毎年、最下位の弱小チームに武闘派監督が就任 チームに授けた『汚い手』とは?
夜10時、俺は1人で寮に併設された室内練習場へ来て、素振りを始めた。来年こそレギュラーを取る。そう信じて、一振り一振りに集中する。広い練習場にバットの風切り音だけが響く。振り続けていると体が熱くなる。じわっと額に汗が滲む。すると更に集中力は増し、バットを振る手にも力が入る。そして、来年こそという思いが強くなる。
しばらく素振りを続けていると、先輩もバットを持って現れた。
「お疲れ。頑張ってるな」
「はい。俺もう5年目ですからね。そろそろ一軍に定着しないとクビになりそうですから」
「あ、そういえば、監督代わるんだってな」
「え? そうなんですか?」
「ああ、さっきニュースでやってた。無理もないぜ。俺達のチームは3年連続最下位だからな」
「そうですね。次の監督は誰なんですか?」
「佐藤さんだ。知ってるか?」
「いいえ。有名な人ですか?」
「ああ、現役の時から闘志剥き出しでプレーして武闘派として恐れられてたんだ。乱闘騒ぎで退場になったのは30回以上らしい。どんなチームに変わるのかなぁ……。明日のミーティングに来て選手たちと話すんだってよ」
翌日、俺達のチームの全選手が会議室に集められた。3年連続最下位ということもあり、会議室の中は重苦しい雰囲気だった。しばらくすると監督が現れた。体格が良く、赤黒く日焼けした顔には眉間に深い皺が刻まれ、眼光鋭く、見るからに厳しい人であることが分かった。監督は選手達の前に立ち、簡単に自己紹介をした。
「来シーズンから監督を任されました、佐藤です」
自己紹介が終わると監督の表情は険しさを増した。眼光は更に鋭くなり、既に闘志が漲っているのを感じた。監督は選手を一人一人睨みつけるように見た後、話始めた。
「ええか、お前ら。プロ野球言うもんはただのスポーツと違うで。戦いや。命の奪い合いや。野球人生、野球生命を懸けて戦うんや。そして戦い言うことは、絶対に勝たんとあかん! 汚い手を使ってでも勝たんとあかんねん!」
ん? 汚い手? 何をするんだろう? そう考えていると、監督は話を続けた。
「最近のプロ野球はみんな綺麗な野球ばっかりやっとる。お嬢さん達のお遊戯みたいな野球ばっかりや。強いチームならそれでも勝てるが、このチームみたいに弱いチームが同じことやっとったら、戦力差のとおりに負ける。そして毎年、最下位や」
監督は選手に気合いを注入するかのように、一人一人を睨みつけるようにしながら話を続けた。
「泥臭く汚い手を使ってでも一点を奪い取り、それを汚い手を使ってでも守り抜く。これがわしの目指す野球や。弱いチームが強いチームに勝つ方法や。それをわしが、これからお前らに教えたる」
その後、秋季キャンプ、春季キャンプ、オープン戦が行われた。練習は厳しかったが表向きには、それまでのチームと大きな違いは無いように見えていたことだろう。しかし、その裏では、マスコミに非公開で『汚い手』を使った練習が行われていたのだ。
そして、遂にペナントレースが始まった。初戦の対戦相手は去年の優勝チームだった。球場は優勝チームのホームのため、スタンドは満員で試合前から異様に盛り上がっていた。スコアボードの上にはチャンピオンフラッグが掲げられ、夕暮れの空に誇らしげになびいていた。対戦チームの選手もファンも、自信に満ち溢れているように感じられた。そんな様子を見て、俺だけでなく、チームメイトからも緊張感が伝わってきた。
俺は一軍には残れたもののスターティングメンバーには入れなかった。しかし、きっとチャンスは回ってくる。そう信じていた。
一回の表、俺達のチームの攻撃だ。主審のプレイボールの掛け声とともに、早速、俺達は『汚い手』を使い始める。ベンチ全員で相手ピッチャーを全力でヤジるのだ。
「おらぁ、ヘボピッチ!」
「お前ノーコンかこらぁ!」
「球遅いなぁ。もう年か!?」
相手ピッチャーは最初、目を丸くしてこちらのベンチを見た。しかし、すぐに鋭い眼光に変わり、こちらを睨みつけた。そして、キャッチャーの方を向くと心を落ち着けるように深呼吸をして、投球フォームに入った。さすが、優勝チームの開幕投手を任されるだけのことはある。この程度では全く動揺しない。しかし、『汚い手』はここからが本領発揮だ。
バッターはベースギリギリに立ち、更にベースに覆い被さるように構えた。デッドボールになるのを狙っているかのように。ピッチャーは第一球を投げた。
「ストライク!」
投球は外角いっぱいに決まった。バッターは全く振る様子を見せない。続いて第二球を投げた。投球はやや内角寄りに来た。すると、バッターはわざと大きくのけ反るようにして避け、後ろに倒れた。そして、すぐに主審にアピールした。
「今、ユニフォームをかすりました! ほら、ここ! ここ!」
そして、ベンチから全員で飛び出し相手ピッチャーに詰め寄った。
「どこ投げ飛んじゃピッチャー!」
「いつでも乱闘やったるでぇ!」
大して危険な投球ではなく明らかにデッドボールではないので、相手チームも審判も呆れ顔だ。審判の制止により、俺達はベンチに戻った。監督の方に目をやると、うんうんと頷いていた。
