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くすの木の下のベンチ  作者: 夕風清涼
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私のどこがいいの?

《いきなりの手紙でごめんなさい。僕はクラスは違うけどいつも登校する時に、友達と歩いてる君を追い抜いては心の中で(おはよう)と声をかけています。もうすぐ僕達は卒業します、君とは一度も同じクラスにならなくて本当に残念です。もし良かったら少し君と話しが出来たらと思っています、明後日の夕方五時にいつも君が登校の時に歩いている高台の公園にある大きなくすの木の下で待っています。Sより》



まだまだ寒い2月の黄昏時、私は何気なく開けた自分の下駄箱の中に、ピンク色の封筒が入っていました、驚いた私はとっさに封筒をカバンの中に入れて靴を履き替えドキドキしながら1人で学校を出ました。


(ラブレター‥かな‥)


18年の人生でこんな出来事は初めてでした、カバンを握る手がいつもより力が入ります、駅までの道のりが今日は遠くに感じていました。


(手紙の人…誰なんだろ~…イタズラかな…)


早く手紙を開けたい気持ちと自分の気持ちの高揚が裏切られた時の不安が複雑に交錯していました。


(もし…あいつだったらどうしよ~…でもあの子だったら…)


商店街へ入り駅へと歩きながらも、私は一年生から今のクラスまでの、同じクラスになった男子を思い出していました。


いつもはこの時間だとちょうど夕食の買い物時間と重なっているので、商店街の中は美味しそうな香りが漂っていて、友達と下校する際はいつも誘惑に負けて寄り道をしていましたが、でも今日は商店街からの香りすら気が付かなかったのでした。


(他の女の子ってこんな時はどう思うのかな…)


私は封筒の入ったカバンを見つめながら駅へと歩きます、友達の中には彼氏が居てる子もいるけど、その子が彼氏の話しをしていても私には雑誌の記事のようにしか思えなかったし、小さい頃に初恋経験はあったけど、成長してからはほとんど恋愛に関しては無関心でした。


そんな恋愛免疫ゼロの私の下駄箱に手紙が入っていたのだから、どうしていいのか解らない状態でした。



♪カンカンカンカン♪


商店街の出口の先から踏切の鳴る音が聞こえてきました。


(あっ!電車が行っちゃった…)


いつもは同じ時間の電車に乗るのに、考え事をしていたせいなのか今日は乗り遅れてしまいました。


私は定期券を改札に入れ、ホームで次の電車を待ちました。


(次は6分後か…)


電車が出た後の寂しいホームに立ちつくす私にまだまだ冷たい風が通り過ぎていき、肩まで伸ばした髪がなびきました。


向こう側のホームでは若いカップルがベンチで座り電車を待っています。


彼氏は彼女の肩に手を回し彼女は寄り添っていました。


(あんなのが楽しいのかな…)


両手でカバンを前に持ちながら私はカップルを見つめていました。


(いつか私もあんな事するのかな…)


また冷たい風が私を通り過ぎました。


♪ピンポーンピンポーン《間もなく電車が到着いたします、危険ですので白線の内側へとお下がり下さい》


アナウンスがホームに流れ、私の前のカップルは到着した電車に遮られました。


電車の扉が開き、私は奥の扉越しに立ちました、ちょうど同じように向こうのホームにも電車が到着していました。


(あのカップルはどこに行くのかな‥)


扉が閉まり、ゆっくりと電車は動き始めた。


電車は速度を上げて高架を登っていく、徐々に住宅の屋根よりも高い位置へと進んでいき、私の顔にオレンジ色の日差しが照らされる、差出人不明の封筒をカバンに入れている私は、今日の出来事にどうすればいいのかと沈んでいく夕日に問いかけていました。


電車が走る単調な音が緊張している私の鼓動とシンクロしています。


私はオレンジ色に染まりながら流れていく街の風景を電車の窓から眺めていました。


(この手紙…どこで読もうかな…どうして手紙くらいでこんなに緊張するんだろ…)


すぐに内容が解る携帯メールが当たり前になっていたからか、封を開けて用紙を開いて読むまでは、全く内容が解らない点も緊張の原因だと思ったけど、なぜかその反面、封を開ける事が楽しみな自分もいた。


♪次は○○ヶ丘~、○○ヶ丘です…


車内アナウンスが私の耳に入り見慣れた街並みが目に飛び込んでくる。


私の胸の鼓動を沈めてくれるように電車は速度を落としていった。


♪プシュー…ガタッ…キンコーン♪


停車した電車の扉がまるで私に(この先には君にとって新しい事が待っているよ)と私を送り出してくれるように開いた。


私は電車を降り、改札を抜けバス停に足を向けた、この駅の名前と同じく私の家もバスで5分ほど坂を登った高台にあるマンションが私の自宅だ。


自宅が高台にある為、登校の時は下り坂なので徒歩で駅に向かうけど、帰りはさすがに坂がキツいのでいつもバスを利用していた。私は停車中のバスに乗り込み出口近くの座席に座った。


まだ少し帰宅時間には早いのか、バスの中には私を含めて数人の学生しか乗車していなかった。


時折、バスの入り口から黄昏時の冷たい風と冬独特の乾燥した香りが流れこんできていた。


この駅も高台にある為か私の乗っているバスの窓からも遠くの街並みが眺望できた。


高台から見える夕日をバックに街の外れにある空港から飛行機が離陸していった。


♪ビーッ‥ガタッ‥


バスは入口の扉を閉めてゆっくりロータリーを走り出した。


外周をまわるバスの窓から駅前の商店街の様子が伺える、先週は女の子にとっては楽しいバレンタインシーズンな事もあってか、かなり店頭も賑わっていたがシーズンが終わるとまたいつも通りの雰囲気に戻っていた。


