サラと地図の向こう
隊商が東の大都市ヴァルハイムに着いたのは、旅立ちから六週間後のことだった。
ラメールとは比べ物にならない規模の都市だった。人口は十万を超え、石造りの高い建物が立ち並び、港には大型の船が何艘も停泊している。五ヶ国語が飛び交う市場。異なる肌の色の人々。見たことのない食べ物の匂い。
サラは荷馬車から降りた瞬間、立ち尽くした。
「どうした、先生」
カルロスが声をかけた。
「……本で読んだのと、全然違います」
「そうか? どんなふうに?」
「本より、全部が大きい」
カルロスが笑った。「そういうものだ」
ヴァルハイムでの仕事は三日間。荷物の引き渡しと、帰路の荷物の積み込み。その間、サラには自由な時間もあった。
サラが最初に向かったのは、市場でも宿でもなく、地図屋だった。
古びた店構えの、ひっそりとした店。中には壁一面に地図が貼られていて、棚には冊子や巻物が並んでいた。
「いらっしゃい」
白髪の老人が顔を上げた。地図師、という職業が存在するらしく、その老人がそれだった。
サラは店の中をゆっくりと歩いた。壁の地図を見て、書き込みを読んで、時々手を伸ばしては止めた。
「珍しいね、若い娘さんが地図屋に来るのは」
老人が言った。
「この大陸の南方の地図って、ありますか」
「あるよ。どこのを探してる?」
「ルシア地方の山岳部を詳しく書いたもの」
老人が目を細めた。「なぜそこを?」
「本で読んだんですが、ルシア山脈の東側に古代の街道があったと書いてあって。でもどの地図にも載っていないので、本当にあるのかどうか調べたくて」
老人が立ち上がって、棚の奥から古い巻物を引っ張り出した。広げると、細かな書き込みが入った古地図が現れた。
「これだ。百年前のものだが、そこに点線で書いてある」
サラが食い入るように見た。確かに、薄い点線が山の中を走っている。
「本物だったんだ……」
その声は、小さかったけれど、確かな感動が入っていた。
秀はその瞬間を見ていた。
ページの中にしかなかったものが、現実に存在することを証明された瞬間。信じていたものが本物だったと知る瞬間のあの声。
(俺も、あの声を聞いたことがある)
デビュー曲が初めてラジオで流れた夜、スタジオで五人で聞いた。誰も何も言わなかった。でも、全員が同じ顔をしていた。
夢が現実になった顔。
地図屋の老人は、サラに古地図の複写を譲ってくれた。小遣い銭を叩いて買ったそれを、サラは大切に折りたたんで、地図の本に挟んだ。
ヴァルハイムの夕日が、港を橙色に染めた。




