと考えていた。

 そして、すでに大まかな予測はついている。央樹国だ。おそらく魔物たちは央樹国と何らかの密約を交わしている。だから魔法の原則をある程度まで無視できる。

 ハロゥさんは肩で息をしながら言った。


精霊「央樹の手先に、言われたくない、よ……」


王都「だからお前はおろかだと言うのだ」


 王都のひとは酷薄な声で告げた。


王都「お前たちは、結局のところ央樹の上には行けなかった。魔法を捨てる覚悟も持てず、漫然と過ごした結果だ」


 央樹国は魔法の最終トリガーを握っている。

 北海国のエルフたちが本気で反旗を翻したなら、おそらく精霊魔法は凍結されただろう。

 だから本気で復讐したいなら、魔法を捨てて央樹国と同じ高みに至る以外の選択肢はなかった。

 しかしエルフたちは、今ある豊かな暮らしを捨てることができなかったのだ。


精霊「戦って、勝って、それでどうなるの……? そんなの……」


 精霊は、エルフを守るために生み出された存在だ。

 央樹国と敵対するのは破滅の道を行くことと同義だった。

 北海国は央樹の技術力を幾ばくか手中に収めているが、それでも法典の仕組みはよくわかっていないのだ。


 しかしそれは違う。王都のひとは自身の妹と言っても良い存在を見下している。

 精霊が精霊のままである限り、法典を解明することは不可能だ。これは技術力の問題ではない。

 法典から生まれた不完全な魔物が、法典の真実に辿り着くことは決してない。そのように仕組まれている。


王都「どうして、こんな出来損ないが生まれたのか……」


 王都のひとは嘆いた。

 これまでずっと隠していたが、魔物と精霊は根本的には同じ存在だ。

 精霊の正体は、人間が支配下に置けるよう調整された魔物であり、大陸産の魔物に次ぐ位階を持っている。

 しかしハロゥさんは違う。彼女は、魔物に対抗するべく生み出された。精霊の限界を越えているから、本来あるべきバランスが崩れている。

 つまり彼女は、やろうと思えばエルフに逆らうことも可能なのだ。

 それなのに魔物の本能に目覚めないのは、きっと何かが欠けているからだ。そのように王都のひとは考えた。


王都「……余計な加護が働いているようだな」


 王都のひとの見立てでは、ハロゥさんは何らかの方法で強化されている。

 それゆえに彼女は、愛だの友情だのといったものが自分を強くしてくれると勘違いしているのだ。

 いや、それは事実ではある。王都のひとは認めた。しかしそれだけではダメなのだ。

 魔法は何かを救える構造にはなっていない。完全な魔物に無駄な部分があってはならない。彼女に足りないのはそれだ。


王都「余計なものを背負い込みすぎだ。ならば、このおれがお前を解き放ってやるとしよう……面倒だが」


精霊「余計な、もの?」


 ハロゥさんは、王都のひとが何を言っているのか理解できなかった。

 察しの悪い妹に、王都のひとはにこりと笑った。


王都「ともだち、とか?」


 王都のひとは妹を大切に思っている。彼女は使えるし、お屋形さまへの手土産にもなる。

 他の精霊はどうでもいい。はっきりと劣るからだ。足手まといは要らない。


 王都のひとの清涼感あふれる笑顔に、ハロゥさんはふるえた。あの青いのは、自分から全てを奪うつもりだ。そして、自分にはそれを止める力がない。


王都「ま、少し眠れ。目覚めた頃には、全て終わっているさ」


子狸「王都のひとっ、めっ」


王都「子狸さんがこう言っているので、やめよう」


 王都のひとは、あっさりと前言を撤回した。

 しかし王都のひとに抱えられた子狸さんは止まらない。


子狸「やらせないぞ! あの子はおれが守る!」


王都「くそがぁっ……」


 王都のひとは小さく悪態を吐いた。この子狸がいったいどこまで理解しているのかわからない。まるで底の見えない落とし穴のようだった。



 *



 魔法はとても便利な技術である。

 公平性を保つためにこれまで色々と面倒くさいことを説明してきたが、じっさいに魔法を使っている術者(キャリア)の人々は多くの喜びの声を寄せてくれている。

 よく誤解されるのだが、魔法は決して健康に害を及ぼすものではない。


 むろん、人間にとって脅威であることには変わりない。

 しかし当然のことではあるが、武器を売る商人に罪がないように、これは使う側の問題である。魔法に罪はない。

 だから何も心配することはないのだ。人間には言葉があり、わかり合うことができる。いつか争うことの虚しさを知り、とくにメリットはないが共に手を差し伸べ肩を支え合って生きていくことができるだろう。

