影を持つ男
サラに声をかけた男の名前は、クロウ・ヴェインといった。
年齢は三十代半ば。褐色の肌に、短く刈り込んだ黒髪。旅慣れた体格で、腰には短剣が一本。商人にしては目が鋭く、冒険者にしては物腰が静かだった。
「何者ですか」とサラが聞いた。
「情報商人と思ってもらえばいい」
「情報商人」
「地図、情報、調査。依頼を受けて動く」
クロウは淡々と言った。
「ルシアの古道について、依頼人が知りたがっている。お前が詳しいと聞いた」
「なぜその古道が必要なんですか」
「それは言えない」
サラが少し眉を寄せた。
「言えないなら、私も答えられません」
クロウが初めて表情を変えた。面白いものを見るような目だった。
「依頼人は商会の人間だ。古道を使えば輸送コストが下がる。それだけだ。悪用はしない」
「……本当に?」
「俺の仕事は情報を売ることだ。嘘をついたら商売にならない」
サラはしばらく考えた。
父に目を向けた。父は「お前が決めろ」という顔をしていた。
「知っていることは話します。でも条件があります」
クロウが「聞こう」と言った。
「その古道を、私も実際に見に行きたい。案内役として同行させてください」
クロウが目を細めた。
「危険な場所だぞ」
「地図で調べた場所を実際に見るのが私の目的です。それが条件です」
「……わかった。考える」
クロウは食事代を払って立ち上がった。扉の前で振り返った。
「三日後にまた来る。答えを聞かせてくれ」
扉が閉まった。
父がゆっくりと口を開いた。
「面白い男だったな」
「……怪しくないですか」
「怪しい。でも嘘はついてなかった」
サラが地図の本を手に取った。ルシア山脈のページを開いた。
秀はサラの手の動きを見ていた。
決心は、もうほぼついている。




