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「お前を誰よりも愛している」と言われたので、私も負けじと「何よりも愛しているわ」と言ったら、なぜか別れようと言われました

作者: 天地サユウ
掲載日:2026/03/04

「ルシア・フォン・ルミエールよ、俺は誰よりも、お前を愛している!」

 

 王城の夜会を抜け出した星降るバルコニー。

 涼やかな夜風と共に、甘く情熱的な声を上げたのは、私、ルシアの婚約者であるフェリクス・フォン・クライス公爵令息だ。

 

 夜闇に溶けるような艶やかな黒髪に、宝石のように輝くアメジストの瞳。誰もが振り返る美貌の彼に、私の両手を強く握り、熱を帯びた瞳で見つめている。

 

 本来であれば、頬を染め、恥じらいながら俯くようなシチュエーションだが、私の胸に湧き上がったのは甘いときめきよりも、生来の『負けず嫌い』だった。

 

「誰よりも、ですか。ふふ、フェリクス様もずいぶんと大きく出ましたね」

 

 クライス公爵家と我がルミエール伯爵家は、昔から何かと張り合ってきた間柄。

 私たちも、幼い頃から剣術や座学、チェスに至るまで、事あるごとに勝負をしては引き分けを繰り返してきた好敵手である。

 

 婚約者として結ばれた今でも、私にとって彼からの言葉は、甘い囁きであると同時に『私への挑戦状』に聞こえてしまうのだ。

 

「ですが、甘いですわ! 私だって、フェリクス様を誰よりも愛しています! 私の愛情が、あなたに負けるはずがありませんわ!」

「なっ……!? いや、俺の愛の方が深い! 俺は世界中のどのような美しい花よりも、輝く宝石よりも、ルチアのことを愛おしいと本気で思っているんだぞ!」

 

 フェリクス様がムキになって一歩前に出た。

 ならば、受けて立つのみ。ここで引き下がっては、ルミエール伯爵令嬢の矜持に関わる。

 

「あら? 宝石や花と比べるなんて、その程度の底の浅い愛で私に勝てるおつもりですか? 私は、自分が着飾るためのドレスよりも、毎日の三度の食事よりも、フェリクス様を愛おしいと思っておりますわ!」

「食事よりだと!? あの食いしん坊のルシアがそこまで言うとは……。だが、俺も負けてはいない! 俺は公爵家という地位も、いずれ継ぐことになる。莫大な財産すらも投げ打っていいと思えるほど、お前を愛している!」

「っ……!」

 

 地位と財産。次期公爵としての彼が口にするには、あまりにも重すぎる言葉。

 さすがにたじろぎそうになったが、勝負はここからが本番だ。

 私は扇子をパチンと閉じ、両手を腰に当てて胸を張る。

 

「その程度の覚悟、私だってとっくにできておりますわ! フェリクス様のためなら、貴族の身分も、この命すら惜しくはありません! いいですか、フェリクス様、私は、あなたを『何よりも』愛しています! この世界に存在するありとあらゆるものの中で、あなたが一番大切なのです!」

 

 さあ、どうだ、とばかりに私は言い放った。

 「何より」もという言葉。これ以上ない最大級の愛情表現であり、この愛の張り合いの決定打となるカードだ。

 これにはさすがのフェリクス様も、「ぐぬぬ……」と押し黙り、敗北を認めるしかないだろう。

 

 私は勝利の余韻に浸りながら、彼の顔を見上げる。

 だが、私の視界に映ったフェリクス様の表情は、悔しそうに顔を歪めるものでも、呆れて苦笑するものでもなかった。

 

「そうか……」

 

 ポツリと、彼の口からひどく冷たい声が漏れた。

 見上げた瞳は、先ほどまでの熱情が嘘のように凍りつき、まるで世界の終わりを見たかのような絶望の色に染まっていた。

 

「フェリクス様……?」

 

 私の背筋に悪寒が走る。

 彼は、ゆっくりと私から距離を取り、痛みを堪えるように眉間を押さえた。

 

「そこまでだったとはな……。俺の負けだ、ルシア」

「え……? あ、はい! 私の愛情の深さが勝ったということでよろしいですね!?」

「ああ……だから、もう、終わりにしよう。お前とは、別れることにした」

「……え?」

 

 時が止まる。夜風の音すら遠のくような静寂の中、私は耳を疑った。

 

「別れる……? 私が勝ったのに、なぜ、そうなるのですか!?」

「俺は、お前を幸せにはできない。お前の『何よりも重い愛』に応える資格が俺にはないんだ。すまない、ルシア。婚約破棄の手続きは明日にでも、俺から進めておく」

 

