第56話 裏世界の海は空に浮いていたが、マグロが泳いでいるなら釣り場に変わりはない
島クジラ『イサナ号』は、羅針盤が指し示す海溝の底――漆黒の大渦へと突入した。
『ヴォォォォォ……!(怖イ、暗イ、吸イ込マレルゥ!)』
「頑張れイサナ! この先に最高の餌があるぞ!」
激しい水流と重力の歪みに、巨大なクジラが木の葉のように揉まれる。
俺たちはイサナの背中に張り付き、必死に耐えた。
そして、視界が真っ白な光に包まれた瞬間。
フワッ。
浮遊感と共に、水の抵抗が消えた。
「……え?」
リリアナが目を開け、空を見上げて絶句する。
そこは、「天地が逆転した世界」だった。
俺たちの頭上――空一面に、透き通るような美しい「海」が広がっていたのだ。太陽のような光源が足元の雲海から照り返し、頭上の海面をキラキラと輝かせている。
重力が反転しているのか、イサナ号はその「空にある海」と「下の雲海」の狭間を、飛行船のように漂っていた。
「空に……海が……? ここが『裏の世界』?」
「凄い……物理法則が完全に仕事放棄してますわ」
エリザベートも呆然と扇子を落とす。
だが、俺の視線は一点に釘付けだった。
頭上の海の中を、虹色の光を放ちながら悠然と泳ぐ、超巨大な魚影。
全長300メートル超。
宝石のような鱗。流線型の美しいフォルム。
そして何より、あの丸々と太った腹身から漂う、極上の脂の気配。
「間違いない……あれが海賊王の求めた究極の食材……」
【鑑定結果:虹色銀河マグロ(レインボー・ギャラクシー・ツナ)】
【ランク:神級食材】
【説明:次元の狭間を回遊し、オーロラを食べて育つ伝説の魚。全身が大トロ】
「全・身・大・ト・ロだとぉぉぉ!?」
俺の理性が弾け飛んだ。
インベントリから「幻の醤油」、「本わさび」、「神代米」のアイコンを確認。準備は万端だ。あとは「ネタ」を乗せるだけ!
「リリアナ、舵を切れ! イサナ、上昇だ! あのマグロを一本釣りするぞ!」
「い、一本釣りって……相手は300メートルよ!? クジラと同じサイズじゃない! 竿なんてないわよ!」
「あるさ。……さっきの戦利品で作った」
俺はイサナ号の船首(クジラの頭の上)に設置した、巨大な装置のカバーを外した。
それは、解体した古代兵器ポセイドンの「腕パーツ」と「キャノン砲の砲身」、そして「深海王の槍」を合成して作った、狂気の漁具だ。
名付けて――『対神級鮮魚用・魔導ハープーン・キャノン』。
「釣り糸は『ミスリル・ワイヤー』を100本撚り合わせた特別製だ。絶対に逃さん!」
俺は砲座に乗り込み、照準を合わせる。
頭上の海を泳ぐ虹色マグロのお腹(大トロ部分)にロックオン。
「いっけえぇぇぇぇ!!」
ドォォォォン!!!
爆音と共に、巨大な銛が発射された。
銛は空を切り裂き、頭上の海面を突き破り、マグロに向かって一直線に飛翔する。
だが。
ギョロリ。
虹色マグロの巨大な眼球が動き、こちらを見た。
バシィィィン!!
マグロが尾びれを一振りしただけで衝撃波が発生し、俺の放った銛が弾き飛ばされた。
「なっ!? 俺の特製銛を弾いただと!?」
それだけではない。
マグロは口を大きく開けると、七色のエネルギー弾をチャージし始めた。
「嘘でしょ!? マグロがビーム撃とうとしてるわよ!?」
「師匠! あれは高純度の魔力ですわ! 直撃したらイサナ号ごと消滅します!」
ズドォォォォォン!!!
極太の虹色ビームが降り注ぐ。
イサナが悲鳴を上げて回避行動を取るが、ビームの余波だけで海が沸騰し、空間が歪む。
「……ははっ。最高だ」
俺は揺れる甲板で仁王立ちし、獰猛な笑みを浮かべた。
「活きがいいじゃねぇか。簡単に釣れる魚なんて面白くない。……それにな」
俺は涎を拭った。
「抵抗すればするほど、身が引き締まって美味くなるんだよ!!」
道具屋アレン vs 神級マグロ。
次元を超えた、史上最大の「漁」が幕を開けた。




