白の証明
廊下を抜けるとそこはトイレだった。トイレの底は白かった(すこしくすんでるけど)。
俺は個室に入り、戸を閉める。目の前の扉は金具で固定されているため地面からも天井からも浮いている。キューブリックの映画にこういう浮いてる立方の固まり出てきたよね、モノリスって言ったっけ。まぁ、このモノリスにはもれなく落書きが付いてきてるんだけど。
『川邉 絢一郎 ここに参上!』
こう言うのよくあるよね、だいたいその下に電話番号とか書いてあるの、電話しちゃうぞ☆というのは嘘で、こんな大学の、しかも誰も来ないような端っこのトイレで存在証明してどうするんだろう。バカじゃないの?(っていうか、この人なんて読むの?カワナベジュンイチロー?)
ハイ、今から俺はタバコ吸いまーす!条例でキャンパス内の全ての喫煙所が無くなったからね、ニコチン中毒の俺はもう我慢できないので金八先生の生徒みたいにここで隠れて吸います。と、俺はタバコを吸うふりをする。吸ったことすらない。これからも吸うつもりはない。たぶん。じゃあ、俺はこんなところで何をしてるか、って言うと今からごはん食べます。いただきます!
トイレでごはん食べるのは少し抵抗あったけど、慣れたらどうってこともないもんだった。というか、このトイレ、立地的な問題でほとんど使われない事がわかった。トイレの入口の扉に小さい紙を挟んで実験をしてみたのだ。一週間のうち、その紙が落ちた=人が入ったのは水曜日のみ。つまり、一週間に俺以外、一人しかこのトイレには入らないのだ。いや、用務員さん掃除しに来いよ。
ということで、俺は清潔で適度にスペースがあって、なんとなく好みの薄暗さで、なんとなく座り心地が良くて、そして清潔なトイレに座って今日もメロンパンを頬張ってコーヒー牛乳を飲み干す。これで230円。安いもんです、ありがとうヤマザキと雪印。
3分で食事は終了。昼休みは50分。残り47分はだいたいここで本読んだり、予習したり、ぼっーっとしたりしてる。気分がよければ外をさまよう。もっぱら人がいないこの階か大学の裏門からちょっと歩いた公園に行く。そこにはちょっとした池とションベン小僧がある(ションベン小僧って永遠に排尿するんだよね、それってすげえ)。そこのベンチに座って日光浴したり、軽くストレッチみたいなものをすることもある。
村上春樹的に言うと、『アナタは今、トイレの個室に入っている青年を天井の視点から眺めている。青年は気怠そうに立ち上がり、扉を開ける。扉は静かに開き、青年は外に出て、小さな窓を開けた。春を告げる眩しさがトイレを~』って感じな行動を起こしてみた。個室から出て窓を開けただけです、ハイ。下を見ると、テラスが広がっている。あぁー今日もみんな外で楽しそうに食事してますねえ、いいですねえ、楽しそうですねえ。
勢いよく俺は扉を閉め、トイレを後にする。なんとなく、今日はここにいたくなかった。今日は4時限まで。まだ講義が始まるまで40分あるけど3時限の教室に向かう。3分もかからずに教室につく。200人程度が入る中規模の教室。中は次の講義を受けると思われる生徒たちの食事場として6割満たされている。この酸素が薄い中で色んな弁当の臭いが充満する教室の臭いはキツイものがある。だから、スタミナ弁当はやめろってーの。
俺は一番後ろの列に座り、イヤーフォンを耳に付け、騒音をシャットアウトする。ナウ・プレイング・POWER OF DREAMS。90年代初期にアイルランドのインディーズロックバンドだ。たぶん、日本で聴いている人は100人もいないだろうな、って思う。そして机に突っ伏して視覚からの情報もシャットアウト!おやすみなさい!
