北方の村で
ガルドとエイルが辿り着いた村の名前は、ヘルムという。
王都から北へ五日。山と森に挟まれた盆地に、百人ほどが暮らしている小さな集落だ。石造りの家が肩を寄せ合うように並び、中央に井戸が一つ、その周りに村人たちが集まっていた。
村人たちは二人を警戒した。
「王都から来た人間か」
老人が代表して言った。目が鋭い。温かみはあるが、信頼はしていない目だ。
「そうだ。調査に来た。ただし王宮の正式な使者ではない」
ガルドは正直に言った。
「北方で何が起きているか、正確に知りたいだけだ」
「正確に知ってどうする」
「王宮に伝える。現場を見ずに机の上で判断する人間に、現場の声を届ける」
老人がしばらくガルドを見た。
「……入れ」
村の集会所に通された。粗末な長テーブルを囲んで、村の主だった人間が集まった。
話を聞くうちに、状況が見えてきた。
三年前から、北方の山岳地帯に新しい勢力が現れた。表向きは商会だが、実態は武装した組織だ。村々に「保護料」を要求し、払えない村には圧力をかける。税の拒否は王都への抵抗ではなく、その組織への対抗だったのだ。
「王都に何度も訴えた」と老人は言った。
「でも届かなかった」
ガルドが黙って聞いていた。
エイルは横で記録を取っていた。声も立てず、しかし一言も漏らすまいという顔で、ペンを走らせていた。
夜、宿を借りた農家の納屋で、ガルドがエイルに言った。
「記録はできているか」
「はい。ただ……」
エイルがペンを止めた。
「こういう話を聞くと、怒りが出てきます。それは記録に入れていいですか」
「事実だけ書け。感情は後でいい」
「でも、感情を持つことは間違いですか」
ガルドが天井を見た。
「間違いじゃない。感情がなければ、何のために記録するかわからなくなる。ただ、感情が先に出ると事実が歪む。順番の問題だ」
エイルが「……なるほど」と言って、また書き始めた。
秀はその二人を見ていた。
師が教え、弟子が学ぶ。その繰り返しの中で、両方が育っていく。
教えることは、学ぶことでもある。ガルドはそれを、ここへ来て初めて実感しているのかもしれない。