 フェリクス様はそれだけを言い残し、踵を返し、夜会の会場へと戻っていった。

 バルコニーに取り残された私は、ただ呆然と背中を見送ることしかできない。

 

「なぜ……?」

 

 「誰よりも愛している」と言われたから、「あなたを何よりも愛している」と負けじと言い返しただけ。

 愛の深さを競い合い、私が勝った。

 それだけのはずなのに、どうして別れを告げられなければならないのか。

 

「分からないわ……!」

 

 私の悲鳴のような呟きは、虚しく夜空に吸い込まれていった。

 

 ◇

 

 翌朝。

 ルミエール伯爵邸の私の自室は、重苦しい空気に包まれていた。

 

「……というわけで、昨夜、婚約破棄を宣言されてしまいましたの」

 

 私がベッドの上で膝を抱えながら事の顛末を語り終えると、幼い頃から私に仕えている侍女のマリーが、深く、それは深いため息をついた。

 

「お嬢様は、なぜ、そこで素直に『私もですわ』と可愛らしく頷けなかったのですか? 公爵令息様からの、あれほどロマンチックな愛の告白を、なぜ『勝負』の土俵に上げてしまったのです?」

「だって、フェリクス様が挑発してくるからよ。あの方は、昔からわざと私がムキになるような言い回しをするの。張り合ってもいいでしょ」

「百歩譲って、そこまではよしとしましょう。ですが、お嬢様。その言い合いの中で、何か心当たりはありませんか? フェリクス様の顔色が変わった決定的な瞬間です」

 

 マリーの冷静な指摘に、私は昨夜のやり取りを思い返した。

 

「私が、『フェリクス様のためなら命すら惜しくない』と言ったあたりまでは、あの方も熱くなっていたわ。でも、私が最後に『あなたを何よりも愛しています』と言い切った瞬間、あの方は絶望したような顔になったのよね」

 

 そう、あの言葉が引き金だったのは間違いない。

 マリーは顎に手を当て、深刻そうな顔で考え込んだ。

 

「何よりもですか。お嬢様にとっては愛の誇張表現だったのでしょうが、フェリクス様にとっては、その言葉の中に何か触れてはいけない地雷が含まれていたのかもしれません」

「……地雷って?」

「例えばです。フェリクス様は次期公爵という重いお立場です。あの方にとっての『何よりも』という言葉は、『国よりも』あるいは『領地や領民の命よりも』という、為政者として許されない響きを持っていたのではないでしょうか」

「そんな……私はただ、彼自身が一番大切だと言いたかっただけなのに……」

 

 私は頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。

 私の生来の負けず嫌いと、語彙力のなさが引き起こした最悪のすれ違い。


 それが、フェリクス様は「お前の愛に応える資格がない」と言っていた。彼自身の愛情が足りないから身を引くという、一種の自己犠牲のような響きすらあったということ。

 

「あきらめてはなりませんよ、お嬢様。まだ正式な書面が届いたわけではありません。今日にでも公爵邸へ乗り込み、真意を問い正すべきです」

「そうね。このまま泣き寝入りなんて、ルミエール伯爵令嬢の名折れ。あの言葉の真意を必ず聞き出してみせるわ!」

 

 私は勢いよく跳ね起きて、ドレスの準備をマリーに命じた。

 勝負はまだ終わっていない。

 彼がなぜ「別れよう」などと言い出したのか、その勘違いの根源を暴いて、必ずよりを戻してみせる。

 

 ◇

 

 翌日の昼下がり。

 私は宣言通り、クライス公爵邸へと乗り込んだ。

 普段なら厳格なはずの門番も、私を見るなり「ルシア様! どうか、フェリクス様をお救いください!」と涙ながらに門を開けてくれた。

 執事長に至っては、廊下で私を出迎えるなり、深く頭を下げてきた。

 

「ルシア様、よくぞ来てくださいました。昨晩、夜会からお戻りになられたフェリクス様は、自室に引きこもったまま『俺は敗北者だ』と呟き続けておられるのです」

「敗北者ですって?」

「はい。食事も喉を通らないようで……。どうか、若様のお話を聞いてやっていただけないでしょうか?」

 

 あの見目麗しく、自信に満ち溢れていたフェリクス様が、たった一晩で憔悴しているというのか。

 私は執事長に頷き返し、迷うことなく彼の自室の扉をノックした。

 

「フェリクス様、ルシアです。入ります」

 