 未来は可能性に満ちている。無理に気負って、とくべつなことをする必要はないのだ。たぶん将来、どこかの誰かが何とかしてくれるだろう。それくらいの心構えで丁度いいくらいだ。


 ――余計なことはしなくてもいいのだ。

 それが魔物たちの、人間たちへと贈るメッセージ。

 人ひとりの力などちっぽけなものだ。無理にがんばる必要はなく、信じる気持ちを大切にしてほしい。魔法と魔物以外は疑ってもいい。


 つまり何が言いたいのかというと、魔物たちは自分が生まれ育った大陸とそこに住まう人々を大事にしている。

 推移は順調だ。大陸の人間はごく少数の例外を除いて魔法使いだし、少し挑発してやれば惜しみなく魔法を連発してくれる国家公務員――騎士が出てくる。


 慎重に見守ってきたのだ。魔物たちは、大陸の人間たちに対して誠実でありたいと願っている。

 誠実とは、嘘を吐かないことではない。真摯な気持ちで向かい合うことだ。しんがりを務める戦士が「大したことはない」と言って仲間を安心させようとするように、優しい嘘は許される風潮がある。善意から放たれる嘘は何度でも繰り返して良いのだ。そして「善意」は見せびらかすものではないから、じっさいは欠片も存在しなくとも結果的には同じこと。

 

 そして――

 誠実さを突き詰めていった挙句がこれだ。


骨「…………」


王国「…………」


 骨のひとと王国担当の子鬼さんが無言で佇んでいる。


 長い沈黙を破り、骨のひとが言った。


骨「なんだこれは?」


王国「ダンジョンだ」


 王国のひとは間髪入れずに答えた。

 骨のひとがうめいた。


骨「ダンジョンか」


王国「ダンジョンだ」


 うん、と頷いた王国のひとに、骨のひとは切なそうに視線を落とした。

 そこにはダンジョンとやらの入り口がある。あえて誤解を恐れずに言うならば、落とし穴のように見えた。底が見えないほどの深い穴だ。

 骨のひとはもう一度繰り返した。


骨「ダンジョン?」


王国「ダンジョンです」


 いや、違う――。骨のひとはもう騙されなかった。


骨「これ落とし穴だろ」


王国「違いますぅー。ダンジョンですぅー」


 王国のひとは頑なだった。


 ――つい先日の出来事である。

 一部、観光客の強い要望により魔物たちはダンジョン運営に着手した。

 いちおう自前でラストダンジョンとかいう天然の要塞を所有していたのだが、いきなり難易度が高すぎると難癖を付けられたのである。


 知ったことかと突っぱねても良かったのだが、ちょっとしたお宝をエサに人間たちを誘き寄せるというのは悪くないアイディアだ。


王国「ちなみに、このダンジョンの目玉は布団乾燥機だ」


骨「要らないだろ」


 骨のひとは即答した。

 布団を乾かしたいなら融解魔法を使えばいい。なぜ家電製品を用意したのか。


王国「靴も乾かせる」


骨「要らないだろ」


 靴も融解魔法で乾かせる。正直、一人二役でお得みたいなことを言われても困る。



 *



 森の中。

 木の陰からこそっと人間を見つめる青いひとが、にゅっと触手を伸ばす。それは善意だ。

 織り成す善意が螺旋を描き、繰り出される――「レクイエム毒針」と呼ばれるポーラ属さんの必殺技だ。


火口「おろかな人間どもめぇっ……」


 しかし善意が――

 ……いつも届くとは限らない。


子狸「あぶない!」


 善意を受け止めるのは、やはり善意だ。

 善意と善意がぶつかり合い、より正しいほうが勝つ。勝てば官軍という言葉もある。それは善意の証明に他ならない。

 どちらが正しく、どちらが間違っているのか。

 力なくして正義はむなしく、正義なき力はただの暴力。しかし歴史は勝者が作るもの。ならば力こそが正義。「善意」とは「力」である。


火口「子狸ぃ……」


 この日も魔物たちは森に迷い込んだ人間を襲撃していた。暇つぶしの一環と言えなくもなかったが、これは長い目で見れば環境保護を建前とした善意による。


 無防備に森の中をうろついていたのは、一人の少年である。偶然にも通り掛かった子狸さんがとっさに押し倒さねば、善意の餌食になったであろう。

 渾身の善意が空振りに終わり、火口のひとは吠えた。

 