(先週はバレンタインか~…)


私にとってバレンタインシーズンは単なる出費が重なる行事にしか思えなかった、中学校時代に友達の付き合いで義理チョコを買いに行った経験もあったが、なぜかバレンタインの当日になると私は義理チョコなのに男子に渡す勇気が出なくて、結局そのまま持ち帰って自分でチョコを食べていた。


バスは更に高台に向かって坂を登っていく、途中のカーブを曲がると街路樹の間から遠くの街並みと空港が見える、日が暮れるとまるで水面に太陽の光が反射しているようにキラキラと街がイルミネーションされていく、その光のイルミネーションの中を尾翼灯を輝かせて旅客機が飛び立っていく‥私はこの風景が何よりも好きだ。


バスはカーブを越え直線に差し掛かる、街路樹の向こう側にそれほど広い面積ではないが住人の憩いの為に作られた公園がある、モダンな茶色いブロック塀で囲まれた公園の入口を少し入ると、すぐに円形型の噴水が目に入り、その奥に大きなくすの木が植えられていた、くすの木のすぐ下にはこの公園のイメージを崩さないかのように木造作りの2人掛けのベンチが備え付けられていた。


初めてこの町に越してきた頃、まだ友達も居なかった私はいつもこの公園で1人遊んでいた、地面に絵を描いたり縄跳びをしたり、

いつも夕方にお母さんが仕事から帰ってくるまで公園にいた、お母さんは必ず決まった時間に公園の前を通りかかると私に声をかけてくれる。


『ただいま、さっ!一緒に帰ろっか!』


お母さんがいつも私に手を伸ばしてくれる、私はお母さんと手をつなぎ家へと歩き出す、遠くから私とお母さんに《僕達は行ってきます》と伝えるように飛行機の離陸音が聞こえていた。


♪つぎはニュータウン二丁目、ニュータウン二丁目です


私は窓際にあるブザーのボタンを押した。


♪次、停まります


(どこの路線バスも同じ口調のアナウンスなのだろうか?もう少し柔らかい口調だといいのに‥)


私はいつもそう思いながら停車したバスを降りる。

バスを降りたらすぐに冷たい風が私を迎えてくれた。


(日が暮れてくるとさすがに寒いな‥)


マフラーに首を沈めて私は自宅に急いだ。


バス停から左に折れて私道の坂を登ると15階建てのマンションが見えてくる、そのマンションの八階が私の自宅だ、マンションの入口を抜けてとりあえず郵便ポストを覗く、すでにお母さんが帰宅しているのかポストの中は空だった。


私はエレベーターホールに移動しボタンを押して到着を待った、私は腕時計に目をやった17時を少しまわっている、特にこの辺りの時間帯は遊び帰りやこれから習い事に出掛ける子供達でエレベーターはフル稼動になる。


私はエレベーターの現在位置を示す表示を眺めていた、早く一階に来て欲しいと念じながらカバンを握る手に力が入った。


♪ピンポーン


ようやくエレベーターが到着し扉が開くと同時に数人の子供達が飛び出して行った。


子供達を見送りながら私はエレベーターに乗り込んだ。


上へ上へとエレベーターは上がっていく、一体私は何を期待しているのだろう?と自分に問いかけながらも私の心臓も高鳴ってくる。


♪ピンポーン


エレベーターは8階で止まり扉が開いた、私は小走りで自宅に向かいインターホンを鳴らした。


『はい~』


やはり先にお母さんが帰宅していた。


『ただいま…私よ…』


なぜか私はお母さんに愛想なく返事をしてしまった、お母さんはいつも私に今日の出来事を聞いてくる…私はそれを知っているからこそ、今日だけはお母さんと接点を持ちたくなかった。


『どうしたの?暗そうだけど‥学校で何かあったの?‥』


(ほらきた!)


『別に疲れただけ…着替えたら部屋で少し休むよ…』


心配そうなお母さんを横目に私は部屋に入りカバンを机の上に置いた、いつもなら無造作に置いてしまうけども、今日だけは1日の役目を終えたカバンを見つめながら普段着に着替えた。


着替え終わっても私はベッドに腰をかけたまま机に置いてあるカバンを見つめていた。


早く封筒を開けたい気持ちと、開けてしまった後に今日までの自分が変わってしまうような不安感もあったので私はカバンを手にする事に躊躇していた。


♪カッチ、カッチ、カッチ、カッチ…


私が封筒を手にするまでのタイムカウントのように壁かけ時計の針だけが静粛の空間に響いている。


(読まないと失礼だよね…)


私は掛け時計を見た、長針と短針が一番下で重なっていた。


ようやく私は重い腰を上げて机に向かった、私はカバンを起こして中から封筒を取り出そうとした。


自分でも解るくらいに少しずつ私の左胸の奥の鼓動が早くなっていく。


私はカバンを開け封筒を手にした、それは生まれて初めて高校受験をし合否通知の封筒を持った感じと同じ気分だった。


(読まなくちゃ…)


私は引き出しからハサミを取り出して封を切り始めた。


♪サクッ…サクッ……サクッ


ゆっくりと封筒の口が開いていき、中には折り込まれた白い便箋が一枚入っていた。

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