第三話 『言葉使い』の罠、堕ちた鴉たち3
護は悪運を尾行していた。悪運は歩く度に人にぶつかっていた。が、相手は皆キレイな女の人ばかりで、怒られるどころか可愛いなどと言われ頭を撫でられていた。護は内心、羨ましい、正直代わってほしいくらいだと思った。
凶運寺は噂どおり、運が悪くて運が良い男だった。まぁ、そんなことを考えている場合ではないが。俺に殺気を放っている人物が二人ほどいるからな、邪魔者を消しに来たといった具合か。虚無、美咲華、帝人、アンドロイ子のところにも送られているのだろう。心配だな、美咲華とアンドロイ子、などと考えていた。
気配が近づいてきてる。護は建物と建物の隙間に入り、待ち伏せすることにした。どんな奴が来るのか。護がそう思っているといつのまにか目の前に、赤鬼の面を付けた小柄な少女とTシャツに短パンという格好をした少女が立っていた。
赤鬼の少女は淡々とした口調で言った。
「あなたで三人目」
三人目……? どういうことかと護が聞くと、赤鬼の少女が説明してくれた。
「嘘月と白百合の魔女はもう倒した」
「……なっ! 嘘だろ……」
「嘘ではない。ここに証拠の写真がある」
赤鬼の少女はそう言って携帯電話を取り出し、護に画面を見せた。そこに写っていたのは、ただの熊のぬいぐるみだった。
「待ち受け画面が証拠なのか?」
「へっ?」
赤鬼の少女は慌てて、携帯電話を操作しだした。ところがいくら待っても証拠の写真は出てこなかった。ぬいぐるみの写真しか出てこない。
「証拠は?」
護が急かすと赤鬼の少女は待って下さい、と言ってあたふたしだした。赤鬼の少女はだんだん涙目になっていた。
護はこのままじゃ埒が明かないと思い、Tシャツに短パンの少女に目をやった。目を逸らされた。……護は少し傷ついた。赤鬼の少女はまだあたふたしていた。護は可愛いな、惚れそうだと思った。
赤鬼の少女はポカンとした表情で護を見ていた。Tシャツに短パンの少女も同様に護を見ていた。護は見つめ返した。逸らされた。なぜだ? 護はいぶかしんだ。
「い、今可愛いなとか惚れそうだとか言いませんでした?」
赤鬼の少女は、付けている面以上に赤くなっていた。
「やっぱり可愛いな、赤鬼ちゃん」
護は名前が分からないのでそう呼ぶことにした。もう一人は目逸らしちゃんと呼ぼう。
「へっへっそ、そんな可愛いだなんて。瞳、ど、どうしよう」
赤鬼ちゃんは目逸らしちゃんに抱きつき言った。
「目逸らしちゃんって瞳という名前なのか」
「目逸らしちゃん?」
目逸らしちゃんは可愛らしく首を傾げた。
「さっきから目を逸らされてばかりだからな」
目逸らしちゃんは納得したように頷き言った。
「まぁ、人と目を合わせるのは恥ずかしいからね。それよりも僕は目逸らしちゃんより、瞳と呼んでほしいね。ちゃん付けでもいいけどね」
僕っ娘だと? これは予想外と護は思った。
「二人とも物凄く可愛い。だから今からデートしよう。否定されたら俺は泣ける自信がある」
護は自信満々に言った。二人はポカンとし、すぐに顔を真っ赤にした。――すごくそそられる表情だ。
「あ、あなたは何をい、言って」
「あなたなんて、積極的だな赤鬼ちゃん。嬉しいぜ」
「からかわないで下さい」
赤鬼ちゃんは怒ったように言った。が、顔を赤くしながらだったので照れ隠しにしか聞こえなかった。――もしかして脈ありか?
