第8話
パパの運転で少し遠出をして、大きなショッピングモールへと来ていた。
まだ出来たばかりのそのショッピングモールは、あまりの人出で誰も口にはしなかったが、別のところにするべきだったと思っていた。
ママとあたしは洋服を見に、パパたち男陣は適当に回るというので、一時間後に集まるということで四方に散らばった。
ママと向かったフロアは若い女の子たちだらけで、むんとした熱気を感じた。セールじゃないのに、どこへいってもセール時なみの混雑に選ぶどころの騒ぎじゃない。
「ママ、買い物無理っぽい」
元々セールと聞いても心踊るタイプじゃないあたしは、その混雑だけですでにいっぱいいっぱいなのだ。
「いい若い者が何を言ってるの。……仕方ないわね。あそこの椅子で待ってなさい。ママ、ちょっと行ってくるから」
見かけによらずママのエネルギーは凄いものがある。若い者には負けないと、女の子に混じって渦の中に乱入していく。時折、その渦の中から顔を出しては、戦利品を高々と見せる。
あたしの服を物色してくれているのだが、あたしの趣味を知り尽くしているママがたとえあの渦の中にあっても、間違ったものを探してくることはない。
そういうところは、凄いなと常日頃から思っている。
そして、何より凄いのは明らかに二十は年齢差があるはずなのに、ママがそこに馴染んでいるということ。
幼い頃から、面談なんかがあると先生がママを誉める。
「いやあ、お若いお母さまですね」
それは、時としてよこしまな感情を含んでいるようで、イヤで仕方なかった。
魅力的すぎるママと並ぶと、霞んでしまうのはあたしの方かもしれない。
「ほら、どう? ひなたに似合いそうな洋服いっぱい選んできたよ」
屈託のない笑顔を惜し気もなく披露するママを誇らしく、そして、羨ましく思った。
「さすが、ママ。ありがとう」
くすぐったそうに笑みをこぼすママはとても無邪気に見えた。
「ねぇ、ママ。ところで、何を買うつもりだったの?」
「ふふっ。実はね、もうすぐ原田さんのお誕生日なのよ」
オッサンの誕生日か……。
「なんでママがオッサンの誕生日知ってるの?」
「私じゃなくてパパがね。ほら、初めて原田さんをうちに連れてきた時に電話番号を調べるためにカードを見たでしょ? それに生年月日も書いてあったそうなの。せっかく一緒に住んでるんだから、盛大にお祝いしようってことになったのよ。で、今日はプレゼントを買いにきたってこと」
ああ、あの時か。
あたしもパパと一緒に見ていたけど、生年月日なんて眼中にも入らなかった。パパは職業柄、生年月日を目にするからつい目がいったのかもしれないな。
「で、ママは何を買うつもりなの?」
「そうねぇ、何にしようかしら」
「あたしもなにかあげたいけど、お金ないな……」
こういう時に限ってお金は無いものである。パパんとこでバイトして貰ったお金は、早々に本へと姿を変えてしまった。
「別にお金をかけなくても、プレゼントはあげれるんじゃない?」
「あ」
察したあたしをママは満足気に微笑んでいた。
「よし、じゃあ紳士服売り場に付き合って。ママは、セーターをあげようと思うの」
紳士服売り場は、比較的空いていて、ゆっくりと物色することが出来た。
納得するものが購入できたあたしたちは、待ち合わせ場所へと向かった。
三人はすでに待ち合わせ場所にいて、遠目でも分かるくらいにぐったりとしていた。
「この混雑は殺人なみだ。もう、俺たちは疲れたよ」
情けない声をあげ大袈裟にパパが言うが、この混雑はさすがにあたしもパパに同意だ。ただ一人いまだ元気いっぱいなのは、ママだけだ。
「まったく仕方ないわね、あなたたちは。レストランに行ってお昼にする? それとももう帰る?」
「食べてから帰ろうよ。こんなにぐったりしてるんだもん、パパに事故を起こされたらたまったもんじゃないし」
グロッキーなパパの運転はかなり危険だと思われる。まだまだ生きたいあたしは、そんな運転で帰るなら電車で帰った方がましだ。
「そうね。そうしましょうか?」
ママが原田親子に矛先を向ければ、二人とも異存はないようでしっかりと頷いた。
ショッピングモール内のレストラン街は、お昼前にもかかわらずものすごい混雑だった。各店の入り口に置いてある椅子は既に邪魔になっているような按配だ。
「これ、待つの?」
あたしが誰に聞くでもなく疑問を口にするが、誰もが絶句して言葉が出ないようだ。
「私が運転します。ここを出て、レストランを探すというのはどうでしょう?」
オッサンが珍しく自ら口を開くのを、目を見開いて見守っていた。
「オッサン、運転できるの?」
「勿論、出来るよ。ひかげ、助手席に座るかい?」
「あ、うん」
あたしをひかげと呼ぶ以外にオッサンに変なところは見られない。他人が見る分には、心が病みつつあることを見抜ける人はいないだろう。
「それじゃ、行こう」
自分が運転しなくて済むことになってちょっと元気になったパパは足取りも軽くなっている。
「なんかやっと落ち着いた……」
漸く見つけたファミレスに入った時には、すでに1時を回っていた。
お腹も空きすぎて、もうピークを過ぎてしまったから、思ったよりも入らないかもしれない。
それでも、メニューにのっている写真を見るとどれも美味しそうだ。
注文をしたあと、ドリンクを取りに立ち上がった。
あたしのあとに原田君もついてきていた。
「お前さ、友達になればいいんじゃないか?」
「へ?」
原田君を見上げたことで、注意がそれメロンソーダがあふれて手に流れ落ちた。
「うわぁ」
「何してんだ、お前。ドジだな」
「だって、原田君が急に話し掛けるから。で、何?」
横に置いてあったおしぼりで手を拭きながら、そう言った。
「ん、だから高木のこと。友達になりたいって言われてただろ? あれ、いいと思うぞ。あいつ、チラチラとお前のこと見てるし、いつも話し掛けたそうにしてるよ」
あんまり他人に目を向けることがないので、彼女がどれだけ見ているかは知らない。でも、視線は感じていた。
「友達ってどうすればいいの?」
興味がないという態度を取ったけど、あんな風にストーカーのように見られるのは、鬱陶しい。それならば、いっそ友達になってしまえばその煩わしさから解放されるんじゃないか。
あたしに近付くことで、変な噂が出てきやしないかと心配ではある。
しかし、原田君もいるんだから大丈夫なんじゃないかと思うのだ。
「お前って結構不憫だよな」
「同情されたくないわっ」
同情されたくて言ったわけじゃない。純粋に分からないだけだ。
友達ってどうやったら友達になるのか。友達っていったい何をするわけ?
あたしの中で友達っていう知識の引き出しがあまりにも少なく、参考にならないのだ。
本当に分からない。
「普通に挨拶から始めればいいんじゃないか?」
挨拶から?
挨拶を交わすことで友達に発展することがあるのか……。
そういえば、家族以外の人と挨拶すらしていなかったことに気付き愕然とする。
「原田君。もし、あたしと高木さんが友達になったら、彼女を守ってあげてくれない?」
原田君はキョトンとした顔をした。
「お前は守らなくていいのか?」
「平気。あたしは強いし、慣れてるから」
あたしがそう言うと、原田君は何故か悲しそうな顔をした。
あたしなんかに同情しなくていいのに。
原田君は、優しい人。




