第36話 長期出張になるから、店ごと持っていくことにした
世界の崩壊まで残り30日。
この衝撃的な事実を知った直後、俺は店の外に出て、腕組みをして建物を眺めていた。
「うーん……やっぱり、置いていくのは心配だな」
「師匠、何を悩んでおられますの? 旅の準備なら、わたくしが馬車の手配を……」
「いや、エリザベート。留守中に泥棒が入るかもしれないし、観葉植物(世界樹)の水やりも欠かせない。それに、愛用の釜がないと調合の精度が落ちる」
俺はポンと手を叩いた。
「よし。店ごと行こう」
「……はい?」
エリザベートが可愛らしく首を傾げる。
俺は即座にノアとイヴに指示を出した。
「ノア、地下の遺跡にあった『反重力エンジン』を二基ほど持ってきてくれ。イヴは店の土台を掘り起こして、アダマンタイトの板で補強だ」
「了解。お父様」
「任せて。そういう力仕事は大好物よ」
二人のアンドロイドが目にも止まらぬ速さで動き出す。
ノアが地下から巨大な円盤状の装置を運び出し、イヴが光線銃と怪力で店の周囲の地面を四角く切り取っていく。
「ちょ、ちょっとお待ちになって!? 本気ですの!? このボロ家……じゃなくて、歴史ある店舗を空に飛ばすなんて!」
「家が飛べば、移動中も営業できるし、枕が変わって眠れない心配もない。一石二鳥だろ?」
「発想のスケールがおかしいですわーッ!!」
数時間後。
『隠れ家』は、その姿を劇的に変えていた。
丸太小屋の底部には、青白く発光する古代エンジンが装着され、側面にはフェルの小屋と世界樹の庭もそのまま連結されている。
屋根には、カゲロウが見張り台として立つためのタレットまで増設されていた。
「改造完了。全システム、オールグリーン」
エプロン姿のノアが、屋根の上でサムズアップする。
「よし。フェル、エンジンの始動(点火)はお前に任せる。魔力を流し込んでくれ」
「承知した。……フンッ!」
フェルがエンジンのコアに雷の魔力を叩き込む。
ズズズズズ……!!
凄まじい地響きと共に、俺たちの店がゆっくりと地面から浮き上がった。
「うわあああ! 本当に浮きましたわあああ!!」
エリザベートが窓枠にしがみついて絶叫する。
店は高度を上げ、辺境の森を見下ろす位置まで上昇した。
「すごい……! 鳥になった気分だ!」
俺はカウンターから外の景色を眺めて感動した。雲がすぐ横を流れていく。
その時、地上から大声が聞こえた。
見下ろすと、常連客の冒険者や近隣住民たちが、ポカーンと口を開けて空を見上げていた。
「おーい店主! どこ行くんだー!?」
「今日の特売はどうなるんだー!?」
俺は拡声器(魔道具)を使って答えた。
『すいませーん! ちょっと北の果てまで出張営業してきます! 30日くらいで戻るんで、ツケの支払いはその時で!』
「「「行ってらっしゃーい!!」」」
常連たちの温かい(?)見送りを受け、「移動要塞・隠れ家号」は北へと針路を取った。
「主よ、快適な空の旅だな。これなら寝ながら移動できる」
「お父様、高度3000メートルで安定飛行中。機内サービスはいかがなさいますか?」
「コーヒーを頼む。……さて、目指すは世界の最北端、『奈落』だ」
こうして、前代未聞の「空飛ぶ道具屋」による世界救済の旅が始まった。
だが俺たちはまだ知らなかった。
空の上には、地上よりも厄介な「先客」たちがいることを。




