訓練場の朝
雪はひと月かけて溶けた。
石畳の隙間から草が顔を出し、露店の布が再び色彩を取り戻す頃、レイン・アッシュフォードはラメール衛兵隊の訓練場に毎朝現れるようになっていた。
入隊試験に合格したのは、初雪の翌日のことだった。
試験官は後から仲間にこう言ったらしい。「あの目だ。あの目をした子供は、折れない」と。
もっとも、レイン本人は合格の知らせを聞いた夜、廃屋に帰って仲間たちの前で「やった」と一言言っただけで、その後は普段通りだった。泣きもしなかったし、騒ぎもしなかった。七人の子供たちが歓声を上げる中、レインだけが静かにそれを受け取った。
秀はその夜の光景を、何度も思い返していた。
結果を喜ぶより先に、次のことを考えている。その性質がレインの強さであり、同時に孤独の根でもあるのだろう、と秀は思った。
訓練は朝の鐘から昼まで続く。
基礎体力訓練、剣の型、馬の扱い、法と規則の暗記。正式な隊員ではなく見習いの身分だから、訓練中は雑用もこなさなければならない。それでもレインは一度も愚痴を言わなかった。
「アッシュフォード、もう一本」
教官の声が飛ぶ。
木剣を構え直し、素振りをくり返す。日が高くなるにつれて、汗が顎先から落ちた。
秀はその動きを目で追っていた。
筋がいい、とガルドは言っていた。実際、レインの動きには無駄がなかった。路地で鍛えた瞬発力と重心移動が、剣の動きに自然と活きている。型を一度見れば、次にはほぼ再現できる。
(こいつは本物になる)
根拠はないが、確信があった。
前世でもそういう感覚は外れなかった。翔が初めてダンスの振りを覚えたとき、零がはじめて高音を出したとき、蓮が演技の感情を掴んだとき、湊がステージで初めて客席と繋がったとき。あの感覚と同じだった。
訓練が終わり、レインが水桶で顔を洗っていると、後ろから声がかかった。
「飯、食ったか」
振り向くと、ガルドがいた。
「……なんでいるんですか」
「散歩だ」
「嘘くさい」
ガルドは答えずに、近くの屋台で串焼きを二本買って、一本をレインに差し出した。レインは一瞬躊躇してから、受け取った。
二人は並んで食べた。会話はない。
でも秀には、その沈黙が心地よいものに見えた。
言葉がなくても、そこにいることができる。それはなかなかできることではない。
串焼きを食べ終えて、ガルドが立ち上がった。
「明日も来るのか」
「来ます」
「そうか」
それだけ言って、ガルドは歩き去った。その背中は、一ヶ月前より少しだけ、まっすぐになっていた。




