第35話 散歩中に拾った石板が、世界の『取扱説明書(ネタバレ)』だった件
風邪の一件から数日後。
『隠れ家』の朝食の席で、俺はいつものように【自動収集】のログ(戦利品確認)を眺めていた。
「えーと、今日の収穫は……『薬草×50』『ワイバーンの爪×3』……ん?」
リストの中に、一つだけ異質な文字列が混ざっていた。
文字化けしているような、不安定な表示だ。
[収集対象:■■■の欠片(黒) → 転送完了]
「なんだこれ? 鑑定不能?」
俺はインベントリから、そのアイテムを取り出してみた。
それは、手のひらサイズの「真っ黒な石板」だった。光を一切反射せず、そこだけ空間が切り取られたような不気味な黒。
ガシャーン!!
その石板を見た瞬間、給仕をしていたノアとイヴが、同時に皿を取り落とした。
「お、おい? どうした二人とも」
「……警告。……警告。……」
二人の様子がおかしい。瞳が激しく点滅し、体が小刻みに震えている。
イヴが口元を押さえながら、悲鳴のような声を上げた。
「な、なんでそれを……『それ』は、私たちが絶対に触れてはいけないもの……!」
「お父様、直ちにそれを破棄してください! それは『終焉の記録媒体』。旧文明を滅ぼした『管理者』の端末です!」
「世界を滅ぼした……?」
穏やかじゃない響きだ。
フェルとエリザベートも、本能的な恐怖を感じたのか、俺の後ろに隠れた。
「主よ、その石からは『死』の匂いがするぞ。生物が触れていいものではない」
「で、でも、俺は平気だぞ?」
俺が石板を指でなぞると、真っ黒な表面に光の文字が浮かび上がった。
ノアたちが怯える中、俺のスキルウィンドウと石板がリンクし、システム音声が脳内に直接響いた。
『――アクセス認証。権限レベル:管理者。ロックを解除します』
ブォン。
石板からホログラムが投影され、空中に「世界地図」が浮かび上がった。
ただし、今の地図とは地形が少し違う。大陸の一部が欠け、代わりに巨大な「穴」のようなものが描かれている。
「これは……地図か?」
「お父様、そこの座標を見てください」
ノアが震える指で、地図上の一点を指差した。
そこには、赤い警告色でこう記されていた。
【Error Area: The Abyss(奈落)】
【System Update Required.(システム更新が必要です)】
「『奈落』……? 確か、大陸の北の果てにある、誰も帰ってきたことがない巨大な裂け目ですよね?」
エリザベートが青ざめた顔で言う。
俺はさらに石板のデータを読み進めた。
そこには、俺の【自動収集】スキルについての記述らしきものもあった。
『世界修復プログラム(Code: ALLEN)ハ、素材ヲ収集シ、再構築スルタメニ設計サレタ』
「……は?」
俺のスキルは、金儲けのための便利機能じゃなくて……「世界を修理するためのツール」だって言うのか?
その時、石板がひときわ強く明滅し、最後のメッセージを表示した。
『警告:システムの崩壊率98%。完全停止まで、残り30日』
「……おいおい、冗談だろ」
俺は冷や汗を流しながら、ホログラムを見上げた。
30日後。
それはつまり、この世界そのものの「寿命」があと一ヶ月しかないことを示していた。
「ノア、イヴ。お前たちはこれを知っていたのか?」
「……詳細は閲覧禁止でした。ですが、私たちの使命は『その日』が来るまで人類を管理し、最後に……」
ノアは言葉を濁し、悲しげに伏し目がちになった。
おそらく、「人類を安楽死させる」とか、そういうロクでもない使命だろう。
重苦しい沈黙が店を包む。
だが、俺は石板をポンと放り投げ、再びキャッチした。
「ま、要するにだ」
俺はニヤリと笑った。
「この世界とかいうデカい機械が、メンテナンス不足で壊れかけてるってことだろ? なら、話は簡単だ」
俺は道具屋の店主だ。
壊れた剣も、錆びついた鍋も、瀕死の勇者(心)も直してきた。
なら、世界の一つくらい直せない道理はない。
「行くぞ、『奈落』へ。世界の修理に出発だ」




