第51話 竜宮城に招待されたが、姫様よりも『最高級ワカメ』の方が魅力的だった
エリザベートの追撃を振り切り、島クジラ『イサナ号』は深海へと潜行していた。
イサナが展開する強力な魔力結界のおかげで、背中の「アレン農園」は水圧も海水も受けず、地上と同じ環境が保たれている。
「……綺麗」
リリアナが結界越しに外を見つめて呟く。
暗黒の海中を、発光するクラゲや見たこともない深海魚たちが舞っている。
「そうだな。あそこに泳いでる『提灯アンコウ』、肝が美味そうだ」
「あんたはすぐそれね!」
そんな会話をしていると、前方に巨大な光のドームが現れた。
虹色に輝く珊瑚で作られた城壁、真珠を散りばめたような塔。
伝説の海底都市――通称「竜宮城」だ。
『主ヨ、ココニ俺ノ友達ガ住ンデル。挨拶シテイクカ?』
「ほう、魚人族の国か。珍しい調味料があるかもしれないな。寄っていこう」
俺の許可が出ると、イサナはドームの入り口へと巨体を寄せた。
◇ ◇ ◇
ドーム内に入港した俺たちを待っていたのは、歓迎ではなく、鋭い槍の穂先だった。
「止まれ人間! 此処は誇り高きマーマンの都! 地上の穢れた空気を持ち込むな!」
上半身が人間、下半身がサメやカジキの姿をした屈強な近衛兵たちが、殺気を放って囲んでいる。
「待ってくれ! 私たちは怪しいものじゃない!」
リリアナが前に出るが、兵士長(ホオジロザメ型)は聞く耳を持たない。
「問答無用! 海を汚す人間は敵だ! その巨大生物ごと串刺しにして……」
兵士長が槍を振り上げた、その時。
「おっ、いい『昆布』持ってるな」
俺が兵士長の槍をガシッと掴んだ。
槍の柄に使われているのは、ただの木ではない。深海で数千年育った『神昆布』の硬化した茎だ。
「な、なんだ貴様! 放せ!」
「これ、出汁にしたら最高だぞ。なぁ、その槍と、俺の『焼きトウモロコシ』を交換しないか?」
「はぁ!? 神聖な武器を食べ物と……」
「やめなさい!」
凛とした声が響き渡った。
兵士たちがサッと道を開ける。現れたのは、下半身が鮮やかなエメラルドグリーンの鱗に覆われた、美しい人魚の女性だった。
頭には珊瑚の冠。この国の女王、メルメディアだ。
「女王陛下! しかしこやつらは……」
「お黙りなさい。……その人間の娘が首から下げているものをよく見なさい」
女王が指差したのは、リリアナの胸元にあるペンダントだった。
ドクロのマークに、海の波が刻まれた紋章。
「そ、それは……『海神の守り刀』の紋章!?」
兵士長が目を見開く。
「その通りです。……貴女、名はなんと言いますか?」
「リ、リリアナです。海賊王バルバロスの娘です」
その名を聞いた瞬間、女王の瞳が潤み、彼女はリリアナの手を取った。
「ああ……バルバロスの娘が、こんなに大きくなって……! 貴女の父は、かつて魔獣からこの国を救ってくれた英雄なのです!」
どうやらリリアナの父親は、ただの海賊ではなく、海と魚人たちを守る義賊だったらしい。
国賓級の扱いで歓迎されることになったリリアナ。
「素晴らしい……! 今日は国を挙げて宴を開きましょう!」
女王が微笑む。
「宴か。楽しみだな」
俺も期待に胸を膨らませた。深海の珍味、未知の魚料理……!
しかし、出された料理を見て、俺は絶句した。
テーブルに並んでいたのは、生の海藻、生の貝、生きたままの小魚……。
「……あの、女王様? 調理は?」
「調理? 我々は素材の味を愛する種族。火を通すなど野蛮なことはしません」
味付けゼロ。
海水による塩味のみ。
(……あかん。これじゃあ白米が進まない!)
俺の「道具屋魂(料理人魂)」に火がついた。
「女王陛下。失礼ながら、素材が泣いています」
「なんですって?」
俺はインベントリから「イサナ農園」で採れたての『神代米』と、手に入れたばかりの『幻の醤油』、そして兵士長から(強引に)交換してもらった『神昆布』を取り出した。
「見ていてください。これが地上の『魔法(料理)』です」
俺は土鍋で米を炊き、昆布で濃厚な出汁を取り、新鮮な深海魚の切り身を醤油漬けにした。
炊きたての熱々ご飯の上に、ヅケにした魚を乗せ、出汁をたっぷりとかける。
完成したのは――『深海・極上出汁茶漬け』。
湯気と共に立ち上る、暴力的なまでの出汁と醤油の香り。
女王の喉がゴクリと鳴った。
「こ、これは……なんという香り……」
「どうぞ。一口食べれば世界が変わりますよ」
女王がおずおずとスプーンを口に運ぶ。
「…………っ!!!!」
カラン。
スプーンが床に落ちた。
女王の目から、真珠のような涙がこぼれ落ちる。
「美味しい……! 温かくて、優しくて、旨味が爆発している……! 私たちは今まで、何を食べていたの……!?」
会場が大騒ぎになった。
こうして竜宮城の宴は、俺による「出汁茶漬け講座」へと変わり、魚人たちは初めて知る「旨味(UMAMI)」の虜となったのだった。




