第5話 Sランクパーティーの没落。たった一匹の赤鬼(レッド・オーガ)に勝てない勇者たち
その日、王都の冒険者ギルドは異様な熱気に包まれていた。
かつて栄光を極めたSランクパーティー『光の剣』が、ランク降格を懸けた「査定試験」に挑むことになったからだ。
「おい聞いたか? 相手は『レッド・オーガ』らしいぞ」
「は? Bランク相当の魔物だろ? Sランクの勇者なら瞬殺じゃねえか」
「それが最近、ゴブリン相手に苦戦したって噂でさ……」
観衆のひそひそ話が聞こえる中、闘技場の中央に勇者レオンたちが立っていた。
「くそっ、見世物じゃねえんだぞ!」
レオンは苛立ちを隠せない。
手には、借金をして買った『鋼鉄の剣』。マリアは神殿から支給された量産品のローブ。ガイルも中古の杖だ。
「始め!」
試験官の合図とともに、檻から身長3メートルほどの赤鬼が解き放たれた。
筋肉隆々の巨体が、咆哮を上げて突進してくる。
「行くぞ! こんな雑魚、俺一人で十分だ!」
レオンが地を蹴る。
彼の剣技は確かに鋭い。踏み込みと同時に、赤鬼の胴体を薙ぎ払う一閃――。
ガキンッ!!
鈍い音が闘技場に響き渡った。
剣は赤鬼の厚い皮膚に弾かれ、その反動でレオンの手首が悲鳴を上げた。
「な、なんだと……!? 刃が通らない!?」
レオンは愕然とした。
以前なら、この程度の魔物の皮膚など豆腐のように切り裂けたはずだ。
彼は知らなかったのだ。かつての愛剣が、アレンの『研磨スキル』と『切れ味増強』の付与によって、常に限界を超えた切れ味を維持されていたことを。
「ガアアアアッ!」
「ぐおっ!?」
赤鬼の裏拳がレオンを襲う。
回避しようとするが、体が重い。アレンが付与していた『身体強化』の補助がない今の彼は、ただの人間だ。
直撃を受けたレオンが、ボールのように転がる。
「レオン! 今、回復を……!」
マリアが杖を掲げる。
「聖なる癒しよ! 『ハイ・ヒール』!」
しかし、光は弱々しく、レオンの擦り傷を塞ぐのがやっとだった。
打撲のダメージが抜けず、レオンが呻く。
「な、なぜですか……? 私の祈りが届かないなんて……」
マリアもまた、理解していなかった。
彼女の膨大な回復量は、アレンが作った『聖女の指輪(回復効果200%アップ)』によるブーストあってのものだったことを。
「ええい、どけ! 俺が黒焦げにしてやる!」
焦ったガイルが前に出る。
最大火力の攻撃魔法を詠唱し始めた。
「爆ぜろ! 『エクスプロージョン』!」
ドォォォン!!
爆炎が赤鬼を包む。観客から歓声が上がる。
だが、ガイルはその場に膝をついた。
「ハァ、ハァ……! ま、魔力が……空っぽだと……!?」
たった一発。それだけで魔力切れ(ガス欠)を起こしていた。
以前はアレンの『魔力譲渡』と『消費MP半減ネックレス』のおかげで連発できていただけなのを、彼は「自分の魔力量が無限に近い」と勘違いしていたのだ。
煙が晴れる。
そこには、皮膚を少し焦がして激怒した赤鬼の姿があった。
「グルルゥゥ……!!」
「ひっ……!」
武器は通じず、回復は間に合わず、魔力は尽きた。
迫りくる赤鬼の棍棒を前に、三人の脳裏に走ったのは「死」の恐怖。
そして、ある男の顔だった。
――『大丈夫、僕が支援します』
いつも背後から聞こえてきた、あのアレンの頼もしい声は、もう聞こえない。
「あ、ああ……アレン……!」
レオンが情けない悲鳴を上げた瞬間、試験官たちが割って入った。
「そこまで!! 試験中止! 勝者、レッド・オーガ!」
判定は残酷だった。
「パーティー『光の剣』。実力不足により、SランクからCランクへの降格を命じる」
ギルドマスターの冷徹な宣告。
観客席からは、失望のため息と罵声が飛んでくる。
「なんだよ、見かけ倒しじゃねえか」
「あの荷物持ちがいなくなった途端にこれか?」
「『寄生虫』はどっちだったんだか」
その言葉は、レオンのプライドを粉々に打ち砕いた。
彼は泥まみれの拳を握りしめ、血が出るほど唇を噛んだ。
「違う……俺たちが弱いんじゃない……調子が悪かっただけだ……!」
認めない。認めてたまるか。
だが、現実は彼らを追い詰めていく。
「おい、アレンの奴を探せ」
ガイルが震える声で言った。
「あいつの持っていた素材と装備を取り返すんだ。あれさえあれば、俺たちはまた最強に戻れる!」
「そ、そうね! アレン君もきっと、私たちに謝りたがっているはずよ!」
マリアも縋るように頷く。
彼らはまだ、自分たちが「許される側」だと信じていた。
アレンの居場所が、遠く離れた辺境だとも知らずに。
その頃。
『アレン雑貨店』のリビング。
「主よ、この『プリン』なる食べ物はなんだ!? ほっぺたが落ちるぞ!」
「卵と牛乳があったから作ってみたんだ。美味いか?」
俺はフェルとお茶を飲みながら、くつろいでいた。
窓の外には、のどかな田園風景が広がっている。
「ん? なんだか耳が痒いな……」
「誰かが主の噂をしているのではないか?」
「はは、まさか。俺みたいな地味な元・荷物持ちのことなんて、誰も気にしてないさ」
俺はスプーン一杯のプリンを口に運んだ。
濃厚な甘さが広がる。
かつての仲間たちが泥水をすすっている頃、俺は最高のスローライフを満喫していた。




