第7話 落ちぶれた勇者たちが店にやってきた。「そのポーション、俺たちの金で買ったんだろ!?」
その日の午後、リーゼ村に不釣り合いな怒号が響いた。
「おい! どこだアレン! 隠れてないで出てきやがれ!」
村人たちが眉をひそめて遠巻きにする中、三人の男女が村の大通りを歩いていた。
かつて栄光の『光の剣』と呼ばれた、勇者レオン、聖女マリア、魔導師ガイルの三人だ。
だが、今の彼らにSランクの威厳は微塵もない。
レオンの鎧は凹んで錆が浮き、マリアのローブは泥で汚れ、ガイルは杖の代わりにただの木の棒をついている。Cランクに落ち、金欠で宿にも泊まれず、野宿をしながらここまで来たのだ。
「あいつ……! 王都から金を盗んで逃げたという情報は本当だったようね!」
マリアがヒステリックに叫ぶ。
商人のゴロンゾが吐いた「アレンは詐欺師」という嘘を、彼らは完全に信じ込んでいた。いや、「そうでなくてはならない」とすがっていたのだ。
自分たちが不幸なのは、アレンが何かズルをしているからだ、と。
「あそこだ! あの丘の上!」
ガイルが指差した先に、『アレン雑貨店』があった。
美しく磨かれたログハウス。窓ガラスはクリスタルのように輝き、庭には手入れされた薬草園が広がっている。
どう見ても、成功者の住処だ。
「……ふざけるな。俺たちが野宿している間に、あいつだけぬくぬくと……!」
レオンの目に嫉妬と怒りの炎が宿る。
「行くぞ! 俺たちの金を取り返すんだ!」
カランコロン♪
軽やかなドアベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませー……って、なんだ、お前らか」
カウンターの奥から出てきたアレンの声は、驚くほど平坦だった。
まるで、道端の小石でも見るような目。
「『なんだ』だと!? 盗っ人が開き直るなよ!」
レオンが土足でピカピカの床を踏み荒らし、カウンターに詰め寄る。
店内には甘い香りが漂い、棚には見たこともないほど高品質なアイテムが並んでいた。
「おい見ろよガイル! あのポーション、王家の宝物庫でしか見たことない透明度だぞ!?」
「あっちには『竜の牙』がそのまま置物になってる……! 金貨何千枚分だ!?」
マリアとガイルが、宝の山を見て浅ましく目を輝かせる。
「ははっ! 証拠は挙がったぞアレン! お前、パーティーの共有財産を横領してこんな店を建てたな!?」
レオンが勝ち誇ったように叫ぶ。
俺はため息をついて、読みかけの本を閉じた。
「横領? 何を言ってるんだ。全部、俺が自力で集めた素材で作ったものだ」
「嘘をつくな! 無能な『ゴミ拾い』のお前にそんなことができるわけないだろう!」
「それに……」
マリアが震える指で、俺の隣を指差した。
そこには、エプロン姿のフェルが立っている。銀髪が窓からの光を受けて輝き、その美貌はかつて「王都の華」と呼ばれたマリアですら霞むほどだ。
「な、なによその子……! 私より可愛いじゃない! どこの奴隷商から買ったの!?」
「失礼な女だな。我は主の忠実な下僕だ。……おい主よ、この薄汚い連中はなんだ? 店が臭くなるぞ」
フェルが鼻をつまみ、露骨に嫌そうな顔をする。
実際、彼らからは汗と泥、そして魔物の体液が混じった酷い悪臭が漂っていた。清潔な店内においては異物でしかない。
「ぐっ……! 俺たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
レオンが腰の剣(刃こぼれした鉄の剣)に手をかけた。
「アレン! 慈悲深い俺からの最後の提案だ! 今すぐこの店の権利書と、全財産を俺たちに譲渡しろ! そしてパーティーに戻って、一生タダ働きで償え! そうすれば、命だけは助けてやる!」
「そうよアレン君! 私たちの装備も元通りにして! 私の肌荒れも治して! 今すぐよ!」
「俺の魔力も回復させろ! 今なら許してやる!」
三人が口々に喚く。
そのあまりに身勝手で、現実が見えていない言葉の数々。
怒りを通り越して、俺は哀れみすら覚えた。
かつては輝いて見えた幼馴染たちが、こんなにも醜い欲望の塊だったとは。
「……断る」
俺は静かに、しかしはっきりと告げた。
「君たちに渡す商品は一つもない。それに、もう『メンテナンス契約』も切れている。他人なんだから、さっさと帰ってくれ」
「なっ……断る、だと……?」
レオンの顔が怒りで真っ赤に染まる。
「荷物持ち風情が、勇者である俺に逆らうのか……! いいだろう、なら力ずくで奪うまでだ! その可愛い女ごと、全て俺のものにしてやる!」
レオンが剣を抜き放ち、俺に向かって振り上げた。
店内で武器を抜く。それはもはや客ではなく、ただの強盗だ。
「フェル」
「うむ、待っていたぞ主よ」
俺が短く名を呼ぶと、フェルが獰猛な笑みを浮かべて前に出た。
「我が聖域で牙を剥いたこと、後悔させてやる」
伝説の神獣フェンリル vs 落ちぶれた元勇者。
勝負の結果は、見るまでもなかった。




