サラが見た世界
隊商の旅は、サラが想像していたものとも、また違った。
道は険しかった。荷馬車は揺れ、宿はいつも粗末で、食事は乾パンと干し肉が多かった。同行する隊商の男たちは気のいい人間ばかりだったが、最初の一週間、サラは自分が場違いな気がして仕方なかった。
でも、地図を広げたときだけは違った。
「ヴァルト峠を超えるなら、この時期は北寄りのルートの方が雪解け水で道が悪い。南を回った方がいい」
隊商の長であるカルロスが驚いた顔をした。
「……本当か? 毎年この道を通ってるが」
「本に書いてありました。この地域の春の気候について」
カルロスは信じるかどうか迷った顔をしたが、部下に確認させると、サラの言った通り、南ルートの方が状態が良かった。
それ以来、カルロスはサラを「先生」と呼ぶようになった。からかい半分だったが、悪意はなかった。
秀はサラと一緒に旅を続けた。
初めて見る景色に、サラの目が輝く瞬間が好きだった。丘の頂上から見える広大な平原、川沿いの古い橋、見たことのない野花が一面に咲く草地。サラは本で読んだ地名と実際の景色を照らし合わせながら、小さく「ここが……」と呟いた。
その声は、喜びと確認が混ざっていた。
ある夜、野営の焚き火のそばで、カルロスがサラに聞いた。
「なんでそんなに地理に詳しいんだ? 旅でもしてたのか?」
「いいえ。ずっと食堂にいました」
「それで本だけで覚えたのか」
「本しか、なかったので」
カルロスはしばらく黙ってから、「すごいな」と言った。サラは「そんなことないです」と答えたが、その顔は夕焼けでもないのに少し赤かった。
秀は焚き火の明かりの中にいるサラを見ていた。
何万人もの前で照明を浴びていたかつての自分と、焚き火の前にいるサラ。規模は全く違う。でも、誰かに「すごい」と言われたときの、あの照れたような嬉しさは、きっと同じものだ。
才能を認められる瞬間の、あの感覚。
どんな小さな焚き火の前でも、それは輝く。




