第二話 四人四色な部員が集う
あれから一週間、織姫は部室で憂鬱な気分に陥っていた。この一週間、満欠虚無は織姫の行く先々に現れ、馴れ馴れしい態度で接していた――それに一々答える私もどうかと思うが。お人好しにもほどがある、なんていい奴なんだ私――と織姫は思った。織姫は、ほとほと参っていた。そこで今日こそ、満欠虚無を問いただすことにした。天道に頼んで、校内放送で呼び出してもらい、部室で奴が来るのを待っていた。だが、一向にやってくる気配がない。おかしい、確かに呼び出したはずだ。なぜ来ない。などとイライラしていると、ノックの音が聞こえてきた。やっと来たかと息を吐き「入れ」と呼びかけた。
「何のようですか?」
嘘月は入ってきて早々織姫に尋ねた。
「ん? そうだね。それじゃ、さっそく聞くとしようか。満欠虚無、君は何でこの一週間私に付きまとったりしたんだい?」
嘘月はすぐに答えた。
「それはね織姫さん。オレは君に依頼したいことがあって会いに行ってたんですが、恥ずかしくてなかなか言えなかったんです。それが理由です。納得していただけましたか? あと別にフルネームで呼ばなくてもいいですよ。通称もしくは名前で結構です」
「そうかい。それじゃ嘘月と呼ばせてもらうことにするよ。それにしても恥ずかしい、か。 君にそんな感情あったのかい?」
「ありますよ。当たり前でしょ? これでも一応人間なんですから」
「それもそうか。まぁ、聞きたいことも聞いたから、もう帰っていいよ」
織姫はそう言い、部員が来るまでの間どうしようかと思っていると、
「織姫さん。ついでですし、依頼してもいいですか?」
と聞いてきた。織姫は部員が来るまで、やる事もなかったので了承した。
「ありがとうございます。オレは最近好きな人が出来たんですが、その人と付き合いたいと思ってまして。オレを好きな人と付き合わせてください」
織姫は少し驚いた。嘘月に好きな人がいるとは。なんせ嘘月は、悪い噂に事欠かない男だ。しかし、そんな嘘月も恋人ができれば多少は性格が緩和されるだろうと思い、快く引き受けることにした。
「ん、分かった。その願い、叶えられるように頑張ろう」
なぜか嘘月はその言葉を聞いた瞬間、ニィッと口の端を吊り上げた。織姫は嫌な予感がし、口を開こうとした。だが少しばかり遅かった。
「それじゃ織姫さん、明日オレとデートしましょう」
……嫌な予感が当たって、織姫は驚いた表情を浮かべた。それとは逆に嘘月は、とてもいい笑顔で織姫を見ていた。嘘月は優しげな表情に変え言った。
「オレが好きなのは君なんですよ。織姫さん」
不覚にもその笑顔に言葉に、織姫はときめいてしまった。そのことに気づき織姫は動揺した。なんで私がこんな奴に……ん、まぁ見た目は悪くはない。そのつやつやしていて、さわり心地の良さそうな漆黒の髪に、鋭どいながらも愛嬌のある目に、尖った犬歯に美しい弧を描いたような唇、まるでどこかの貴族のような風貌……って私は一体何を考えているんだ。そんな場合じゃないだろう。とりあえず深呼吸だ。ふぅー、よし落ち着いた。さて、嘘月の告白に返事をしなければ。織姫は思考を終え答えた。
「嘘月、私には好きな人がいる。だからお前とは付き合えない」
嘘月は、だからどうしたと言わんばかりに、不敵な笑いをして。
「ククッ何をバカな事を。織姫さん、君は言ったでしょう。叶えられるよう努力すると。だから叶えて貰いますよ」
と嘘月はポケットから、ある物を取り出した。
「叶えてやるとは言ったが、相手が私である場合は話は別だ」
と織姫は言い、嘘月がポケットから取り出したものに目を向けた。それはナイフだった。嘘月は狂気に満ちた笑顔で、ナイフを弄びながらこう言った。
「織姫さん、君は信頼されている。オレみたいなクズとは違って、ね。でもね、それを崩すのは簡単なんですよ。このナイフを使えばね。君は叶えてやると言ったが、オレが君を好きだといった途端、手のひらを返したようにムリだと言った。それも当然ですよね。君には好きな人がいるんだから。……それともオレみたいなクズと、付き合うというのが反吐が出るくらい……イヤだった?」
「何で君は、自分を卑下するようなことを言うんだ」