「デート。デートか」
目逸らしちゃんはブツブツと何か呟いていた。目逸らしちゃんは急に顔を上げて、物凄い勢いで近づいてきたので護は少々面食らってしまった。
「いいよ。デートしよう。僕はデートしたことないから、ちゃんとエスコートしてね」
目逸らしちゃんは顔を赤らめながらふわりと、恥ずかしそうに微笑んだ。それは見とれるぐらい魅力的な笑顔だった。――だから仕方ないんだ。抱きしめてしまったのは。俺の腕の中で混乱している目逸らしちゃんになんて言おうか。そして泣きそうな顔で俺を睨んでいる赤鬼ちゃんをなんて言って慰めようか――。 護はこれまで生きてきた中で、これ以上ないというぐらい思考を回転させた。が、何も思いつかなかった。護は多少動揺しているようだと感じた。
「ずるい。瞳だけじゃなくて私も抱きしめてほしい」
赤鬼ちゃんは護の服の裾を掴み、泣きそうな声で言った。護は片手で赤鬼ちゃんを引き寄せ抱き寄せた。護は今両手に花状態だ。――どうしてだろう、良いことなのに嫌な予感がするのは――。そういえば前に虚無が、幸福と不幸は表裏一体の関係で交互にやって来るものです。ですから良いことがあれば少し警戒した方がいいでしょうね、と言っていたことを護は思い出した。そして……不幸はやって来た、不吉な言葉とともに。
「言塚殿を裏切るのならばお主たちも斬る」
そう声をかけてきたのは、紫色の着物に刀を差した古風な感じの少年だった。
「『閃光騎士』! あなたがなぜここに」
赤鬼ちゃんは怯えた様子で言った。隣で目逸らしちゃんも震えていた。
「なぜだと? お主たちがなかなか連絡をよこさぬのでな。見に来た次第だ。まさかお主たちが我らを裏切ろうとするとは……思いもしなんだが。裏切り者は我が斬る」
閃光騎士はそう言って刀に手をかけた。
「ま、待ってください。私たちは別に、裏切ったわけではありません」
「そ、そうだよ。僕たちは裏切ってなんかないよ。ただ好きになった。それだけだよ」
目逸らしちゃんは言い終わると同時に、力強く抱きついた。護は安心させようと頭を優しく撫でた。
「問答無用。言い訳は聞かぬ!」
閃光騎士は力強く地面を踏みしめ、飛び込んだ。護は赤鬼ちゃんと目逸らしちゃんを突き飛ばし、右足を引きカウンターを食らわせようと構えた。閃光騎士は勢いに乗せ刀を抜き、水平に切りかかる。護は足を振り上げ、刀の横っ腹に振り下ろした。勢いを削がれた閃光騎士に向けて、護は頭突きを食らわした。
「ぐっ!」
閃光騎士はうめき刀を落とし、よろよろと後ろに下がる。護は素早く落ちた刀を拾った。
「俺の勝ちだ。侍野郎」
護は高らかに宣言した。
「す、すごい」
赤鬼ちゃんは輝かしい笑顔で護に抱きついた。目逸らしちゃんも抱きついた。護は誇らしげに当然だと言った。
「……お主なかなかやるな」
頭を抑えながら閃光騎士は言った。……笑いながら。
「何がおかしい、侍野郎」
「ふふっ。すまぬ。お主が勝ったと思い込んでいるのがおかしくてな」
勝ったと思い込んでいる? 護は意味が分からなかった。
「どういうことだ?」
「こういうことですよ」
「……っ! グハッ!」
護の体に鋭い痛みが走った。護は立っていることが出来ず崩れ落ちた。護の脇腹にはナイフが……突き刺さっていた。……なぜ、なぜなんだ――――赤鬼ちゃん! 護は心で叫んだ。
「……ごめんなさい、真実の亡霊さん。これはお芝居なのです。私たちはあなたのことを好きになったわけじゃありません。油断を誘うためだけに、好きになったようなそぶりを見せただけです」
赤鬼ちゃんは残酷な笑顔を見せて言った。護は騙されたのだ。まぁ当たり前か。俺が二人の美少女に惚れられるはずないもんな。護はそう思った。――でも、まぁ。
「ククククッハハハハハッ」
護は笑った。笑い続けた。赤鬼ちゃん、目逸らしちゃん、閃光騎士はおかしなものでも見るような顔をしている。無理もない。ナイフを刺されて笑っているのだから。
「なんであなたは笑ってるんです?」
赤鬼ちゃんは不思議そうに聞いた。目逸らしちゃんも興味深げな様子で護を見ていた。
「なんでか。決まってるだろ。……赤鬼ちゃんも目逸らしちゃんも裏切ったわけじゃないんだろう? なら斬られることもない。……よかった本当に」
護はそう言った。が……やばいな、意識が朦朧としてきた。あぁくそ、しくじったな。まぁ、いいや二人が無事ならそれでいい。俺本気で惚れたっぽいな。…………護が意識を失う寸前に護が見たのは、あっけにとられたような表情をしている赤鬼ちゃんと目逸らしちゃんだった。
護は意識を失った。『閃光騎士』光夜はいまだあっけにとられてる二人に声をかけた。
「お主たち行くぞ」
「……先に行ってください。後で行きますから」
赤鬼ちゃんこと『赤鬼面』赤鬼面子はそう言って倒れている護に近づいた。夜は一言。
「……心配か?」
「……分かりません。私は一体どうしたんでしょう? 苦しいんですとても。真実の亡霊さんを刺したことが……。光さん私はどうすればいいんでしょうか?」
「お主の好きにすればいい。こやつのそばにいたいなら、それもよし。誰も傷つけたくないというならそれもよかろう。好きにすればいい」
夜は優しい声で言った。面子は悲痛な表情を見せ言った。
「私は真実の亡霊さんのそばに……いたいです。刺したことを謝りたいです。光さん、私はこの件から降ります。いいですか?」
「あぁ、よい。我から言塚殿に言っておく」
「ありがとうございます」
「……で。お主はどうする?」
夜は目逸らしちゃんこと『愛眼』愛野瞳に声をかけた。急に話しかけられた瞳は驚いていた。
「僕かい? そうだね……僕も面子と一緒で彼のそばにいたいかな。だから僕も降りるよ。そう言っといてもらえるかい? 夜」
「あぁ分かった。ではこれで」
夜は颯爽と身を翻し、その場を立ち去った。面子と瞳は護のそばにしゃがみこみ、その身体を抱え上げ、病院に向けて歩を進めた。ごめんなさい、ごめんね、二人は仕切りにそう言い続けた。