ガルドという男
三週間が経った。
秀はテアトルムという世界の輪郭を、ようやく掴みかけていた。
この世界には魔法がある。使える人間はさほど多くはなく、主に貴族や上位の冒険者が嗜む技術として扱われている。剣と弓が主流の戦闘スタイルで、中央の王都を中心に複数の地域国家が緩やかな同盟関係を結んでいる。
レインとサラがいるこの町はラメールといい、交易路の要衝にある中規模の都市だ。人口はおよそ三万。豊かでも貧しくもない、どこにでもあるような町。
そんな町に、一人の男がいた。
ガルド・クレイン。四十七歳。元近衛騎士。
秀がガルドに注目したのは、ある夕方、彼が酒場の隅で一人飲んでいるのを見かけたからだった。大柄で傷だらけの顔、白髪交じりの短髪。見るからに歴戦の戦士だが、酒を飲む手が、微かに震えていた。
(何があったのか)
視点を寄せながら、秀は彼の周辺を見た。
腰には剣がない。元騎士なのに、腰が空だ。
酒場の主人と常連客の話を聞いてみると、ガルドは一年前からこの町にいて、今は何もせずに飲み続けているらしかった。かつては王都で名を知られた剣士だったが、何かがあって任を解かれたのだという。詳しいことは誰も知らない。
秀は何日もガルドを観察した。
朝は宿の一室で目を覚ます。食事はほとんどとらず、昼から酒場に行く。飲む。夜中に宿に帰る。眠れない夜は窓から町を見ている。それだけの繰り返しだった。
ある夜、ガルドは夢を見た。
秀には他人の夢は見えない。でも、うなされる声から、笑顔ではない夢だということはわかった。
朝、目が覚めたガルドは窓を開け、外の空気を深く吸い込んだ。それから壁に立てかけてあった長剣を手にとって、しばらくただ見つめていた。
抜こうとして、やめた。
また置いた。
その動作に、秀は長い時間、目を奪われた。
あの剣を抜きたい気持ちと、抜いてはいけない何かが、この男の中で戦い続けている。
(前世の俺に似てる部分があるな)
秀は思った。ステージを降りてしまえば、自分は何者でもない。輝輝 秀というアイドルがいなくなったとき、残るのは何だろうと、考えたことが何度もあった。ガルドもきっと、騎士ではなくなった自分が何者なのか、わからないでいる。
この男もまた、続きが気になった。
秀のテアトルムでの観察は、徐々に深みへと向かっていった。




