第一話 対極な二人が出会う
登場人物多めです。
「織姫さん、ありがとうございました」
「あぁ、何かあればいつでも来てくれ。私は歌絵さんの味方だからな」
「はい。あっ、明日また来てもいいですか?」
「んっ? まだ何か『願い』でもあるのかな?」
「あっ、いえ、そういうわけではありません。ただ織姫さんとお話したいだけです。だめですか?」
「いや、だめではないよ。私も歌絵さんと話したいと、常々思っているからね。明日が来るのが待ち遠しいよ」
「私もです。それでは失礼します。また明日」
歌尾歌絵はそう言って、部屋を出て行った。部屋というのは『願いを叶える部』通称『願え屋』の部室のことだ。その『願え屋』の部長である笹乃葉琴、通称『織姫』は、歌絵が出て行った後、退屈そうにあくびをした。
ここ星空学園では生徒たちには全て通称が与えられている。通称は、入学してから最初の終業式までの生徒の生活態度によって、夏休み終了後、始業式の日に担任の先生自らが決め与える。
織姫は入学してすぐに『願え屋』という部活を作り活動していた。活動内容はその名の通り、依頼者の願いを叶えることである。『願え屋』では依頼のことを『願い』と読んでいる。発案者は織姫だ。その結果『織姫』という通称を与えられた。ちなみに歌絵は『囁きの歌姫』と呼ばれている。実際に音楽コンクールで何度も優勝した経験を持つ実力者でもある。
――ピーガガッ。あーよく聞けクズども。もうすぐ下校時間になる。今日は、私がクズどもが残ってないかの見回りをしなければならない日だ。もしクズどもに何かあったら責任をとらなければいけない。私は悪くないにも関わらずだ。そうなったら私は……泣いちゃうぞ、ぴーぴー泣くぞ悲しくて泣くぞ。お前たちに何かあったら嫌だと思って泣くわけじゃないぞ。責任を取るのが嫌だから泣くのだぞ。だからさっさと帰るように以上…………寄り道せずに帰れよ。私の大切なクズども――
「もうそんな時間になるのか。それにしても生徒をクズどもとは、天道先生は口が悪いな。生徒が帰らなかったら泣くのか……見てみたい気もするな。天道先生は美人だから、良い画になるだろう。というか、こんなことを考えてる場合じゃないな。暗くなる前に帰らないと」
一人ブツブツと呟きながら織姫は部室の外に出て、ドアの鍵を閉めた。鍵を職員室に返しにいこうと歩き出したところで、強い衝撃が織姫の肩を襲った。何が起きたのか分からず、織姫はみっともなく廊下に尻餅をついた。呆然としていると目の前に手が差し伸べられた。その手を掴みながら立ち上がると、そこに男が立っていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。すまないな、手を貸してもらって」
「いえ、オレがよそ見をしてたせいで、君にぶつかってしまったんです。すみません」
そう言いながら男は、頭を下げるようにしてうつむいた。
「別に謝らなくていいよ。誰にでも失敗はあるものだ。気にしなくていい。だから頭を上げて構わないよ」
そう言っても男は頭を上げようとしなかった。どうしたらいいのか考えていると、カツカツと音が聞こえてきたので振り返ってみた。そこに上下迷彩柄、ポニーテールの丸メガネをかけた、まるで女神のような美しい女性がいた。さっき校内放送をしていた――天道日向先生だ。
「おい織姫、何でまだ校内にいやがる。さっさと帰れと放送したろうが」
「天道先生いいところに来たね」
「いいところ? 何かあったのか」
「ん? いやね、今さっき廊下で人とぶつかってしまって。頭を下げられている所なんだ。私は気にしなくていいと言ってるんだが、頭を上げてくれなくてね。どうしたらいいかな、天道先生」
「私に任せろ。おい、お前、織姫が気にしなくていいと言ってるんだ。さっさと頭を上げて帰……!」
なぜか天道は男の顔を見て、うんざりしたような表情をした。
「天道……先生?」
「……よりによってこいつとぶつかりやがったか」
天道は引きつったような顔をしながら、ため息まじりに言った。織姫は男を見た。男は笑っていた。静かに楽しそうに、それでいて背筋が凍るような暗く深い闇をその目に携えて。織姫は一瞬とはいえ目をそらしてしまった。そんな織姫に天道は一瞬だけ目をやり、後は男を見つめていた。
「少し、照れますね。日向さんみたいな綺麗な人に見つめられると」
この男のまとうオーラが不安定なことに、織姫は困惑していた。一体何なのだろう、この男は?
「どうやらそこのお嬢さんは、オレのことを知らないようですね。教えてあげたらどうですか? 日向先生?」
天道はその言葉を聞いて男を睨むようにしながら、織姫に向かって口を開いた。
「……こいつはあの『三羽鴉』のリーダーだ」
「……っ!」
この男が、あの悪名高き『三羽鴉』のリーダーだと。まさかこんなところでお目にかかれるとは……悪名高き名前ばかりが先行して、ほとんどの生徒が姿形を実際に見たことがないというような存在だったからな。だが同時に納得できることもあった。この男の不安定さに。
『三羽鴉』というのは、学園中から忌み嫌われている『嘘月』こと満欠虚無、『白百合の魔女』こと黒闇美咲華、『真実の亡霊』こと守護の三人の総称のことだ。
これは困ったことになった。こいつらは目的も信念もなにもなく、他者の心を蹂躙し弄ぶような連中だ。何事もなければいいがそんなわけにはいくまい。ここは頑張りどころだぞ。私なら大丈夫だ。お前はやれば出来る子だ。そうだろ私。
さいわいここには『日昇れば影落ちる(クールダウン)』と謳われた天道先生もいる、と織姫は思った。男は視線を平然と受け止め、笑いながら言った。
「クククッ、そんなに警戒しなくてもいいですよ。オレは今はまだ、何もする気はありませんしねぇ。クックック」
「今はまだってことは、この先何かするつもりなのか?」
「さぁ? どうですかね」
男はバカにしたような笑みを浮かべ、肩をすくめる動作をした。織姫は無性に腹が立ち、気づいたら衝動的に男の顔を殴っていた。織姫はスッキリした。そして天道先生と向き合い、ハイタッチをし、まるで長年の戦友のような握手を交わしていた。男はうずくまりながら立ち上がり、織姫たちを見て不敵な笑いをこぼした。
「いきなり暴力をふるうとは思いませんでしたよ。オレは何もする気はないと言ったのに」
男はそういいながら飽きたような表情を浮かべ、くるりと織姫たちに背を向け、手を振りながら言った。
「そろそろ帰ることにします。あまり遅くなると美咲華に怒られるのでね。それとひとつ忠告を。『言葉使い』には気をつけて。じゃないと取って喰われることになりますから。それじゃまた会いましょう」
男はそう言って、あまりにもあっさりと帰っていった。織姫は男を殴ったが、勝った気はしなかった。織姫と天道の間には、ただただ敗北感だけが漂っていた。
これが笹乃葉琴と満欠虚無との最初の出会いだった。