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第45話 釣りをしていたら、海賊王の娘が釣れた件

 水平線の向こうから現れた黒い帆船は、見るからに悪党面をした男たちで満載だった。

 マストに掲げられた旗は、骨が交差したドクロマーク。

 この海域を荒らし回る「黒髭海賊団」の船だ。


「……うーん、目が合ったら面倒だな」


 俺は『休日号』の上で、焼き上がったメガロドンの肉を串から外しつつ、なるべく気配を消そうとした(といっても、巨大なサメが横たわっている時点で無理があるが)。


 海賊船の甲板が何やら騒がしい。

 よく見ると、一人の少女が数人の男たちに剣を突きつけられ、船縁ふなべりへと追い詰められている。


「おいリリアナ! 観念して『海図』を渡せ! そうすりゃ命だけは助けてやる!」

「お断りよ! これは父さんが遺した大切な宝……あんたたちみたいな野蛮人には渡さない!」


 少女――リリアナは、鮮やかな赤いバンダナの下から鋭い視線を返した。

 潮風になびく金色のショートヘア、日に焼けた健康的な肌。ボロボロのシャツを着ているが、その立ち姿には凛とした気高さがある。


「チッ、強情なアマだ! ならサメの餌になりな!」


 男の一人がリリアナの背中を蹴り飛ばした。


「キャアアッ!」


 ドボォォン!!

 水しぶきが上がる。

 海賊たちは下卑た笑い声を上げた。「ギャハハ! この海域は人食いザメの巣窟だ。骨も残らねぇぞ!」


「……あーあ」

 一部始終を見ていた俺は、ため息をついて釣り竿を構えた。

 見て見ぬふりをしてスローライフ……とはいかないのが、俺の性分らしい。


「よいしょっと!」


 俺は竿を振った。

 ミスリルの釣り糸が正確な放物線を描き、溺れかけていた少女の腰ベルトにシュルリと巻き付く。


「えっ!? なにっ!?」

「大物だぞー!」


 俺がリールを一気に巻くと、少女の体が海面からロケットのように飛び出した。


 スポーーーン!!


「いやあああああ!?」

 ドサッ。


 少女は『休日号』の狭い船底――俺の足元に見事に着地(水揚げ)された。

 彼女は咳き込みながら、濡れた髪をかき上げて俺を睨んだ。


「ゲホッ、ゲホッ……! な、なによあんた! 魚みたいに釣り上げるなんてデリカシーがないわね!」

「人助けをして怒られるとは思わなかったな。ほら、タオルと……焼きサメだ。食うか?」


 俺が串焼きを差し出すと、リリアナは目を丸くした。

 彼女の視線の先には、船の半分を占める巨大なメガロドンの死骸がある。


「こ、これ……『海の殺し屋』メガロドン!? あんたが一人でやったの!?」

「まあ、船にぶつかって勝手に気絶したんだけどな」


 その時、頭上から怒号が降ってきた。

 海賊たちが俺たちの存在に気づき、船縁から身を乗り出している。


「ああっ!? リリアナが生きてやがる! しかもなんだあのボロ船は!」

「おいガキ! その女を渡せ! さもなくばその小舟ごと大砲で木っ端微塵にするぞ!」


 ジャキッ。

 海賊船の砲門が一斉にこちらを向く。

 リリアナが青ざめて俺の腕を掴んだ。


「逃げて! 奴らの『魔導カノン』はこの辺りの岩礁を一撃で吹き飛ばす威力なの! こんな木造ボートじゃ……」


「木っ端微塵か。やってみろよ」

 俺は串焼きを齧りながら、海賊たちを挑発した。


「なっ……ナメやがって! 撃てぇぇぇ!!」


 ドォォォォン!!

 数発の魔力弾が発射され、真っ直ぐに『休日号』へと吸い込まれる。

 リリアナが悲鳴を上げて目を瞑った。


 カィィィン!!


 甲高い音が響き、魔力弾は船体に当たった瞬間、ピンボールのように弾き返された。

 しかも、よりによって発射元の海賊船へと。


「は?」

「あ?」


 ズドォォォォン!!!


 海賊船の横っ腹に大穴が空き、黒煙が上がった。

 アダマンタイト・コーティングされたこの船の装甲は、半端な魔法攻撃なら倍の威力で反射する性質オプションが付与されているのだ。


「うわあああ! 自爆したぞ!?」

「違う! あのボロ船、魔法を弾きやがった!」


 パニックになる海賊船。浸水が始まり、彼らは慌てて沈みゆく船から救命ボートを下ろし始めた。


「……嘘でしょ?」

 リリアナがポカーンと口を開けている。

「軍艦を一撃で沈める大砲を弾くなんて……この船、一体何でできてるの?」


「流木だ」

「嘘をおっしゃい!」


 俺は肩をすくめた。

 とりあえず脅威は去ったようだ。


「さて、と。俺はアレン。気ままな釣り人だ。あんたは?」


 リリアナはハッとして姿勢を正し、少し迷ってから口を開いた。


「……私はリリアナ。かつて七つの海を制した『海賊王バルバロス』の娘よ。……今は、船も仲間も失った、ただの漂流者だけどね」


 海賊王の娘。

 なるほど、この海域に漂着早々、また厄介で面白そうな「素材」を拾ってしまったらしい。


「よろしくな、リリアナ。とりあえず、このサメを食べ終わったら、最寄りの島まで送るよ」

「……うん。ありがとう、アレン」


 彼女は俺から焼きサメを受け取ると、ガブリと豪快に噛み付いた。

 その横顔には、まだ諦めていない強い意志の光が宿っていた。

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