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猫の目が笑う  作者: お茶。
ハサミ男編
1/1

OP


相応しく無い人間と親しくなってはいけません。


金持ちだからって調子に乗るな。


アナタは大切な跡継ぎなのよ。


大人に媚び売る嫌な奴。


ちゃんと解ってるわよね?



嗚呼、面倒だな。

大人の醜い感情も、周囲の嫉妬も。

まるで牢獄の様な家で過ごす日々。

冷めた学校生活。

我ながらよく堪えている。

そもそも家柄がなんだと言うんだ。

自分は遊びたい人間と遊んでいただけなのに、親は血相を変えて手を引っ張る。

自分は媚びなんて売っていない。

周りの大人達が自分に優しくする理由は恩を売りたいだけだからだ。


汚い。

醜い。

気持ちが悪い。


吐き気が止まらない。

子供は親を選べない。

黙って歪んだ親の愛情を受けるしかない。

幼いながら、それを当たり前の様に流して来た。

なんて可愛げのない子供なんだろう。

そう思われても仕方が無い環境だった。


探偵である叔父に出会うまでは。




























「ねぇ、聞いた?B組の三宅さん」



一回り小さめの弁当箱に詰められたおかずのミートボールをフォークに刺したまま、

女子生徒の一人が口を開いた。

彼女は何時も昼食を一緒に食べる四人組の一人であり、

今時の女子高校生を絵に描いた様な身なりをしている。

又、四人組の中では比較的お喋りな方で、少し口が軽い所もある。

彼女はしっかりとアイメイクを施した大きな目を瞬かせ、

そして周りに聞こえない声でこう言った。



「昨日、例の不審者に襲われたんだって!」



きゃーっ。嘘?マジで!?

少し溜めて話した事により注目していた他の二人は在り来たりな悲鳴を上げる。

彼女が言う例の不審者とは、一ヶ月程前から学校近辺に出没している『ハサミ男』の事だ。


某アイドルグループと同じ様な赤いチェックのスカートと紺と金のブレザーが可愛いと評判の私立笠山高校は

男子生徒よりも女子生徒の数が多く、ほぼ女子高と言っても可笑しくは無い。

その分、力関係は数の多い女子が圧倒的に上であり男子は基本ひっそりと過ごしている。


そんな中で突如起きた『ハサミ男』事件。

詳細は下校中の女子生徒の髪を鋏で切り落とすと言うシンプルながら悪質なモノ。

又、笠山高校の女子生徒のみが狙われている事から学校側は警察に近辺の巡回を依頼した。

しかし、巡回しているにも関わらずまた被害者が出てしまった。

その為校内では「警察も当てになんないわねー」と愚痴を零す生徒も多い。



「私怖いから、今日学校終わったらショートヘアにしようと思うの」


「絶対、その方が良いよ!」


「私もショートにしようかなー。

篝は良いよねー。ロングじゃないもん」



誰よりも早く弁当を食べ終え、コンビニで買ったスナック菓子を頬張っていた南条なんじょう かがりは間の抜けた声で返事をした。

「人当たりは良いのに、何処か抜けてる」と言われ続けているだけあって周囲から反感を買う事は少ない。

寧ろ、「篝なら仕方がないよー」と諦められている。

そんな篝は外バネが特徴的なミディアムヘアでハサミ男が狙うロングヘアの女子生徒では無い。


そう。

ハサミ男が狙うのは何故かロングヘアの女子生徒ばかりだ。

一人目は三年生の家庭科部部長。

二人目は一年生のテニス部。

そして、三人目は今話に登場した同級生で美術部の三宅。


三人の被害者は全員背後から髪を項辺りまでバッサリと切り落とされたらしい。

時間はものの数秒で部活帰りの為辺りも暗く、170cm代位の男だと言う証言以外は酷く曖昧で犯人は未だ野放しの状態だ。

そんな状況を怖がってロングヘアからボブやショートの髪型に変える女子生徒も多々見られる。



「いっその事、男装する?

