クロウという男の話
帰路の山道で、サラはクロウに話しかけた。
これまで必要な言葉以外をほとんど話さない男だったが、集落での一夜を経て、少し雰囲気が変わった気がした。
「クロウさんは、情報商人をいつから?」
「十八から」
「今おいくつですか」
「三十七だ」
「ずっと一人で?」
クロウがしばらく黙った。
「師匠がいたが、十年前に死んだ」
「どんな人でしたか」
「うるさい人間だった」
クロウは言った。
「俺が黙っていると、お前は何を考えているんだと聞いてくる。答えると、それは違うと言う。また答えると、今度は正解だと言う。何が正解かは教えてくれない」
「それは……大変ですね」
「大変だった。でも十九年経って、あの人の言っていたことがだいたい正しかったとわかった」
サラが「それは悔しいですね」と言った。
クロウが珍しく口元を緩めた。
「お前は変わった娘だな」
「そうですか」
「情報商人の師弟関係の話をして、『悔しいですね』と返す人間は初めて見た。普通は『素晴らしい師匠ですね』と言う」
「だって、正しいとわかってから言われても悔しいじゃないですか。生きてるうちに教えてくれれば良かったのに、と思いませんでしたか」
クロウがまた黙った。
「……思った」
「それが本音ですよね」
クロウが前を向いて歩き続けた。
秀はその会話を聞いていた。
サラは無意識に、人の本音を引き出す。それが才能なのか、性格なのか。どちらでもある気がした。
地図を読む目と、人を読む目。その両方を持っている。
「依頼が終わったら、またどこかへ行くか」とクロウが聞いた。
「はい。行きたい場所がまだたくさんあります」
「……一人でか」
「そのつもりです」
「危険だ」
「一人でないとできないことが、旅にはあると思うので」
クロウが少し考えた。
「次の依頼で使えそうな場所があれば、声をかける。断っても構わない」
「……ありがとうございます」
サラが笑った。
二人が並んで山道を下りていく後ろ姿を、秀は見ていた。
人と人の間に、ゆっくりと信頼が育っていくのは、どの世界でも同じ形をしている。




