レインの路地裏
テアトルムの朝は早い。
夜明け前の薄青い光の中で、レインはもう起きていた。仲間たちがまだ眠っているのを確認してから、音を立てずに廃屋を出る。足裏に馴染んだ石畳の凹凸が、長年の習慣を語っていた。
秀はその背中を追いながら、三日間この少年を観察し続けていた。
わかってきたことがある。
レイン・アッシュフォード。十四歳。両親は三年前の疫病で死んだ。それからは孤児院にいたが、院の主が金に困って子供たちを売ろうとしたとき、レインは七人の子供を連れて逃げた。今の廃屋はそれ以来の住処だ。
盗みはするが、闇雲にはやらない。狙うのは大きな商家か、明らかに金を持て余している貴族系の店。困っているような小さな露店は狙わない。倫理観というより、これが自分で決めたルールらしかった。
この三日で、秀はレインが実に頭の良い少年だということもわかった。
逃げ道を常に三つ以上確保している。人の動きを読んで行動する。仲間の年下たちへの接し方が、年齢の割に丁寧で思いやりがある。
(ただの泥棒じゃない)
秀は思った。これは、リーダーだ。
今朝のレインは市場へ向かわず、反対方向に歩いていた。町を出て、少し歩いたところにある川辺に座り込む。懐から折れた鉛筆のような棒と、小さな紙切れを取り出した。
何かを書いている。
秀は視点を寄せた。
描いているのは地図だった。町の地図。どこに見張りがいて、どの路地が袋小路で、どこに逃げ道があるか。それが丁寧に、しかしあくまで実用的に書き込まれている。
(戦略を立てているのか)
驚いた。十四歳の少年が、一人でこんなものを作っているとは思わなかった。
「……今日は貴族通りに行く」
レインが独り言を言った。
「ベルモント商会の配達日だ。あそこは荷運び人に積み荷の中身を確認させないから、人が多くなって混雑する。その隙に……」
計画を声に出して確認している。仲間には言わない。何かあったとき、自分だけが捕まるように、だろうか。
秀は静かにそれを聞いていた。
感心と、切なさが混じる。
この頭と行動力があれば、もっと別の道もあるはずだ。でもこの世界に、孤児が表の世界に出ていくための道がどれほど開かれているか。秀にはまだわからなかった。
川面が朝日に光った。レインはしばらくそれを見てから、地図を折りたたんで立ち上がった。
背中が、遠くに見えた。