 返事を待たずに扉を開けると、そこには予想を超える凄惨な光景が広がっていた。

 厚いカーテンが引かれた薄暗い部屋の中、床には無数の書類が散乱し、フェリクス様はソファに深く沈み込んでいる。

 美しい黒髪はボサボサに乱れ、目元にはくっきりと隈ができていた。

 

「ルシア、なぜ、ここへ来た……?」

「なぜって、理由も聞かずに婚約破棄を受け入れられるはずないでしょう! 私が勝負に勝った途端に逃げ出すなんて、フェリクス様らしくもありませんわ!」

 

 私が腰に手を当てて仁王立ちで言い放つと、彼は自嘲するようにフッと笑った。

 

「逃げ出したわけじゃない。俺は、お前の『何よりも』という言葉の重さに、己の底の浅さを思い知らされたんだ」

「底の浅さ……?」

「ああ。お前は昨夜、俺のためなら貴族の身分も、命すら惜しくないと言い切った。俺という存在が、この世界の何よりも大切だと」

 

 フェリクス様は重い体を起こし、私を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「俺は……それができなかった」

「……はい?」

「俺は、お前を心から愛している。だが、同時に次期公爵としての責任も背負っている。もし、お前の命と、この領地に住む何万という領民の命を天秤にかけられたら……俺は領民を切り捨てることはできない」

 

 フェリクス様は、己の不甲斐なさを噛み締めるように両手で顔を覆った。

 

「俺の愛は、お前を『何よりも』優先するものではなかったんだ。お前の何もかもを投げ打ち、俺だけを選んでくれるという、純粋で絶対的な愛情に対して、俺は同じだけの覚悟を返すことができない」

 

 静まり返った部屋の中で、彼の震える声だけが響いた。

 

「愛の勝負は、俺の完全な敗北だ。お前からの完璧で重い愛情を独り占めする資格なんて、中途半端な俺にはない。だから、別れるしかないと思ったんだ……」

 

 私は、その場で固まっていた。

 頭の中で、彼の言葉がぐるぐると回る。

 領民の命と私の命。

 責任と愛情の天秤。

 完璧で純粋な絶対的な愛情。


(そんな重い意味なんて、全く込めてないわよ!?)

 

 ただの言葉の綾だ。

 売り言葉に買い言葉。

 「誰よりも」と言われたから、マウントを取るために「何よりも」とスケールを大きくして言い返しただけだ。


 身分も命も惜しくないと言ったのは、あくまで『口喧嘩で勝つためのハッタリ』であって、実際に領民の命と天秤にかけられたら、私だって「いや、そこは領民を優先してくださいませ!?」とドン引きするに決まっている。

 

「……あ、あのですね。言葉というものは、時と場合によって多少の誇張が含まれるというか……」

「慰めはよしてくれ、ルシア」

 

 私が慌てて取り繕おうとすると、彼は悲痛な顔で首を横に振る。

 

「お前がそこまでの覚悟で俺を愛してくれていたと知って、俺は嬉しかった。だが、俺はお前と同等の愛を返せない。俺の愛が、お前の愛に『負けている』という事実に耐えられないのだ。俺は、お前にふさわしい男ではない」

 

 ――生真面目すぎる。

 この男、愛に対する向き合い方が生真面目すぎるのだ。

 幼い頃から常に私と競い合い、完璧を求めてきた彼だからこそ、愛情の重さという勝負において、自分が劣っていると悟った瞬間、己を許せなくなってしまったのだ。

 

「……っ!」

 

 私は己の負けず嫌いを、生まれて初めて心の底から呪った。

 ここで「あれはただの嘘ですわ。勝つために盛りましたの!」と白状すれば誤解は解けるかもしれない。

 けれど、それでは私の伯爵令嬢としての矜持が崩れ去ってしまう。

 それに、そんなことを言えば「俺への愛はその程度だったのか」と、彼を別の意味で傷つけることになりかねない。

 

(もう、こうなったら……!)

 

 私は覚悟を決め、ソファでうなだれるフェリクス様の胸ぐらを、両手でガシッと掴み上げた。

 

「フェリクス様! あなた、それでも次期公爵ですの!?」

「ル、ルシア……?」

「愛の重さが釣り合わないなら、別れる? 逃げる? そんな弱気な言葉、私の知っているフェリクス様ではありませんわ!」

 

 私は、彼の胸ぐらを掴んだまま、至近距離でそのアメジストの瞳をキッと睨みつけた。

 

「私が『何よりも』愛していると言ったのです。なら、あなたも『何よりも』愛せるようになるまで、私を追いかけて、私を惚れ直させて、勝てばいいじゃないですか!? 勝負の途中で試合放棄するなんて、絶対に許しませんわ!」

 