次に俺が目覚めたのは、何かが肩に接触してる感覚を捉えた時だった。視界を開くと面倒臭そうにプリントを差し出す女性の姿、これはいけない、どうやら授業が始まってしまったようだ。
「ありあとぅざぁまず」
と、謎のお礼をして俺はプリントを受け取る。前の女性は何のリアクションも無しに隣の友人らしき人物と話の続きを始めた。『生物学6・佐藤良美』どうやらこの講義の名称らしい、あれ、『比較文化学2』じゃなかったけ。それは4限か。とりあえず、俺は講義に耳を傾けた。講師は講義の主な流れを説明していた。次いで、評価の付け方。げっ、テストあるのかよ。第1回目の講義にも関わらず佐藤先生はそのまま講義を続けた。初回の講義は大体が概要だけで終わることが多かったので少しがっかりだった。まぁ、次の講義もあるし、よしとしよう。
結局、4限の『比較文化学2』も概略だけで終わらず、講義に突入し、フルに90分拘束されるという残念な一日でその日の大学生活は終了した。あえて遠回りの裏門から学校を出て、駅へと向かう。夕陽が綺麗に輝く中、俺は足早に帰路を進む。駅に着くと、既に電車が到着しているのに気付いて走った。ダッシュでなんとか間に合う、車内の人々の視線は気にしない気にしない(バタバタ入ってすいません)。
地下鉄で3駅。俺がひとり暮らししているアパートがある駅だ。俺はそこで降りて、駅の近くのスーパーマーケットでお惣菜とサトウのごはん計500円を購入する。今日の夕食だ。全部チンして食べます。少食バンザイ。
3階建てのアパート。俺の家。階段を上がり、ガタガタ動く隣の隣の住人の洗濯機を通り過ぎて、俺の部屋へ到着。
ただいま。
服を脱いで、部屋着のジャージに着替える。いくら、4月とはいえまだまだ夜は冷える。電気ヒーターを付けて雨戸を閉めて、お風呂にユニットバスにお湯を張る。このお湯は後で洗濯機に再利用します。節水は大事なのです。お湯がたまるまでパソコンを立ち上げる。大体、パソコンのウィルスソフトが立ち上がるとお風呂も調度良くお湯が溜まっているのだ。
ウィルスソフトが立ち上がったことを知らせる『ぽぽぽ、ぽ~ん♪』という謎の音が鳴ったのを確認し、俺はお風呂のお湯を止め、服を脱ぎ、浸かる。今日もお勤めご苦労さまでした。毎日一番風呂とか最高だ!
お風呂で温まったあとは夕ごはんをチンする簡単なお仕事。5分で今日の夕食が完成!鶏の唐揚げの甘辛煮と白いご飯、そしてお味噌汁。すごく日本食です。まぁ、日本人だしね。
食事も5分で終了。皿洗いなどの簡単な家事も10分で終了した。現時刻、19時42分。さてと、どうしようか。
1.寝る。
2.寝る。
3.寝る。
・・・。
どの√も寝るしか選択肢がないけど、一応明日の講義の支度をしておく。といっても、今週いっぱいはガイダンスみたいなものだから何の準備もいらないんだけど。強いていえば、火曜の『アメリカ文学』の予習で英語訳があったがそれは暇な土日にやればいいか。あー、困った。何もやることがありません。パソコンのメールボックスを確認する。今日も何も無し。ちなみに最後にメールを受信たのは『2月6日 メールサーバーの一時休止のおしらせ』だから毎日チェックする必要は皆無だと思われ…。
結局、俺は電気のスイッチへと繋がっているヒモへと手を伸ばし、電気を消す。おやすみなさい。
そういえば今日、口にしたのは『ありあとぅざぁまず』だけだったな。
なんでこんなに寂しい大学生活を送っているのだろうか、と思ってしまう。いわゆる、俺は『孤立する大学生』の典型だった。友だちはいらない、とは思わないけど…色々機会を逃して完全に孤立してしまった。今さらサークルに入ろうとも思わないし(やりたいこともないし)、仕送り的な意味でも無趣味的な意味でも俺は金がかからないから、アルバイトをする必要もない。あぁ、ぼっち道まっしぐら。
そして、いつの間にか一人でいるところを見られるのが怖くなり、トイレでごはんを食べるようになってしまった…都市伝説ではなかったのだ!(驚)こんなんでいいのかなぁ、とか思いつつ、今夜もしっかりと眠気が来る。明日になれば事態は好転していると思う…していてほしいなぁ。
おやすみなさい。
(続く)