サラと嵐の夜
隊商が内陸の山道に差し掛かった夜、嵐が来た。
予兆はあった。午後から空が黄色みを帯びて、風が妙な方向から吹いていた。カルロスは急いで麓の村に避難しようとしたが、嵐は予想より早かった。
山道の途中で、風雨が本格的になった。
荷馬車が一台、崖側に傾いた。荷物が重く、車輪が雨でぬかるんだ地面に埋まっている。男たちが必死に押したが、動かない。
「荷物を下ろすしかない!」
カルロスが叫んだ。
サラは傘代わりの布が吹き飛んでも、荷馬車の荷下ろしを手伝った。重い荷物を持ち上げ、崖と反対側に積み上げる。雨で足元がぬかるんで、何度も転びそうになった。
「先生はあっちで待っていろ!」
「人手が足りないでしょう!」
言い返して、続けた。
荷物が半分になったところで、馬車がようやく動いた。崖から離れた側に引き、その場に止める。全員が車座になって、幌の中に潜り込んだ。
嵐が唸る。
幌の布が激しくはためいた。
「……みんな怪我は?」
カルロスが確認する。一人ずつ手を上げる。全員無事だった。
しばらく黙っていて、やがてカルロスが笑い出した。
「先生が一番荷物を運んでたな」
「そんなことないです」
「いや、見てた。三人分くらい動いてた」
サラは雨で濡れた髪を手で押さえながら「体力には自信があるので」と言った。食堂で毎日重い鍋を運んでいたから、腕力は人並み以上にある。
笑いが起きた。緊張が解けた笑いだった。
幌の中で、隊商の男たちがそれぞれの荷物から食料を出し合って、簡単な夕食を作った。乾パンと燻製肉と、非常用の蜂蜜。豪華ではないが、温かかった。
秀はその幌の中に漂っていた。
嵐の夜の、小さな灯り。雨音が外で轟く中、人が寄り集まって笑っている。
(こういう夜のことを、俺は知らなかったな)
全国ツアー移動中、嵐で飛行機が揺れたことはあった。でも移動は常に快適な機体の中で、スタッフが細心の注意を払ってくれていた。マネージャーが「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
でもこの隊商の人たちには、そういうものがない。あるのは、互いの存在だけだ。
それが弱さではなく、強さに見えた。
嵐が夜半に過ぎ去った。
朝、山道は洗われたように清潔で、空が青かった。
サラは幌から出て、深呼吸した。その顔に昨夜の疲れはあったが、それ以上のものもあった。
この旅が、確実に自分の中に積み重なっている、という顔だった。