 半分ヤケクソで放った私の言葉に、フェリクス様は目を丸くして硬直した。

 

「勝負の途中で逃げるなと言ったのです! 私が『何よりも』愛しているなら、あなたはそれを超える愛情を私にぶつけて、私を打ち負かしてみせなさい!」

 

 ハァハァと息を切らしながら睨みつけると、静まり返った部屋の中で、フェリクス様はゆっくりと瞬きをした。


「……ルシアは俺が公爵としての重責を背負ったまま、それでもお前を選び、愛し抜けと言うのか?」

「当然ですわ! 領民の命と私を天秤にかける? 馬鹿にしないでください。私を誰だと思っていますの? 誇り高き、ルミエール伯爵家の娘ですわよ!」

 

 私は掴んでいた彼の胸ぐらを力強く引き寄せ、彼と視線を真正面から交差させた。

 

「あなたが公爵として領民を背負うというのなら、その重圧の半分は、私が背負って差し上げます! あなたが迷うなら私が叱咤し、あなたが倒れそうなら私が支えます! 私の『何よりも』という愛は、あなたの責任も、弱さも、すべてひっくるめて愛し抜くという意味ですわ!」

 

 言ってやった。

 口喧嘩のハッタリから始まった言葉だったが、口に出した瞬間、それが私自身の確固たる本心なのだと気が付いた。


 温室の花のように守られたいわけではない。

 私は、彼の隣で、彼と同じ重さを背負って歩きたい。

 

 私の叫びを聞いたフェリクス様は、ふっと息を呑み、やがて深く、静かに微笑んだ。

 

「……ああ、そうだったな。お前はそういう女だった」

 

 それは幼い頃から私と剣を交え、チェス盤を挟んで睨み合ってきた、あの不敵で自信に満ちた好敵手の顔だった。

 

「俺は思い上がっていたらしい。お前という気高く強い女を、守るべきか弱い存在だと勘違いし、勝手に一人で天秤にかけて絶望していた。……お前は、俺と共に地獄の底まで歩ける女だったというのにな」

「地獄だなんて、縁起でもないことを言わないでくださいませ。私にかかれば地獄すら華やかな夜会に変えてみせますわ」

 

 私が強気に言い返すと、フェリクス様は私の両手を取り、ゆっくりと己の胸ぐらから引き剥がした。

 そしてそのまま、私の指先に恭しく唇を落とす。

 

「負けだ。お前の言う通り、今回の勝負は俺の完全な敗北だ、ルシア」

「……やっと、お認めになりましたのね」

「ああ。だが、勝負から逃げるのはやめる。俺は次期公爵として、領民のすべてを背負い、その上で……お前のその途方もなく重い愛情を正面からねじ伏せてみせる」

 

 フェリクス様が私の腰に腕を回し、力強く引き寄せた。

 胸と胸がぶつかるほどの至近距離。彼の体温と、力強い鼓動が伝わってくる。

 

「覚悟しろ、ルシア。俺は生涯をかけて、お前を愛し抜く。お前が『私の負けです、あなたの愛には敵いません』と泣いて降参するその日まで、俺はお前の隣で戦い続ける」

 

 甘い囁きではない。それは私という存在に対する、最も誠実で熱烈な宣戦布告だった。

 

「ふふっ……上等ですわ。私に勝てる日が来ると思っているなら、とことんお付き合いして差し上げます」

 

 私は彼の首に腕を回し、不敵な笑みを浮かべて言い返した。

 次の瞬間、重なるように唇が塞がれる。

 それは互いの魂をぶつけ合うような、熱く激しい誓いの口づけだった。

 

 ◇


 翌日。


「フェリクス様、北部の治水工事の予算案、私の方で見直しておきましたわ。あなたの甘い見積もりでは冬を越せません」

「……さすがだな。だが、東の外交交渉は俺が完璧にまとめておいたぞ。お前が手こずっていたあの老獪な大使を完全に丸め込んでやった」

「くっ……! なら私は、次のお茶会で王妃様から新たな特許の認可を取り付けてみせますわ!」

 

 執務室で大量の書類を挟みながら、私たちは今日も不敵に笑い合う。

 

 ただ守られるだけの関係は、とうに終わった。

 今の私たちは領地を豊かにし、国を支えるための『最強の共犯者』だ。


 どちらがより相手を支え、どちらがより重く愛せるのか。


 負けず嫌いな二人の愛の延長戦は、命が尽きるその瞬間まで、決して終わることはないだろう。

婚約破棄からの復讐は飽きたので、今回は真逆を走ってみました。

以外に新鮮な話になりました♪

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