D組の西野みたいに!」


「えー…流石にそれは無いってー!」


「てか、西野もロングヘアだよね」


「あんなの不審者でも狙わないよー。

痛々しいじゃん?」



ギャハハハッと笑う三人に篝は少しだけ眉を潜めた。

けして彼女達は悪い人間では無いのだが、篝は他人を馬鹿にした笑いが好きではない。

しかし、それを彼女達に向かってハッキリ言わないのは仲間外れにされたくないと心の何処かで思っているからだ。


西野(にしの) (あおい)


入学早々から話題になっていた女子生徒の名前。

赤のチェックに対して男子の制服は青のチェックのズボンに女子と同じ紺と金のブレザー。

新入生の女子全員が可愛い制服にはしゃいで居る中、一人だけ堂々と男子の制服を着ていた猫目の女子生徒。

それが、西野だった。



男装なんて痛々しい。


俺女って奴か。


中二病?気持ち悪ー。



早速、学年問わず話題のネタにされた西野は周囲から向けられる視線も気にせず、翌日も翌々日も一週間、一ヶ月、一年。

そして、二年生に上がった今でも男子用の制服で通学している。

普通ならば生徒指導の教師が渇を入れる所だが、何故か西野だけ指導が入らない。

それがまた周囲から嫌われる一つにもなっている。


色白美人なのに勿体無い。


篝はD組で今日も教室の隅で携帯を弄っているであろう西野の姿を思い浮かべ、少しだけ溜め息を吐いた。



























「じゃじゃーん。

今日のメインは和風ハンバーグだぜー!」



そう言って茶髪ピアスつり目の三拍子が揃った男子生徒は花柄がプリントされた弁当箱の蓋を開き、自動販売機で買ったパックジュースを飲む西野に向けて弁当箱に詰められたおかずを披露する。

ズルズルとパックジュースの中身を半分飲み切った後、西野は「解ったから、さっさと渡せ」と半分奪う形で弁当箱を受け取った。

オプションなのか白米には桜澱粉で兎の形が出来ている。


要らぬ世話を。


此処が教室では無く、人気の無い校舎裏で安心した。

内心ほっとしながら、律儀に手を合わせ弁当箱と同じ花柄の箸で黙々と弁当の中身を口へ運んでいく。



「どうだ?

我ながら上出来だと思うんだけど」


「桜澱粉の兎が無けりゃ、最高だな」


「そりゃ、アレだ。

妹二人分プラスお前と俺だぜ?

次いでにみたいなノリでやっちゃうんだって」



全く言い訳になっていない。

隣で弁当の包みを広げる男子生徒を横目に西野はどんどん食べ進める。

慌てて食べると消化に悪いのは解っている。

しかし、只でさえ食べるのが遅い自分にはこの短い昼休みの内に昼食を終える事は難しい。

ましてや他人が作った物なら、残す訳にもいかないのだ。



「玉子焼き…味付け変えたのか」


「あ。解る?

出汁の素から白出汁に変えたんだけど、どうだ?」


「アタシは前の方が好きだな。

ちょっと辛い」


「じゃあ、明日から戻す」



まぁ、これもこれで美味しいけどな。

相手に聴こえない様小さく呟き、西野は二個目の玉子焼きを口に放り込んだ。



「そういや、ウチのクラスでも遂に被害者が出たみたいでさ。

そろそろ捕まえねーとヤバイんじゃね?」



そう言いながら、男子生徒は白米を豪快に掻き込む。

男子ならではの許された食べ方に少しだけ羨ましいと感じた事は伏せておき、西野はスッと目を細めた。

警察が毎日巡回していると言うのに現れるハサミ男。

狙われるのは笠山高校に通うロングヘアの女子生徒だけ。

項まで切った髪は一体、何に使われるのか。

それとも只、無意味に切っているだけなのか。

一時、学校周辺の美容室で働いている美容師では?と疑われていた事も有ったが、犯人は170cm代の男性。

其処の美容室のスタッフは9割が女性で唯一の男性スタッフも170cm代には届かない小柄な人だった。

何より商売道具の鋏は美容室以外使えない決まりになっている。


だとすれば、神出鬼没の犯人を現行犯で捕まえるしか無い。



「お前の叔父さんが生きてりゃ、こんな事件パパーッと解決すんのにな」


「アタシじゃ役不足って言いたいのか?」


「そうじゃねーけど、お前って服装からして浮いてるだろ?

情報収集マトモに出来てるのか?」



それは…と少し口籠る。

入学早々から男子用の制服を着て登校した女子生徒など誰も相手にしたくない。

孤立するのには慣れている。

しかし、こう言った場面ではやはり周りの繋がりが無いと不自由だ。



「まぁ、俺も出来る限りの事はするから気にすんな!」



じゃあな。

いつの間にか空になっていた弁当箱を包み直した後、男子生徒は西野の頭を軽く撫でてから教室へ戻って行った。


アイツは何時もそうだ。

御人好しにも程がある。


自分とは全く違う環境で育った彼は友人も多い。

それなのに自分を気にかけてくれる。

例え彼の友人達が連るむのを止めろと注意しても、彼はきっと止めない。

そう言う男だ。


昼休み終了まで後十五分。

西野は止めていた箸を進め、チャイムが鳴る五分前に漸く弁当の中身を平らげた。






2012/08/18 *

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