と言いながら織姫は、後ずさった。
「オレがクズなのは周知の事実だよ。それにね、オレは君にこれからひどい事をしようと思ってるんだよ。そんな奴がクズではないと言えるかな?」
「ひどいこと? 何だそれは?」
と織姫はナイフから目を離さず聞いた。
「ククッ、決まってるでしょ、そんなの。このナイフで、君がオレを刺すんですよ。そしたら君は傷害事件の犯人だ。今まで築き上げたものが崩れるだろうね」
嘘月はそう言って、織姫に近づいた。織姫は扉に向かって逃げようとしたが、一足早く嘘月が織姫の手を掴んだ。嘘月は織姫の手にナイフを握らせ、自分を刺そうとした。そのとき部室の扉が開き、部員たちが入ってきた。
時間は少し前に遡る。そこには部室に向かう三人組、荒鷲静と最下大地、そして凶運寺悪運がいた。
「アタシってば、また教室の扉壊しちゃってさぁ。先生にすごく怒られたんだよね。アタシが悪いわけじゃないのにさぁ、少し触ったくらいで壊れる扉が悪いと思うんだよね。そこんとこ、どう思う静」
「普通、扉は触ったぐらいじゃ壊れない。よって大地が馬鹿力なのが悪い」
「えーひどい。アタシってば、か弱い美少女なのにさぁ」
「……大地を指す言葉は、怪力美少年というのが相応しい」
「悪運までぇー。アタシのどこが、怪力美少年だぁ。せめて美少女って言えー」
「さすが悪運。ここまで大地に相応しい言葉は、他にはない」
「……それほどでもない。僕は思ったことを言っただけに過ぎない」
「二人とも酷い。アタシだって……女の子なんだぜ。怪力美少年と言われるよりも、可愛いとか思わず抱きしめたくなるほどに愛くるしいね、とか言われたいのにさぁ」
「……大地、これから言うことをよく聞いてほしい」
「えっ、何?」
「……僕は女の子にも関わらず、男子より力があって、髪も短く、胸もペッタンコで」
「ペッタンコ言うなぁー」
「……男子の服装をしたら、完全に男子にしか見えない」
「悪運、アタシ怒ってもいいよね」
「……そんな大地のことが好きだ」
「……えっ? 悪運、何言って?」
「……正直に言おう。僕は大地を愛してる。少し触ったぐらいで物を壊してしまう怪力なところ。女子の服装よりも、男子の服装が似合うところ……」
「静、これってアタシの悪口だよね?」
「そうか? 俺には素敵な告白にしか聞こえないが」
「静に聞いたアタシがバカだったさぁ」
「……そして誰よりも可愛くて女の子らしいところが僕は大好きだ」
「なっ! か、可愛いって! えっあっうー」
「……照れてるのか? 大地のそういうところもとても可愛い」
「うー。あ、悪運もう黙って。は、恥ずかしいし」
「ほう? 初めて見たな。大地がこんなに照れてるのは。さすが悪運、大地の可愛さをここまで引き出せるのは、お前しかいない」
「……それほどでもない。僕は思ったことを言っただけに過ぎない」
「さっきも同じこと言ってたのに。受ける印象が全然違う」
「……それが僕のクオリティ。大地、僕と付き合おう。否定は許さない」
「否定はしない。えーとこんなアタシだけどよろしく、悪運」
「よかったな。悪運、大地。お前たちが両思いなのは知っていたからな。いつ付き合うのか、俺は待ち遠しかったぞ」
「えっ? 静、アタシが悪運のこと好きなの知ってたの?」
「ああ、知ってたぞ。ちなみに悪運の場合は、普通に聞いてたから知っていた」
「悪運お前、アタシのこと好きって言ってたのか?」
「……ああ。あと、織姫も歪も知っている。それに大地が僕を好きなのも、みんな知っていた」
「みんな? 悪運も知ってたのか?」
「……当然、知っていた。僕の写真を、肌身離さず持ち歩いていることも」
「っ! 何で知ってるのさぁ?」
「俺が説明しよう。お前の財布から金を借りようと思って、開けたら見つけた」
「アタシの金を盗んだのは、お前たちか」
「……盗んだのではない。借りただけだ」
「なら返せ」
「……そのうち返す」
「ねぇ~、みんな、なぁにやってるの~」
「ひゃっ。何だ、歪か。びっくりした」
「……ひゃっ、とか可愛い」
「可愛いとか言うなー」
「静~、この二人、雰囲気変わったぁ~?」
「ああ、今さっき二人は、付き合うことになった」
