もう一つの視点
秋の始まり、秀は奇妙なものに気づいた。
ラメールの市場を漂っていたとき、視点がある一点に引っかかった。
そこには何もなかった。人もいないし、特別な出来事もない。ただの石畳の角だ。それなのに、何かの「気配」がした。
空気の揺れ、と表現するのが一番近い。
秀はその気配に意識を集中した。
(誰かいる)
体を持たない存在が、もう一つ、そこにいる。
おそらく、自分と同じ種類の存在が。
秀はゆっくりとその気配に近づいた。距離を縮めると、相手も気づいた様子があった。揺れが変わった。驚いたときの揺れだ。
(他のナレーターか)
ビブリオラは「ナレーター」はテアトルムに一人と言っていた。でも今感じているこの存在は、明らかに秀と同じ性質だ。
互いに何もできない。声もない。体もない。ただそこに「いる」だけだ。
それでも秀は、その気配に向かって問いかけた。
(お前は誰だ)
答えは言葉の形では返ってこなかった。でも気配の質が、少し変わった。
困惑。それから、安堵に近い何か。
(同じ存在がいることに、安心したのか)
秀はしばらくそこに留まった。
相手の気配から、いくつかのことが伝わってきた。長い時間ここにいること。レインやサラやガルドではない誰かを見ていること。孤独ではないが、孤立していること。
(仲間か、それとも別の転生者か)
答えは出なかった。
でも気配は翌日も、翌々日も、ラメールのどこかにあった。
秀はその存在を「もう一つの目」と心の中で呼ぶことにした。
テアトルムには、自分以外にも誰かがいる。
その事実は、不思議と秀を孤独から遠ざけた。




