ナレーターの葛藤
ある日、レインが捕まった。
ベルモント商会への三度目の侵入を試みたとき、今度こそ罠にはまった。商会の主が衛兵に依頼して待ち構えていたのだ。レインは狭い牢屋に放り込まれ、翌朝には「見せしめの鞭打ち十回と強制労働一ヶ月」の判決を言い渡された。
仲間の子供たちは、廃屋で震えていた。
秀は牢屋の中のレインを見た。
壁に背を預け、膝を抱えて座っている。表情は読めない。でも指先が、微かに震えていた。怖いのか、怒っているのか、泣くのを堪えているのか。
(助けたい)
秀は思った。
そう思った瞬間、自分でも驚いた。アイドルをやっていたころ、自分が誰かのために「何かをしたい」と思うとき、必ず行動が伴っていた。考えて、動いて、解決する。それが秀の生き方だった。
でも今は動けない。
触れられない。声を届けられない。誰かに頼むこともできない。
ビブリオラに言われた言葉が蘇る。
「操作することはできません。どんなに困っている人がいても、干渉は不可能です」
(わかってた。わかっていたはずだ)
わかっていた。転生を選んだとき、それを承諾した。でも目の前に困っている人間がいて、何もできないというのは、思っていた以上につらかった。
秀は一晩、レインから目を離さなかった。
夜中に、レインは一度だけ声を上げた。「……なんで」と言った。それだけだった。
翌朝、衛兵が牢を開けた。
鞭打ちの刑が執行される広場に、ガルドがいた。
ぼんやりと、無関係な顔で立っていた。
刑が始まろうとしたとき、ガルドが前に出た。
「一回分、俺が代わりに叩かれてやる」
衛兵が「何を言ってるんだ」と言った。
「俺は元近衛騎士だ。名前はガルド・クレイン。確認したければ王都に問い合わせればいい。元騎士の申し出なら、法的に受け入れる義務がある。その子の刑を一回分、俺が受ける」
奇妙な沈黙が広場を包んだ。
レインがガルドを見た。
初対面のはずだ。なぜこんなことをするのか、わからない顔をしていた。
ガルドは何も説明しなかった。ただ前に出た。
秀はその一部始終を見ていた。胸の中で何かが動いた。
(そうか。俺が動かなくても、この世界は動く)
それはわかっていたことのはずだった。でも実感として腑に落ちたのは、このときが初めてだった。
誰かが困っていれば、別の誰かが動くことがある。世界はそうやって回っていく。
操作できないことが、もどかしさではなく、信頼に変わった瞬間だった。




