第55話 深海王が軍勢を率いてきたが、全員『フジツボ』まみれだったので掃除してあげた
「見ツケタゾ……」
深海の闇から響く重低音と共に、竜宮城を取り囲む光のドームの外側に、無数の影が現れた。
それは、エイやサメ、深海魚の特徴を持つ武装した魔族たち――「深海魔族」の大軍団だった。
その数、およそ1万。
そして軍勢の中央には、見上げるような巨体を持ち、全身が黒い甲殻とヘドロのような粘液に覆われた「深海王」が鎮座している。
「我ガ名ハ、深海王アビス。貴様ラ人間ガ、我ラガ神ポセイドンヲ破壊シタ罪、万死ニ値スル」
アビスが三叉の槍を掲げると、周囲の海水が震え、殺気が物理的な圧力となってドームを軋ませた。
「ひぃっ……! あれは伝説の『深海王』……! 竜宮城の兵力だけでは勝ち目がありませんわ!」
女王メルメディアが震え上がる。
「アレン、どうしよう……! あんな大軍相手じゃ、私のドリルでも弾切れになりますわ!」
エリザベートも杖を構えるが、顔色は悪い。
だが、俺は違った。
俺の目は、アビス王の身体をじっくりと凝視していた。
【解析結果:深海王アビス】
【状態:激怒(原因:慢性的肩こり、寄生フジツボによる痒み)】
【付着物:呪いのフジツボ(A級素材)、千年ヘドロ(S級肥料)】
「……汚いな」
俺はポツリと呟いた。
「ハ? 命乞イカ?」
「違う。お前、風呂に入ってないだろ? 背中、痒くないか?」
俺の言葉に、アビス王の動きが一瞬止まった。
図星だったらしい。
「貴様ニハ関係ナイ! 総員、突撃ィィィ!!」
アビス王の号令で、魔族たちがドームへ殺到しようとする。
俺はため息をつき、先ほど解体したポセイドンのパーツと、手持ちの「高圧洗浄ノズル」を組み合わせた即席魔道具を構えた。
「客の衛生管理をするのも店の義務だ。……喰らえ、『超高圧温水洗浄機:スプラッシュ・バスター』!!」
バシュゥゥゥゥゥゥッ!!!
俺がトリガーを引くと、ポセイドンの動力炉で加熱・圧縮された熱湯が、レーザービームのような勢いで噴射された。
狙うはアビス王の背中!
「グオォォッ!? 熱ッ!? ……イヤ、待テ……?」
直撃を受けたアビス王が悲鳴を上げるが、すぐにその声色は変わった。
高圧洗浄ビームが、王の甲殻にこびりついていた「呪いのフジツボ」や「千年ヘドロ」を、バリバリと剥がし飛ばしていくのだ。
「あ、アアッ……ソコ……! ソンナ強イ水圧デ……! 長年取レナカッタ背中ノ汚レガァァァ……!!」
アビス王が恍惚の表情で海老反りになる。
「お前らもだ! まとめて綺麗にしてやる!」
俺はノズルを拡散モードに切り替え、乱射した。
バシュバシュバシュッ!!
「ひゃあああん! 鱗の隙間が気持ちいいぃぃ!」
「寄生虫が取れたぁぁぁ! 体が軽いぃぃ!」
襲いかかってきた深海魔族たちが次々と洗浄され、ツルツルピカピカになって沈んでいく。
戦場は一瞬にして、「巨大銭湯」と化した。
数分後。
そこには、全身の汚れが落ち、真珠のように白く輝くイケメン(?)になったアビス王の姿があった。
「……信ジラレナイ。数千年ノ痒ミガ消エタ。……余ハ、生マレ変ワッタ気分ダ」
アビス王は自身のピカピカなボディを見つめ、涙を流した。
そして、俺に向かって深々と頭を下げた。
「人間ヨ。イヤ、洗浄ノ神ヨ。無礼ヲ働イタコト、謝罪スル。……礼ニ、コレヲ持ッテイッテクレ」
アビス王が差し出したのは、大量の【深海鉱石】と、この海域の【安全通行手形】だった。
「どうも。また汚れたら店に来な。半額クーポンやるから」
「感謝スル……!」
軍勢は礼を言いながら去っていった。
俺の足元には、剥がれ落ちた大量の「呪いのフジツボ(高級出汁の材料)」と「千年ヘドロ(最高級肥料)」が山積みになっていた。
「……師匠」
エリザベートがジト目で俺を見る。
「戦争を『お風呂』に変えるなんて、もはや災害レベルですわね」
「人聞きが悪いな。ただの対顧客サービスだ」
俺は回収したフジツボをインベントリにしまいながら、リリアナに言った。
「さて、邪魔者は消えた。いよいよ羅針盤の指す場所へ行こうか」
「う、うん……(この人といれば、世界の終わりでもピクニックになりそう)」
羅針盤は、海底のさらに深く、真っ暗な海溝の底を指していた。
そこには、別次元へと通じる「大渦」が口を開けていた。




