第三話 『言葉使い』の罠、堕ちた鴉たち2
同じ頃、星空学園から離れた工場跡地には、様々な面々が集まって来ていた。
紫色の着物に刀を差した少年。
赤鬼の面を付けた小柄な少女。
白衣を身に着けたモデルのような少女。
黒眼鏡をかけた神経質そうな少年。
Tシャツに短パンというラフな格好の美少女にへらへら笑っているピエロのような少年などといった面々だ。
彼らと彼女らの前には一人の少年、言塚言語が立っていた。
「諸君たちに集まってもらったのは他でもない。『三羽鴉』と生徒会を潰すためだ。奴らは目的の妨げになる。どんな手段を使ってもいい」
言語はそこで言葉を切り、大きく息を吸い言った。
「徹底的に絶対的に潰せ」
放課後、嘘月は織姫を尾行していた。なぜだか分からないが、とても嫌な予感がする。こういうときはろくな事にならないと、嘘月は日頃の経験から学んでいた。
ザッザッと。後方から足音が聞こえる。一つではなく複数の足音が。
嘘月は織姫から離れ、脇道に入った。足音は嘘月の方について来た。オレを尾行しているようだ。『言葉使い』の差し金だろうか? ……ふぅ、逃げますか。嘘月は全速力で駆け出した。
尾行している面々も駆け出したようだ。どこに逃げよう? 嘘月はふと立ち止まった。道が二つに分かれていたからだ。二つの道の一方から人の声が聞こえる。――嘘月はどこに行った。こっちの方に逃げたと報告があった。そうかここにいれば叩き潰せるな――どうやら何組かに分かれて行動しているようですね。なら声が聞こえないほうに逃げる。と、嘘月は人がいないほうに向かった。
嘘月はその時に気づくべきだった。後方から足音が聞こえなくなっていることに。
嘘月は建設現場にたどり着いていた。しかしおかしいですね。足音が聞こえないなんて。逃げ切れたのか? いやそれはおかしい。奴らはオレがどの方向に逃げたか推測できるはずだ。道が分かれていて片側に人がいた。オレは人がいる側に行ってない。なら反対側の道に逃げたと分かるはず。それなのになぜ? 嫌な予感が膨らんでくる。もしかして嵌められた? 奴らの目的はオレをこの場所に誘導すること? だとしたらさっさと移動した方がいい。嘘月は思考を終え一歩足を踏み出した。その時、ガシャンと音がした。何だ、と嘘月は辺りを見渡したが何もない。
「……っ!」
嘘月は空を見上げた。視界に落下してくる鉄の塊が映る。嘘月は最初に地面に落ちた鉄の塊を盾にして、次々と降り注ぐ鉄の塊をやりすごし、それから周辺の様子を伺った。
近くに人の気配がして、嘘月が目を移すとそこに言塚言語が立っていた。
「まず一人目」
言語はそう言って、鉄パイプを振り下ろした。嘘月は即座に懐から自作のナイフを取り、刃先を跳ね上げるようにして鉄パイプの先端を弾く。そして、その勢いのまま言語に背を向け、全速力で駆け出した。
「オレがまともに戦うとでも思った? そんなわけないでしょ? オレは引き際を心得ているからね。逃げさせてもらうよ」
――という捨て台詞を残して。
言語は唖然とした表情で立ち尽くしたが、すぐに我を取り戻し周辺にいる手下に連絡を取った。
「嘘月が逃げた。建設現場周辺を隈なく探せ。それと『――――』を用意させろ。必要になるかもしれない」
言語は相手の返事も聞かず携帯電話を切り、嘘月の後を追った。
美咲華は大地を尾行していた。とその時、美咲華の目の前に輝代が飛び込んできた。驚いている美咲華に向かって、輝代は携帯電話の画面を見せてきた。そこには血塗れの姿で倒れている嘘月が映っていた。
「な、何をしたの!」
そう叫ぶ美咲華を嘲るように輝代は答えた。
「嘘月に、鉄の塊、落としたり~」
鉄の塊……? そんなものを落としたというの?
「やりすぎですわ。そんなの」
美咲華はそう言った。しかしそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、輝代は首を振って冷たい目で宣告した。
「この次は、あなた様の、番なり~」
そう言うなり輝代は、ナイフで切りかかった。美咲華は後ろに飛んで避け、全速力で逃げ出した。美咲華は巫女服のような格好をしていたので走りにくく、すぐに追いつかれ、背後から飛びかかられてしまった。そしてうつぶせに倒された。
輝代は美咲華の背にナイフを振り下ろしてきた。美咲華は左手の袖でナイフの側面を叩いて軌道を逸らし、その勢いのまま体を捻り、輝代の顔に向かって右拳を突き出した。が、避けられてしまった。美咲華は立ち上がって、懐から扇子を取り出した。
「そんなもので、一体何を、するのです~」
美咲華は答えずに構えた。輝代は最初から返事など期待してなかったのか、勢いよくナイフを突き出してきた。美咲華はその勢いを殺さないよう、ナイフの側面にそっと扇子を添えて軌道を逸らし、動きに合わせて右手を前に突き出した。
輝代は避けようとしたが遅く、美咲華の拳は鳩尾を捕らえた。輝代はナイフを取り落とし、痛みを堪えるように蹲った。この勝負美咲華の勝ちのようだ。
美咲華は安心して、とりあえず虚無を助けに行こうと決めた。だが美咲華は動くことが出来なかった。突如として全身を覆い尽くすような衝撃が走ったからだ。美咲華は何が起こったのか理解できず、無様に膝をついた。
「油断大敵ー」
そんな声が辺りに響いた。いつからいたのだろう。美咲華の背後にピエロのような格好をした少年が立っていた。
「道化様、少し来るのが、遅いです~」
輝代は怒ったように言った。
「ごめんねー夢ちゃん。少し道に迷っちゃってさー」
道化と呼ばれた少年は、場にそぐわない明るい口調で言葉を返していた。
「……」
輝代が少年に気を取られているうちに、美咲華は自分の不利な立場を悟り、逃げようと足に力を込めた。だが動けなかった。力が入らない? どうして? 困惑する美咲華に向けて言葉が発せられた。
「無駄だよ。力入らないでしょ? そういう薬を君に注射したから。二、三時間は動けないだろうね。どう怖い? でも安心して。すぐに眠らせてあげるから」
少年は無邪気に笑っていた。美咲華の負けだ。もうどうしようもない。油断大敵……本当その通りだわ。と、美咲華は心の中で苦笑して呟いた。
「おやすみ」
少年はそう言って美咲華の首にトンと手を当てた。
ピエロのような格好をした少年、道化舌道化は美咲華が気を失ったことを確認し、息をついた。そして輝代は言語に携帯電話で報告をした。
「言塚様、黒闇美咲華、潰したり~」
「そうか、よくやった夢見。さすが俺の右腕だな」
「私めじゃ、道化様が、やりました~」
「道化がか。それでも夢見、お前もよくやった」
輝代は嬉しそうだった。その様子を道化は複雑な表情で眺めていた。輝代は電話を切り、道化に頭を下げその場を去った。道化は輝代の姿が見えなくなるまで動かなかった。道化は電話をかけ、相手が出たのを確認し口を開いた。
「救急車をお願いしたいのですが、場所は――」
道化は美咲華を見やり、満欠虚無も病院に連れてかないとなぁ、と呟いた。そして道化はこれから起こる事に思いをはせた。
「どうやって言語を止めよう」
そして空を仰ぎ見るように盛大に深々とため息をついた。
だから――道化は気づかなかった。美咲華が微かに目を開けて自分を観察していることに。