相手ピッチャーは動揺したらしく、そのバッターに対してフォアボールを出した。するとランナーは次の初球から2塁へ盗塁を試みた。タイミングはどう見てもアウト。しかし、ランナーの真の狙いは2塁ベースにいる二塁手の足首だった。足首を目掛けて思い切りスライディングを仕掛けたのだ。二塁手は体に近いスライディングに驚きながらもなんとかかわし、ランナーにタッチしてアウトにした。危険なプレーに、二塁手はランナーの方をギロッと睨む。しかし、ランナーは何食わぬ顔でベンチへ戻っていった。ベンチに戻ると監督は声を掛けた。
「良くやった。アウトになったが、相手守備は恐れたはずや。これを繰り返していけば相手に恐怖心を植え付けることができる。そこに隙が生まれるんや」
相手を動揺させる、隙が生まれる、監督の口癖だった。そして、これが監督が考える弱いチームが強いチームに勝つ方法だった。
その後も攻撃の時は以下の『汚い手』を繰り返した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
・ベンチから全員で相手ピッチャーを全力でヤジる。
・バッターはベースギリギリに立ち、ベースに覆い被さるように構えて、デッドボールを狙う。
・少しでも体に近い所に投球が来ると、バッターは主審にデッドボールをアピール、ベンチからは全員で飛び出し乱闘騒ぎ。
・盗塁はアウトのタイミングなら守備の足首を狙ってスライディング。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
一回の裏、俺達のチームの守備だ。主審のプレイボールの掛け声とともに、キャッチャーはバッターにだけ聞こえるように囁いた。
「奥さん胸デカいっすね。何カップっすか?」
たまらずバッターは審判にタイムを要求した。バッターはバッターボックスを出て、レガースを直すふりをしながら心を落ち着かせた。そしてレガースを直しながらキャッチャーの方をギロリと睨んだ。しかし、キャッチャーは素知らぬ顔でミットの感触を確かめている。審判に急かされてバッターボックスに入る。すると再びキャッチャーが囁いた。
「奥さんとの夜の営みの方はどうっすか?」
今度はバッターは集中していて全く反応しない。さすが優勝チームの一番バッターだけのことはある。この程度では全く動揺しない。しかし、『汚い手』はここからが本領発揮だ。
ピッチャーは初球から相手バッターの頭の付近に速球を投げ込んだ。バッターはのけ反って避けた。俺達はベンチからピッチャーを応援した。
「ナイスピッチング!」
「ピッチャー良いよ!」
「もう一球、頭に行ったれ!」
「次ぶつけても良いよ!」
二球目も三球目も体の近くの投球にバッターは怒りを露わにした。すると、ベンチから俺たち控え選手全員で飛び出しバッターに向かって行った。
「何か文句あんのか、こらぁ!」
「いつでも乱闘やったるでぇ!」
どう考えても悪いのはこちら側で逆ギレなのだが、監督からの指示なのだから仕方ない。スタンドからは大きなブーイングと、それに混じって笑い声も聞こえてきた。しかし、俺にはもう後が無い。今シーズンだめならクビかもしれない。絶対にレギュラーを掴み取り、いま笑った奴らを見返してやる!俺は唇をかみしめ、『汚い手』を使う恥ずかしさをぐっと抑えた。
そのバッターは動揺したらしく、空振り三振に終わった。次のバッターは、大柄の外国人選手だった。俺達は顔を見合わせ、ヤジを飛ばすのを止めた。大柄の外国人選手を相手にヤジを飛ばす勇気のある者はいなかった。また、ピッチャーも大柄の外国人選手の頭付近にボールを投げ込む勇気は無く、正々堂々と勝負した。その姿を見て、スタンドから俺達に向かってヤジが飛ぶ。
「おい、どうした? ビビってんのか(笑)?」
「さっきまでと全然違うぞ(笑)!」
これも勝つため、そして、レギュラーを掴み取るために我慢だ!俺達は恥ずかしさをぐっと抑えた。
その後も守備の時は以下の『汚い手』を繰り返した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
・キャッチャーはバッターに囁き、バッターを動揺させる。
・ピッチャーは頭付近に速球を投げて、バッターを動揺させる。
・バッターが文句を言えば、ベンチからは全員で飛び出し乱闘騒ぎ。
※ただし、大柄の外国人選手の場合は本当に乱闘に発展する可能性があるため、控える。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
そして、俺達はなんとかその試合に勝利した。
その後も、『汚い手』を使ったお陰で昨年よりもチームの勝率は高かった。しかし、この戦い方はたびたびマスコミに問題視された。そして、俺達のチームのファンはどんどんと離れていき、相手チームのファンからのブーイングはどんどん大きくなっていった。そういった状況に、俺達は動揺した。そして、あまり『汚い手』は使わなくなっていった。すると、チームの成績は落ちていった。
最終的には結局、最下位で終わった。ファンが離れたことを問題視され、監督は一年で解任された。そして、俺も戦力外通告を受けた。プロ野球選手としての最後の年が『汚い手』を使ったプレーとなってしまい、後悔が残った。野球というスポーツでは、一時的に『汚い手』を使って勝てても、勝ち続けることはできないようだ。
(終わり)




