王都に流れる噂
冬の王都アルカディアは、白く静かなように見えて、水面下では何かが動いていた。
秀が最初にそれを感じたのは、訓練所の食堂でガルドとオルデンが交わした会話からだった。
「北方でまた動きがあったらしい」
オルデンが小声で言った。朝食の時間だったが、他の教官たちは別のテーブルにいる。
「反乱軍の残党か」
「そうじゃない。別の勢力だ。国境の村がいくつか、税の徴収を拒否している。それだけなら珍しくはないが……」
オルデンが声をさらに低くした。
「背後に誰かいるという話がある」
ガルドが黙って粥を飲んだ。
「俺に言う必要があるか」
「お前はヴァレン砦を知っている。北方の地形も知っている。もし調査の依頼が来たとき、断るつもりか」
「……訓練所の教官になったばかりだ」
「そうだな」
オルデンはそれ以上言わなかった。でも「もし」という言葉は空気に残った。
秀はその会話を聞きながら、物語の重心がゆっくりと移動し始めていることを感じていた。
ラメールとサラの話に戻ると、こちらでも小さな変化があった。
食堂に、見慣れない客が二日続けて来ていた。旅人の風体だが、目が鋭い。食事を注文しながら、さりげなく周囲を観察している。
サラは気づいていた。「あの人、何か探してるみたい」と父に言っていた。
三日目、その客がサラに声をかけた。
「地図を持っているそうだな」
サラが手を止めた。
「誰から聞きましたか」
「隊商のカルロスから。ヴァルハイムの地図商が、詳細な地図を持つ若い女性の話をしていた」
「……何のご用ですか」
男が懐から一枚の紙を出した。
「この地域の古道について、知っていることがあれば聞きたい」
サラが紙を見た。
ルシア山脈の東側。サラがヴァルハイムの地図屋で見た、古代街道が通っているはずの場所だった。
サラの目が、かすかに光った。
秀はそれを見ていた。
(来たな)
何かが動き始める前の、あの静かな緊張感。前世でも感じていた。大きな仕事の前、世界ツアーの発表前夜、何かが変わろうとする直前の空気。
テアトルムがゆっくりと、次の幕へと向かっていた。