火口「どういうつもりだ! おれのライフワークを邪魔するな!」


 すかさず上に放った触手を巻き取り、素早く樹上へと這い上がる。

 万能の触手を持つポーラ属は、障害物が多い地形で遭遇すると途端に厄介さを増す。ふだん人前では地面を這ってゆっくりと移動するのは、投射魔法のまとになってあげるという我が身を省みない善意によるものだった。


王都「ライフワークだと? ふっ、くだらん」


 いつも子狸さんの横にいる青いのが鼻で笑った。


王都「子供をいたぶって何が面白い。魔王軍の面汚しめ」


 王都のひとは子狸さんの近衛だから、小さな子供をいたぶるにもひと苦労だ。ひとことで言えば妬みなのだが、これもまた形態を変形した善意の表れであると言えた。

 だが、善意の在り方はひとそれぞれだ。火口のひとは強い調子で言い返した。


火口「“恐怖”だ! “後悔”だ! 例えるならば、そう……納豆ごはんに近いな」


 魔物たちは人間の負の感情を好んで食べる。べつに食べなくても生きていけるが、本能には逆らえない。本能なので仕方ない。

 子供たちの恐怖や後悔といった感情は、納豆ごはんに近いらしい。たまに無性に食べたくなるし、ひとによっては毎朝食べても飽きが来ないのかもしれない。


王都「下衆め」


 王都のひとが吐き捨てた。この自分を差し置いて納豆ごはんを頬張ろうとする火口のひとは唾棄すべき存在だった。

 幸せを分かち合わずして、何が仲間か。王都のひとの憤りは深い。妬みではない、ひがみではない――。

 幸せを独占しようとする火口のひとの浅ましさが悲しかった。


 その悲しみを表明するために、王都のひとは納豆ごはんを横取りするしかなかったのである。


王都「おろかな人間どもめぇっ……」


子狸「くっ……!」


 至近距離から繰り出された触手に、子狸さんは身体の下にいる少年を抱えて地面をごろごろと転がった。

 ぱっと跳ね起き、なんだかぼーっとしている少年の手をひく。


子狸「立てっ、走れるか!?」


しかばね「えっと……あれ? うん、まあ」


 子狸さんよりも一つか二つ年下だろう。

 はっとするほど綺麗な顔立ちをしていたが、身体の線は細く、少女のように華奢だ。


 子狸さんは少年の返事を待たず、駆け出した。

 王都のひとが何事もなかったかのように子狸さんにおぶさる。


王都「森の中は分が悪いぞ……!」


 そんなことはわかっている。だが答えている余裕がなかった。子狸さんは抜き打ちで前足を突き出し、火口のひとをけん制する。


子狸「チク・タク・ディグ!」


 不可視の力が森の大気を切り裂いて飛んでいく。圧縮弾は圧縮した空気の塊を――算出された架空の数値を現実へと引きずり出す魔法だ。前へ進む力と後ろへ進む力、引き合う力が質量を生む。――少なくとも魔法はこの世にあふれる「物質」の正体をそのように定義した。

 解き放たれた圧縮弾を一瞬だけ視界に捉えて、子狸さんは火口のひとに背を向けた。

 木から木へと高速で行き来しながら、火口のひとは哄笑を上げた。


火口「せいぜいうまく逃げ惑え。逃がしはしない」


 不変不朽の性質を持つ魔物は、最終的な目的に「勝利」を掲げる必要がない。

 戦いが長引くならそのほうが都合が良い。ただしそれも飽きるまでだ。

 

 子狸さんの逃避行がはじまる。



 〜fin〜



 



 



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