第6話
廊下の窓に張りついて、ぼんやりと外を見ていた。窓は開けていないので、日差しだけがあたしに降り注いでいた。
「何やってんだ?お前は」
「ひなたぼっこだよぉー」
あたしのやる気のない返答に、苦笑を漏らした気配を感じた。
「ほら。飯食うぞ」
当たり前のように、原田君はあたしと昼ご飯を食べるようになった。
「一人で食べるからいいよぉー」
あたしのこの喋り方は、学校では相変わらず継続していた。
「ほら、行くぞ」
無理矢理腕を捕まれ、教室内に連行される。
クラスメイトたちは、そんなあたしたちをさり気なく装いながら、好奇心旺盛な目で見つめている。
あたしたちが一緒にお昼を食べた初めての日、原田君の友達がなんで二人で食べているのかと窺いをたててきた。
「友達だからだよ」
クラス中に聞かせるように『友達』という言葉を強調した。
それからは誰も二人でいるときは、話し掛けてはこなくなった。元々人気者の原田君は一人になるとたちまち人が寄ってくる。
「あたしー、今日はよそで食べるからぁ」
原田君の一瞬の隙をついてその腕から逃れると、教室を出た。
「おい。待てよっ」
勢いで逃げて来てしまったおかげで、お弁当を忘れてきてしまった。そのことに気付いてため息をこぼした。再びとぼとぼと歩き始めた。
一人になりたいときにいつも来る場所がある。今は使われていない教室。鍵はかけられているが、たてつけが悪いためか、少しずらせば開いてしまう。ここで誰かと出くわしたことはないので、今のところはあたしの隠れ場になっている。
積まれている椅子を一つだけ引っ張りだし、腰をかけた。
誇り臭くなった室内で、乾いた咳が出る。
がたりとなり、ドアが一人でに開いた。
「やっぱりここにいたのか?」
「何でここに? 足音しなかったっ」
足音がまるでしなかったので、ポルターガイストかと本気で思ったのに、目の前の男はニヤリと笑っている。あたしの反応に満足したかのように。
「お前が逃げると思って上履き脱いだんだよ。ほら、腹減っただろ? 飯食うぞ」
ヘラヘラと笑いながらお弁当を持ち上げてみせた。
今日は昼ご飯は抜きだと思っていたから、正直嬉しかった。
「逃げないけど。なんで、追って来たのよ」
「だって弁当忘れてったろ?」
そうだけど、あたしが言いたいことはそんなことじゃない。今迄みたいに放っておいてくれればいいのに、どうしてあたしに構おうとする。
「なんか勘違いしてるでしょ? あたしになんか同情してんの? この間も言ったと思うけど、あたしに悩みもトラウマもない。だから、変な風にあたしを構わなくていいから」
「お前のためじゃない。自分のためだ」
小さな声ではっせられた言葉にハッとした。
「……ひかげ?」
普段あまりおもてに出さないからといって、忘れているわけじゃない。彼の妹が亡くなってからまだ三ヶ月しかたっていないのだ。
あたしの問いには答えず、小さな微笑みを浮かべた。とても悲しいものだった。
オッサンも原田君もあたしをひかげに置き換えている。
「お腹空いたぁ。お弁当食べようよぉ」
「二人しかいないんだから、その話し方止めろ」
きっとひかげはこんな話し方はしなかったのだろう。
オッサンも原田君もあたしとひかげの境界線が曖昧になってる。オッサンに関して言えば、完全にあたしをひかげと思い込んでいる部分があるが、原田君がどこまで重ねてるか判断が出来ない。
知ったところで、完全にひかげのフリをして二人に接することは出来ない。難しいところだ。
黙々とママが作ってくれたおかずの違うお弁当に手を付ける。あたしや原田君が言ったわけじゃないのに、お弁当の内容を変えて作ってくれる。あたしたちへの配慮だ。
「ねぇ、その唐揚げ頂戴?」
ああ、と弁当箱をこちらに差し出す。
こんなおかずのやり取りを学校で初めてした、と言ったら原田君はどんな顔を見せるだろうか。
「オッサンはさ、何をしたら喜ぶかな?」
「ただ、一緒にいれば喜ぶんじゃないか?」
「あたし思うんだけど、それってさ、逆に悲しくならない? 同じ顔なのにあたしとひかげはやっぱり違うよね。近くにいればいるほど、それは色濃く現れてくるんじゃない?」
人の死はそんなに簡単なものじゃないと思うんだ。まだ、大事な存在を失った経験があたしにはないけれど、パパとママがもし死んでしまったらと考えただけで涙が出そうだ。
「なにお前泣いてんだよ?」
「う? 何言ってんのよ。泣いてるわけないじゃんか」
とは言うものの、泣いていたのは事実だ。本当に二人が死んでしまった時のことを考えて、悲しくなってしまった。
考えるだけでこんな有様なんだから、本当に二人が死んでしまったら、あたしは平然とはしていられないだろう。
「父さんのことは、俺にだって分からない。だけど、俺はお前がいてくれて良かったよ」
原田君がうちにいるのも、こうして隣にいてくれるのも、そんなに長い期間ではないのだろう。そうしたらきっと一人の生活に戻る。ならば、少しの間だけ、誰かの温もりの中にいてもいいんじゃないかと思えた。
一人でも大丈夫だと信じて生きてきたあたしが初めて感じる喜びの一時だった。
彼女があたしの前に再び立ったのは、その日の放課後だった。
その日あたしは日直で、放課後の教室で日誌を書いていた。パパのところのバイトが休みだったあたしは、放課後の気の抜けた雰囲気を楽しみながら、のんびりとペンを動かしていた。
気付けば教室には、人の気配がなく、ぽつりと一人だけだった。だが、この一人の空間を寂しいと思うことはなかった。それは、校庭から聞こえる運動部の気合いの入った声や吹奏楽部の管楽器の音、これからどこへ行こうかと話し合いながら通り過ぎていく他のクラスの生徒達の声がとても近くに聞こえたからだろう。
「あの、今井さん」
教室には自分一人だと思っていたので、必要以上に反応してしまった。
声のする方へ首を回すと、いつだかにあたしに話し掛けてきたクラスメイトだった。
あたしの席は教室の丁度真ん中あたりにある。彼女は、廊下側の一番後ろの席に座っていた。
「帰らないのぉ?」
彼女はこの間あたしに友達になりたい、と言った子だ。まあ、それも何かの罰ゲームだったんだろうけど。もしかして、この間のことは冗談だからと言うために残っているんだろうか?
「この間のことなら別に気にしてないよぉ。罰ゲームだったんでしょー?」
机で固まったまま俯いて、何の反応も示さなかった彼女が、突然立ち上がりあたしの机の前までつかつかと歩いてきた。
「私、今井さんの友達になりたいんです。罰ゲームなんかじゃ……ないです」
何故だろう、今目の前の彼女から愛の告白を受けたような気がするのは……。
それは彼女が真っ赤な顔で、下を向いている様が好きと伝えたあとの女の子を連想させるからかもしれない。
「あなたってそっち系の人なのぉ? 愛の告白を受けた気分だー」
「いえっ、そんなつもりはないんですけどっ」
更に真っ赤になってしまった彼女が気の毒になって来た。
「あたしねぇ、あなたの名前も知らないよぉ」
あなたに興味がないと伝えたつもりだ。
あたしは、少し顔を上げた彼女ににこりと笑いかけて、日誌とカバンを持って立ち上がり、歩きだした。
「私、高木です。高木瞳ですっ」
足をつと止めたが、再び歩き始めた。
背中に彼女の視線を感じていた。




