うっかり国交編
『会議』
超世界会議。
大雑把に言うと、色々な国の色々な人種が色々なことを話し合って色々なことを決める会議である。
とてもたくさんの人々の今後を左右する大事な会議だ。
であるからして、もちろん子狸さんも出席している。
となりに座っているのはエルフの男性である。
エルフの特徴を簡単に説明すると、全体的に白く、身体の一部分が細長い。魔法の扱いに長けるといったところか。
アザラシとよく似ている。
この日の超世界会議は荒れていた。
飛び交う罵詈雑言が向かう先は、子狸さんのとなりに座っているエルフである。
「先の大戦、大いに問題があるようだな!」
「あなたは、この上に望みようもない後継者を得た。それが結果だ!」
「最初からそれが目的だったと疑われても仕方がないのでは?ご理解を頂きたい。返答を!」
国が違えば、言語も異なる。
彼らの言葉を、子狸さんに通訳しているのは「歩くひと」と呼ばれる魔物だった。
見た目は人間とまったく変わらない、しかしオリンピックに出れば全種目で金メダルを狙える。
彼女が子狸さんの秘書だ。
異国の言葉を噛み砕き、ひそひそと通訳する。
秘書「一人勝ちが気に入らないから何か寄越せと言われてる」
子狸「……つまり?」
秘書「これ以上どう噛み砕けと言うのさ」
子狸さんは物事の本質を鋭く見抜く目を持っている。
例えるとすれば、顕微鏡だ。
高台の観光名所に顕微鏡が置かれていたとして、美しい街並みを眺めることは難しいだろう。
この子狸が直面している問題とは、つまりそういう感じのあれなのだ。
子狸「ままならないものだな」
嘆息する子狸さん。
ちらりと真横に視線を移すと、糾弾されているエルフの横顔が目に入った。
エルフはさも愉快だと言わんばかりに笑っていた。
弾劾は続く。
「魔導師でありながら、かつ適応者など見たことも聞いたこともない。いったい何をした!?」
「しかも、よりにもよって透視能力というのがまずい!他の異能であれば、我々もこうまで敏感にはならなかった」
「資質と環境が適応者を生み出す。そして、その二つは人為的に用意することができる。これは実証された事柄だ!」
適応者とは、目には見えない不思議な力を生まれ持った人間のことである。この「目には見えない不思議な力」を「異能」と言う。
ざっくり説明すると、「魔法」とは「本来ならば存在しない力」である。
だから魔法を使うと、ゴムぱっちんみたいに魔法を排除しようとする反作用が働く。
それが退魔性だ。
しかし魔法は便利な力であるため、反作用をものともしない。それが良くないらしい。
蓄積した退魔性は変質し、やがて魔法に対抗しうる性質を獲得していく。
人から人へ渡り、人ならざる力を宿主に与える。
それが異能だ。
魔法が便利な力であるように、異能は人間の願望に沿う形態に落ちつく。
四つの形態。
念動、透視、感応、遠話の四つだ。
魔法みたいに万能ではない。
何故なら、例えば瞬間移動できる人間が一人いれば、その人間はやろうも思えば人類を滅ぼせるからだ。
それでは意味がない。
だから異能は人類社会の存続を前提としたデザインになる。
歩くひとが通訳した。
秘書「幸せは分かち合うべき。でも自分の幸せは分けたくない。だがお前は分けろ」
王都「人間とは身勝手な生きものだな……」
子狸さんの代わりに王都のひとが嘆いた。
秘書「いつもお前らがやってることじゃねーか」
王都「あ?おれはいいんだよ。こう見えて、がんばり屋さんだからな」
秘書「またはじまった……。ふだんは結果が全てみたいなこと言っておいて、自分だけ特別扱いするからお前の言葉は薄っぺらいんだよ」
王都「子狸さんのことばかにしてんのか!?」
秘書「誰も子狸の話はしてねーだろ!そりゃ薄っぺらいけどっ」
子狸さん越しに言い争う二人。
それでいて視線は交わさないままだから、傍から見ると前触れなく急に声を荒げたかのような唐突さだった。
また、そうでなくともこの二人は注目を集めていた。
先の対戦という言葉が示す通り、魔物と精霊が王国を舞台にやんちゃを繰り広げたことはこの場にいるものたちにとっては周知の事実だった。
しかし二人の言い争いは止まらない。
彼らにとって人間は少し突ついただけで半分に割れてしまう脆弱な存在だった。そんなざまで、よくもまあ生きていられるなと感心すらしている。
だから、今この場で警戒に値するのは、同じ魔物であるお互いでしかあり得なかった。
王都「第一、お前何しに来たんだよ。通訳なんざ、おれが片手間にやれば事足りるだろーが」
秘書「知るか!子狸に聞け!」
歩くひとを秘書に任命したのは子狸である。
その子狸さんが、ぼそりと呟いた。
子狸「人と、魔物……」
ちらりと王都のひとを見る。
たしなめるように言った。
子狸「おれたちだけで何かを決めて、それが正しい結果だったとしても。三人なら、きっともっと誇れる結果になるかもしれない」
子狸は、最後の最後には魔物たちの側につく。
どちらか片方を選べと言われたら困るけど、たぶん最終的にはそうなるのだ。
そう自覚してしまったから、歩くひとを連れてきた。
自分と、魔物と、人間と。
この三人で考えた答えなら、自信を持てると思ったからだ。
もしも子狸さんに誤算があるとすれば、それは歩くひとの正体がじつは魔物であり、この三人の中に人間は一人も含まれないということだろう。
かすかに微笑んだ子狸さんが、背筋をぴんと伸ばした。
子狸「あなたたちも同じだ」
超世界会議の会場は広い。
学校とは違い、数十人という規模ではなく、数千人の出席者が一堂に会し、視界を確保できる構造になっている。
さらに得体の知れない技術で多層空間になっていて、同じ席に複数の人間が座っているが重なり合ってはいないという意味のわからない状態だ。
漏れなく管理人なので退魔性がうんぬん、ほとんど魔法と同化しているので肉体的な縛りがうんぬん、とにかくとなりにアザラシさんがいるので問題ないという話だった。
出席者たちの視線を一身に浴びて、子狸さんは意識的に声を張る。
緊張はするものの、玉座を獲ると豪語していた勇者さんが王城に立ち入り禁止を申し渡された姿を見たときよりは救いがある気がした。
子狸さんは言った。
子狸「誇れる答えを出したい」
これだけ、たくさんの人間がいるのだ。
きっと素晴らしい成果を挙げることができるだろう。
子狸さんは前向きだった。
ぴしっと前足を上げる。
子狸「議長!」
会議場の中心には大きなミジンコみたいな生きものがいる。
色々な人種がいて、中には目を疑うような人間もいる。
世界は広い。子狸さんは痛感していた。
議長の、くちばしみたいになっている口の先端がしゅっと伸びた。
議長「え〜ストライプドッグ。ノロ・バウマフくん」
国によって魔法も様々だ。
子狸さんが使える魔法に「翻訳魔法」はないが、出席者の多くはそうではない。
発言の機会を与えられて、子狸さんは立ち上がった。
興奮した面持ちで周囲を見渡す。
子狸の見立てでは、この場にいる人間は志を同じくする同志たちだった。なんとなくそう感じる。
瀕死の退魔性は言うに及ばず、底の見えない闇にとり憑かれている……
子狸さんは前足を突き出して、ばちっとウィンクした。
子狸「オフ会しようぜ!」
となりでアザラシさんがぎょっとした。
このとき、たしかに歴史が動いたのだ。
〜fin〜