第39話 「世界の管理者が『消去』しに来たが、コタツに入ったら人類との和解を選んだ」
「奈落」の縁に着陸してから数時間。
外は猛吹雪。気温はマイナス70度。
世界を飲み込む漆黒の大穴からは、異形の魔物たちが這い出し、咆哮を上げている。……はずだが、防音結界のせいで何も聞こえない。
店内は、オレンジ色の温かな光に包まれていた。
「あーん。お父様、次のミカン」
「はいはい」
「師匠、お茶のお代わりをお願いしますわ」
「自分で淹れろよ……と言いたいけど、動くの面倒だな。ほら」
俺たちは魔導コタツの中で、完全に「ダメ人間」と化していた。
人類最後の希望であるはずの俺たちが、ミカンの皮の山を築いているのだから、世界も終わりかもしれない。
コン、コン。
不意に、店の扉が叩かれた。
「……ん? 客か?」
「こんな世界の果てに客なんて来ませんわよ。きっと風の音ですわ」
「主よ、面倒だ。無視しよう」
ドンドンドンドン!!
ノックが激しくなった。
「ちっ、仕方ないな。カゲロウ、見てきてくれ」
「……御意(布団の中から出たくないですが)」
警備主任のカゲロウが渋々コタツから這い出し、震えながら扉を開けた。
「ひぃっ、寒っ! ……いらっしゃいませ、どちら様で……」
そこに立っていたのは、一人の少年だった。
年齢は10歳ほど。雪のように白い肌に、夜空のような黒髪。そして瞳には、デジタル時計のような光の文字が流れている。
服装は、この極寒の中で薄いシャツ一枚だけ。
「……バグ検知。排除対象を確認」
少年は無感情な声で呟くと、店内にズカズカと入り込んできた。
彼が歩くたび、床がデータノイズのようにザザッと歪む。
「おいボウズ、勝手に入るな。うちは会員制だぞ」
俺が注意すると、少年はコタツの前に立ち、俺を冷徹に見下ろした。
「私は『システム管理者』。この世界を統括する意志そのものだ」
少年が右手を掲げる。その掌に、圧倒的な消滅のエネルギーが収束していく。
「貴様らイレギュラーな存在が、私の『奈落』に干渉している。世界のバグ修正のため、直ちにデータ消去する」
「デ、デリートですって!?」
エリザベートが悲鳴を上げる。
ノアとイヴが即座に反応しようとするが――
「無駄だ。私はこの世界のルールそのもの。攻撃は通じない」
少年の威圧感に、空気が張り詰める。
これはヤバい。本物の神様みたいなのが来ちゃったぞ。
戦って勝てる相手じゃない。……なら、やることは一つだ。
俺はコタツの布団をめくり、ぽんぽんと隣のスペースを叩いた。
「まあ待てよ、管理者様。消去する前に、ちょっと温まっていかないか?」
「……ハ?」
少年がキョトンとした。
「外、寒かっただろ? シャツ一枚じゃ風邪ひくぞ。ほら、ここ入れって」
「理解不能。私はプログラムだ。寒さなど感じな……くしゅんッ!」
少年が可愛らしいくしゃみをした。
鼻水が出ている。どうやら「少年の姿」をしているせいで、肉体的な生理現象は避けられないらしい。
「……合理的判断。戦闘効率維持のため、体温の回復を行う」
少年は警戒しつつも、コタツに足を入れた。
「…………」
沈黙。
少年の瞳の中で、高速で流れていたデータ文字列が、急速にスローダウンしていく。
「……なんだ、これは」
少年が呟く。
「熱源反応とは異なる……この、論理回路が溶けるような感覚は……」
「それが『コタツ』だ。人間も、神様も、プログラムも、すべてを等しく堕落させる魔性の家具さ」
俺は剥きたてのミカンを差し出した。
「ほら、ビタミンCも摂れ」
少年はミカンを受け取り、もぐもぐと食べた。
甘酸っぱい果汁が広がると同時に、彼の纏っていた殺伐としたオーラが霧散していく。
「……美味い。……温かい」
少年はズルズルと肩までコタツに潜り込んだ。
「……予定変更。デリートは一時保留とする」
「そうこなくっちゃ」
「その代わり、あと30分……いや、1時間……この『コタツ』の稼働を許可する」
世界の管理者、陥落。
ちょろい。あまりにもちょろすぎる。
「で、管理者様。世界が壊れかけてるって話だけど、実際どうなんだ?」
俺が尋ねると、少年はミカンの筋を取りながら、気だるげに答えた。
「ああ……それな。正直、私も疲れてるんだ。数千年間、ワンオペで世界の管理をしてきたから、もう限界で……『奈落』のエラーも、私のストレスが具現化したものだ」
「完全に過労じゃねーか」
「だからもう、世界ごとリセットして休もうかと……」
「諦めるなよ! 湿布やるから!」
どうやら世界の危機の大半は、この管理者の「ブラック労働環境」が原因だったらしい。
俺たちはコタツを囲みながら、神様の愚痴を聞くという奇妙な時間を過ごすことになった。




