エイルという少年
王都の訓練所に来てから三週間が経ち、ガルドはエイル・トーヴという少年のことが気になって仕方なかった。
頭はいい。観察眼もある。理屈はすぐに理解する。でも体が言うことを聞かない。考えが早すぎて、体がついていかないのだ。
「エイル、昨日と同じ間違いをしている」
「わかっています。でもどうしても」
「どこが違うかはわかっているか」
「左の肘が上がりすぎています」
「ではなぜ上がる」
「……わかりません」
ガルドは少し考えてから、エイルの隣に立った。
「俺の動きを見ていろ」
素振りをした。
「今、俺の左肘がどこにあったか」
「…体の横、やや後ろです」
「お前の肘はどこにある」
「前……です」
「なぜそうなると思う」
エイルがしばらく考えた。
「右手に力を入れすぎているから、バランスをとるために左が動くんだと思います」
「そうだ」
ガルドは頷いた。「力を抜く練習をしろ。剣は握るものではなく、添えるものだ」
エイルが目を丸くした。「添える……」
「そのうちわかる。毎日素振りをしていれば」
エイルは翌日から、明らかに意識が変わっていた。まだ上手くはない。でも迷い方が変わった。考え方が変わった。
秀はガルドとエイルのやりとりを毎日見ていた。
ガルドの教え方は口数が少ない。でも的確だ。何が悪いかを教えるのではなく、なぜ悪いかを考えさせる。答えを与えない。生徒自身が発見するための問いを投げる。
(いい教え方だ)
秀は思った。自分もリーダーとして後輩に接するとき、同じことを意識していた。答えを押し付けると、その人の力にならない。自分で気づいた答えだけが、本当の力になる。
ある夕方、エイルがガルドに質問した。
「先生は、なぜ騎士をやめたんですか」
直球だった。他の生徒なら聞けない質問だろう。
ガルドは少し間を置いた。
「やめたんじゃない。外された」
「……なぜですか」
「命令に背いた」
「どんな命令ですか」
「お前が知る必要はない」
エイルは引き下がらなかった。「でも先生が今ここにいる理由と関係があるなら、知りたいです」
ガルドが少し眉を動かした。それから静かに言った。
「ある任務で、子供を見捨てるように言われた。できなかった。それだけだ」
エイルは黙った。
「……それは、間違っていないと思います」
「命令違反は騎士として失格だ」
「でも人として正しかったなら、騎士として失格でも、人として失格ではないと思います」
ガルドがエイルを見た。
十六歳の少年の目が、真剣だった。
ガルドは何も言わなかった。でもその夜、宿で剣を磨く時間が、いつもより少し長かった。
秀はそれを見ていた。
言葉は時々、思わぬ方向から届く。




