第8話 勇者の全力の一撃が、看板娘のデコピンで沈んだ件 ~ゴミの処分はセルフサービスでお願いします~
「死ねぇっ! アレンンンッ!」
勇者レオンが咆哮と共に床を蹴る。
腐っても元Sランク。その踏み込みは鋭く、鉄の剣は風を切る音と共に俺の首を狙っていた。
だが、俺は身じろぎ一つしなかった。
避ける必要がないからだ。
ガキンッ!!
硬質な音が店内に響き渡る。
レオンの剣は、俺の鼻先数センチのところで止まっていた。
……いや、止められていた。
「な……んだと……?」
レオンが愕然と目を見開く。
彼の渾身の一撃を、フェルが「人差し指と親指」だけで摘んで止めていたのだ。まるで汚い布切れでも摘むかのように。
「……遅い。止まって見えるぞ、人間」
「ば、馬鹿な! 俺は勇者だぞ!? 身体強化もかかっているのに!」
「勇者? それが貴様の種族名か? 我が主が作る『失敗作の雑巾』の方が、まだ耐久力がありそうだが」
フェルが冷酷に嗤う。
そして、指先にほんの少し力を込めた。
パキンッ!
ただの鉄の剣が、飴細工のように砕け散った。
「ひっ!?」
「次はお前がこうなる番だ」
フェルが軽く――本当に、ハエを払う程度の力で、レオンの額にデコピンを放つ。
ドォォォォン!!
大砲のような音がして、レオンの体が吹き飛んだ。
店の壁に激突……する寸前で、壁が淡く発光し、衝撃を吸収して弾き返す。俺が施していた『衝撃吸収結界』だ。店が壊れなくてよかった。
「がはっ……!? げぇぇ……ッ!」
レオンは床に無様に転がり、白目を剥いて痙攣している。
たった一撃。デコピン一発で、勇者は沈黙した。
「レ、レオン!?」
「ひぃぃっ! ば、化け物……!」
マリアとガイルが悲鳴を上げ、後ずさる。
「くっ、こうなったら魔法で……!」
ガイルが震える手で杖を構えるが、俺は溜息をついた。
「無駄だよ、ガイル」
「うるさい! 『ファイア・ボ……』」
シュンッ。
ガイルの詠唱が終わる前に、彼の杖が手元から消滅した。
そして、俺の手の中に収まる。
「なっ、俺の杖が!? いつの間に!?」
「【自動収集】の応用だよ。所有権が曖昧なゴミは、回収できる設定にしたんだ」
俺はボロボロの木の杖をへし折り、ゴミ箱へ放り投げた。
「マリア、君もだ。回復魔法を使おうとしても無駄だぞ。この店の中は『敵対者への魔力供給を遮断する』フィールド効果がある」
「そ、そんな……アレン、あなた、本当に人間なの……?」
マリアが腰を抜かしてへたり込む。
俺はカウンターから出て、彼らを見下ろした。
「分かったか? 君たちが強かったんじゃない。俺の装備と支援が強かっただけだ」
俺は、床で呻いているレオンの前にしゃがみ込んだ。
「レオン。お前は俺を『役立たず』と言ったな。でも、その役立たずがいなくなった結果が、その無様な姿だ」
「あ……うぅ……俺は……勇者……」
「いいや、今の君たちはただの『Cランクのゴロツキ』だ。強盗未遂の現行犯でもある」
俺はフェルに合図を送った。
「フェル、掃除の時間だ。生ゴミを外へ」
「御意!」
フェルは楽しげに尻尾を振ると、レオンの襟首を掴み、さらにガイルとマリアの服も掴んで、三人をまとめて持ち上げた。
「や、やめろ! 放せ!」
「アレン! 待って、話し合おう! 私たちは幼馴染でしょ!?」
「ごめんなさい! 謝るから! ポーションを一本だけでいいからぁぁぁ!」
三人が泣き叫び、命乞いをする。
だが、俺の心は驚くほど凪いでいた。
「幼馴染だったよ。――昨日まではな。もう二度と顔を見せるな」
俺は冷たく言い放ち、ドアを開けた。
「そぉれ、出荷だ!」
フェルが三人を店の外へと放り投げる。
彼らは美しい放物線を描き、泥だらけの地面へと転がっていった。
バタンッ。
俺は静かにドアを閉め、鍵をかけた。
店内に静寂が戻る。
甘いお香の香りが、悪臭を消し去ってくれた。
「ふぅ……すっきりしたな」
「うむ! 良い運動になったぞ。さあ主よ、邪魔者は消えた。続きだ、プリンの続きを寄越せ!」
フェルが目を輝かせてテーブルに戻る。
俺は苦笑いしながら、冷蔵庫(氷魔法石製)から新しいプリンを取り出した。
窓の外では、泥まみれの三人が何かを叫んでいるようだが、防音ガラスのおかげで何も聞こえない。
俺たちの平和な日常は、こうして守られたのだった。