「そうなの~。おめでと~」
「あ、ありがとう」
「……歪。今日も絶妙なスカートの長さだな。めくっていいか?」
「悪ー運ー。何いってるのさぁ」
「……冗談だ。大地のスカートをめくることにしよう」
「ダメだ!」
「……なぜだ?」
「人前じゃ恥ずかしいからだ。でも二人っきりの時ならいい」
「……二人っきり。いい響きだ」
「いちゃつきすぎ~。二人とも~、もう部室に着いたよ~」
「アタシはいちゃついてない」
「……僕たちはラブラブだからな」
「恥ずかしいこというなー」
「さすが悪運。惚れ惚れするくらい、いさぎよい」
そう言って静は、静かに扉を開けた。……ダジャレではない。
織姫は扉の方を見た。そこには織姫が恋する副部長の静と、大地、悪運、歪がいた。そちらに嘘月が気をとられた隙に、織姫は静たちの方へ駆け出した。静は驚いた様子で言った。
「何でここに嘘月がいる?」
「事情は後で話す。それより、早く天道先生を呼んできてくれ」
と言った。状況が飲み込めないまま、それでも大地がいち早く駆け出そうとした。が、嘘月はそれに対して、なぜか呆れた表情を浮かべていた。そしてため息をつきながらナイフを、自分に刺したのだった。織姫たちは驚き硬直したが、さらに驚くことに嘘月からは、血は一滴も流れなかった。
織姫は唖然とした表情を浮かべ、一言どういうことだ、とつぶやいた。嘘月はそれに対し言った。
「だってこれ、おもちゃですし」
「おもちゃだと?」
「えぇ、まるで本物みたいでしょう? 作るのに苦労しましたよ。三日三晩じっくり、眠らずに作業しましたから」
「嘘月、まさか君はわざわざこんなことをするために作ったのか」
「当ー然、そうに決まってるでしょ。どうでもいい事に労力を割く。それがこのオレ、満欠虚無のモットーですしね」
嘘月はそう言って、部員一人一人を見た。
――最初に入ってきた、肩まで届く白い髪に、四角い銀縁眼鏡を掛けた男。あれが荒鷲静、通称『彦星』か。情報としては、織姫さんとお似合いの人で”さすが”が口癖。どうでもいい情報だ。
次に凶運寺悪運、通称『不幸なる奇跡』。短い黒髪にくせ毛、眠たげな目に、背の低い猫背な男。運が悪くて運が良いという、つっこみたくなるような噂の持ち主だ。詳しくは知らない。
そして最下大地、通称『地才少女』。黒髪のショートに、勝気な目、ボーイッシュな雰囲気を併せ持つ、胸がまっ平らな美少女。男子五十人に一人で立ち向かい、無傷で勝利したという武勇伝を数々持つ、漢らしい怪力少女。
最後に写世歪、通称『歪んだ世界』。腰まで届く虹色の髪に、大きな丸い目、ボーッとした雰囲気の美少女。見えそうで見えない、絶妙なスカートの長さで有名。男どもに必ずめくりたいと言わせるその長さは、神の所業とまで言われている。
確かにこれは、めくりたくなるスカートの長さだ。めくりたい、めくってみたい。クッ、我慢できない――嘘月は逸る気持ちを抑え言った。
「写世歪さん、お願いがあります」
「なぁ~に~?」
「スカートをめくらせてもらってもよろしいですか?」
嘘月はドキドキしながら、反応を待った。
「ん~、いいよ~。君、かっこいいし~」
嘘月は思わず、よしっと言っていた。しかもかっこいいと言われるとは。男でよかったと、生まれて初めて嘘月は神に感謝をした。それでは思う存分めくらせて貰おうと近づいたところで、強い衝撃が嘘月の肩を襲った。デジャブッッ!
何事だと思い、衝撃が来た方を見て、嘘月は後悔した。そこにイスを掲げ仁王立ちしている、織姫がいた。ニコニコしているが目が笑ってない。こんな表情も出来たのか、と嘘月は思った。織姫はイスを掲げた状態で、ゆっくりと嘘月に近づいた。まるで獲物を見つけた、捕食者のような足取りだ。
「織姫さん。一体どうしたんですか?」
「歪のスカートをめくりたいだと? ふざけるな! 歪のスカートをめくっていいのは、私と大地だけだ!」
「織姫さん?」
「みんな、やれ!」
「アタシたちの歪に手を出す奴は、生かして置けないさぁ」
「俺らの歪に手を出したことが運のつきだ」
「……僕らの歪、まじ可愛い」
一人だけ違ぇっ! ゴホン……これは少々面倒くさいことになりましたね。と嘘月は心の中でため息をついた。